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1 ミモレス編
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「…あら、目が覚めましたか?」
「……ここは?」
「ここはピュトァ泉のほとり。聖地の中にある、私が住んでいる小屋のベッドの上です」
「聖地…。はっ、どおりで気分が悪いわけだ」
苦々し気に笑う顔を、女性はじっと覗き込んだ。腰まで伸びた銀色の髪が男性の手を撫でる。彼女の灰色の瞳は慈愛に満ちており、微笑んだ顔は息を飲むほど美しい。
「…あなた、もしかしてフィールディング騎士ではありません?」
「……」
「正解ね。隣国でかつて英雄と呼ばれていた騎士様に出会えるなんて、なんて幸運なんでしょう」
「私は英雄などではない。私の名を知っていると言うことは、私が何者かも分かっているのだろう」
「ええ、もちろんです。フィールディング騎士は力欲しさのあまり自らチムシーをその身に寄生させて吸血鬼となった。増幅された力に敵国は太刀打ちできず、あなた一人だけで兵を全滅させたとか。戦争が終わり、あなたの力を恐れたヴァランス国…あなたの母国の国王は、あなたを抹殺しようとあの手この手を使ったけれど殺せなかった。フィールディング騎士はその国から姿を消し、それ以降彼を目にしたものはいない…。5年前に世間を騒がせた噂話です」
女性はすらすらと噂話を話して聞かせた。フィールディング騎士と呼ばれたその男性は、彼女の話を聞きながら苦い顔をしている。肯定も否定もせず、黙って聞いているだけだった。女性はこの噂話が好きなのか、興奮気味に持論を述べ出した。
「…でも、私は違うと思うのです。フィールディング騎士はもとから武術も魔法も一流と聞いております。さらに聡明で慎重な方だったとも。それ以上力を持てば戦後国王からそのような仕打ちを受けることは、フィールディング騎士なら分かっていたと思うんですよ。聡明で慎重な方であればそのような危険をおかしてまで力を求めるとは考えにくい。だから、私は国王の命で吸血鬼となったと踏んでいるんですが、いかがでしょうか?!」
この女、しとやかな風貌をしている割によく喋るし表情がうるさいな…と思いながら、騎士は困ったように唸った。
「…そのようなこと、他の者に触れて回るなよ。殺されてしまう」
「ええ。もちろん言いません。だから本当のことを教えてくださいません?!私、真相を知りたいのです!」
「お…おい…。胸ぐらを掴むな…そして顔をそんなに近づけるんじゃない…」
「本当のことを教えてくれるまで離さないわ」
ジトっとした目で女性を見たあと、騎士はため息をついて「誰にも話すなよ?」と念を押した。女性はコクコク頷き目を輝かせる。
「お前の言う通りだ。私は国王の命で吸血鬼となった」
「やっぱり!!私の考察は当たっていたのね!」
「…お前、こわくないのか?私は吸血鬼なんだぞ」
「いいえ怖くありません。だって私は聖女なんですもの。あなたのような人型の魔物、聖魔法で瞬殺できますから」
それを聞いた騎士は聖女を突き飛ばして短剣を握った。
「きゃっ!」
「っ…!まさか聖女までつかってくるとは…!お前も国王から暗殺命令を出されたのか…!」
「いいえ!!違います!!私は森で倒れているあなたを助けたくてここに運んだだけです!!殺そうなんて思っていません!!ただ、あなたが私を殺そうとするなら話は別です…。私は…まだ死んではいけないので…」
「……」
「フィールディング騎士、お願いします。剣を下ろしてください。私に敵意はありません。あなたを助けたいんです」
心音、心拍数、声色…どれも嘘をついているようには思えない。騎士はゆっくり短剣を鞘に戻し、ベッドへ座りなおした。
「…すまない。取り乱した」
「いいえ。気にしないでください。フィールディング騎士に信じていただけて良かったですわ」
「…その呼び方をやめてくれないか。私はもう騎士ではないし、フィールディングという名も捨てた」
「あら、失礼しました。では何とお呼びすれば…?」
「セルジュと呼んでくれ」
「セルジュ様…」
「様などいらない。呼び捨ててくれ」
「セ、セルジュ…」
「それでいい。で、お前の名は?」
「ミモレスとお呼びください。ピュトァ泉という聖地を預かっている、しがない聖女です」
「……ここは?」
「ここはピュトァ泉のほとり。聖地の中にある、私が住んでいる小屋のベッドの上です」
「聖地…。はっ、どおりで気分が悪いわけだ」
苦々し気に笑う顔を、女性はじっと覗き込んだ。腰まで伸びた銀色の髪が男性の手を撫でる。彼女の灰色の瞳は慈愛に満ちており、微笑んだ顔は息を飲むほど美しい。
「…あなた、もしかしてフィールディング騎士ではありません?」
「……」
「正解ね。隣国でかつて英雄と呼ばれていた騎士様に出会えるなんて、なんて幸運なんでしょう」
「私は英雄などではない。私の名を知っていると言うことは、私が何者かも分かっているのだろう」
「ええ、もちろんです。フィールディング騎士は力欲しさのあまり自らチムシーをその身に寄生させて吸血鬼となった。増幅された力に敵国は太刀打ちできず、あなた一人だけで兵を全滅させたとか。戦争が終わり、あなたの力を恐れたヴァランス国…あなたの母国の国王は、あなたを抹殺しようとあの手この手を使ったけれど殺せなかった。フィールディング騎士はその国から姿を消し、それ以降彼を目にしたものはいない…。5年前に世間を騒がせた噂話です」
女性はすらすらと噂話を話して聞かせた。フィールディング騎士と呼ばれたその男性は、彼女の話を聞きながら苦い顔をしている。肯定も否定もせず、黙って聞いているだけだった。女性はこの噂話が好きなのか、興奮気味に持論を述べ出した。
「…でも、私は違うと思うのです。フィールディング騎士はもとから武術も魔法も一流と聞いております。さらに聡明で慎重な方だったとも。それ以上力を持てば戦後国王からそのような仕打ちを受けることは、フィールディング騎士なら分かっていたと思うんですよ。聡明で慎重な方であればそのような危険をおかしてまで力を求めるとは考えにくい。だから、私は国王の命で吸血鬼となったと踏んでいるんですが、いかがでしょうか?!」
この女、しとやかな風貌をしている割によく喋るし表情がうるさいな…と思いながら、騎士は困ったように唸った。
「…そのようなこと、他の者に触れて回るなよ。殺されてしまう」
「ええ。もちろん言いません。だから本当のことを教えてくださいません?!私、真相を知りたいのです!」
「お…おい…。胸ぐらを掴むな…そして顔をそんなに近づけるんじゃない…」
「本当のことを教えてくれるまで離さないわ」
ジトっとした目で女性を見たあと、騎士はため息をついて「誰にも話すなよ?」と念を押した。女性はコクコク頷き目を輝かせる。
「お前の言う通りだ。私は国王の命で吸血鬼となった」
「やっぱり!!私の考察は当たっていたのね!」
「…お前、こわくないのか?私は吸血鬼なんだぞ」
「いいえ怖くありません。だって私は聖女なんですもの。あなたのような人型の魔物、聖魔法で瞬殺できますから」
それを聞いた騎士は聖女を突き飛ばして短剣を握った。
「きゃっ!」
「っ…!まさか聖女までつかってくるとは…!お前も国王から暗殺命令を出されたのか…!」
「いいえ!!違います!!私は森で倒れているあなたを助けたくてここに運んだだけです!!殺そうなんて思っていません!!ただ、あなたが私を殺そうとするなら話は別です…。私は…まだ死んではいけないので…」
「……」
「フィールディング騎士、お願いします。剣を下ろしてください。私に敵意はありません。あなたを助けたいんです」
心音、心拍数、声色…どれも嘘をついているようには思えない。騎士はゆっくり短剣を鞘に戻し、ベッドへ座りなおした。
「…すまない。取り乱した」
「いいえ。気にしないでください。フィールディング騎士に信じていただけて良かったですわ」
「…その呼び方をやめてくれないか。私はもう騎士ではないし、フィールディングという名も捨てた」
「あら、失礼しました。では何とお呼びすれば…?」
「セルジュと呼んでくれ」
「セルジュ様…」
「様などいらない。呼び捨ててくれ」
「セ、セルジュ…」
「それでいい。で、お前の名は?」
「ミモレスとお呼びください。ピュトァ泉という聖地を預かっている、しがない聖女です」
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