【完結】吸血鬼の元騎士

mazecco

文字の大きさ
上 下
1 / 47

1 ミモレス編

しおりを挟む
「…あら、目が覚めましたか?」

「……ここは?」

「ここはピュトァ泉のほとり。聖地の中にある、私が住んでいる小屋のベッドの上です」

「聖地…。はっ、どおりで気分が悪いわけだ」

苦々し気に笑う顔を、女性はじっと覗き込んだ。腰まで伸びた銀色の髪が男性の手を撫でる。彼女の灰色の瞳は慈愛に満ちており、微笑んだ顔は息を飲むほど美しい。

「…あなた、もしかしてフィールディング騎士ではありません?」

「……」

「正解ね。隣国でかつて英雄と呼ばれていた騎士様に出会えるなんて、なんて幸運なんでしょう」

「私は英雄などではない。私の名を知っていると言うことは、私が何者かも分かっているのだろう」

「ええ、もちろんです。フィールディング騎士は力欲しさのあまり自らチムシーをその身に寄生させて吸血鬼となった。増幅された力に敵国は太刀打ちできず、あなた一人だけで兵を全滅させたとか。戦争が終わり、あなたの力を恐れたヴァランス国…あなたの母国の国王は、あなたを抹殺しようとあの手この手を使ったけれど殺せなかった。フィールディング騎士はその国から姿を消し、それ以降彼を目にしたものはいない…。5年前に世間を騒がせた噂話です」

女性はすらすらと噂話を話して聞かせた。フィールディング騎士と呼ばれたその男性は、彼女の話を聞きながら苦い顔をしている。肯定も否定もせず、黙って聞いているだけだった。女性はこの噂話が好きなのか、興奮気味に持論を述べ出した。

「…でも、私は違うと思うのです。フィールディング騎士はもとから武術も魔法も一流と聞いております。さらに聡明で慎重な方だったとも。それ以上力を持てば戦後国王からそのような仕打ちを受けることは、フィールディング騎士なら分かっていたと思うんですよ。聡明で慎重な方であればそのような危険をおかしてまで力を求めるとは考えにくい。だから、私は国王の命で吸血鬼となったと踏んでいるんですが、いかがでしょうか?!」

この女、しとやかな風貌をしている割によく喋るし表情がうるさいな…と思いながら、騎士は困ったように唸った。

「…そのようなこと、他の者に触れて回るなよ。殺されてしまう」

「ええ。もちろん言いません。だから本当のことを教えてくださいません?!私、真相を知りたいのです!」

「お…おい…。胸ぐらを掴むな…そして顔をそんなに近づけるんじゃない…」

「本当のことを教えてくれるまで離さないわ」

ジトっとした目で女性を見たあと、騎士はため息をついて「誰にも話すなよ?」と念を押した。女性はコクコク頷き目を輝かせる。

「お前の言う通りだ。私は国王の命で吸血鬼となった」

「やっぱり!!私の考察は当たっていたのね!」

「…お前、こわくないのか?私は吸血鬼なんだぞ」

「いいえ怖くありません。だって私は聖女なんですもの。あなたのような人型の魔物、聖魔法で瞬殺できますから」

それを聞いた騎士は聖女を突き飛ばして短剣を握った。

「きゃっ!」

「っ…!まさか聖女までつかってくるとは…!お前も国王から暗殺命令を出されたのか…!」

「いいえ!!違います!!私は森で倒れているあなたを助けたくてここに運んだだけです!!殺そうなんて思っていません!!ただ、あなたが私を殺そうとするなら話は別です…。私は…まだ死んではいけないので…」

「……」

「フィールディング騎士、お願いします。剣を下ろしてください。私に敵意はありません。あなたを助けたいんです」

心音、心拍数、声色…どれも嘘をついているようには思えない。騎士はゆっくり短剣を鞘に戻し、ベッドへ座りなおした。

「…すまない。取り乱した」

「いいえ。気にしないでください。フィールディング騎士に信じていただけて良かったですわ」

「…その呼び方をやめてくれないか。私はもう騎士ではないし、フィールディングという名も捨てた」

「あら、失礼しました。では何とお呼びすれば…?」

「セルジュと呼んでくれ」

「セルジュ様…」

「様などいらない。呼び捨ててくれ」

「セ、セルジュ…」

「それでいい。で、お前の名は?」

「ミモレスとお呼びください。ピュトァ泉という聖地を預かっている、しがない聖女です」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

入れ替わりノート

廣瀬純一
ファンタジー
誰かと入れ替われるノートの話

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

「次点の聖女」

手嶋ゆき
恋愛
 何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。  私は「次点の聖女」と呼ばれていた。  約一万文字強で完結します。  小説家になろう様にも掲載しています。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。 ※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。

処理中です...