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第二章 友人と恋人
第十六話
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その後もつつがなく体育祭が進行する。
七岡と木渕はリレーに参加していた。七岡が木渕からバトンを受け取る時に、がっつり木渕の手ごと掴んで走り出してしまったので、しばらく木渕も並走するハメになった。戻って来た七岡は、木渕にグチグチと文句を言われていた。
そして体育祭の締めくくりに、全学年でソーラン節を踊る。なんでだよ。
この一カ月、体育の授業でみっちり教え込まれたソーラン節を、俺は死んだ魚の目で踊った。
ちらりと花崎さんを窺い見ると、彼女はしっかり腰を落として、迫力のある踊りをしていた。さすがダンスを習っているだけあって、動きが美しくひときわ目立っている。
何事にも全力の花崎さんは、いつしか俺の憧れになっていた。
体育祭が終わり制服に着替えていると、七岡が『勉強会』グループに声をかけた。
「なあなあ! 今から体育祭の打ち上げ行かねえ!? つってもいつものファミレスだけど!」
「行くー」
木渕が即答して、続いて女子も頷いた。そして、みんなの視線が俺に集まる。
「南は?」
「うん、行く」
「よし! なんかお前と放課後遊ぶの久しぶりだな!」
毎日葵と帰っていたからな。
みんなが駄弁っている間に、俺はコソコソと葵にメッセージを送る。
《ごめん、クラスの友だちと打ち上げすることになった》
すぐに既読になり、返事がくる。
《めっちゃ急じゃん》
《私たちの打ち上げに来てほしかったのに》
《前もって言っといてよ》
《誰と行くの?》
ふむ、怒っていらっしゃるな。
《七岡と木渕、花崎さん、酒井さん、中迫さん》
《女子いるの?》
《うん》
《今日手繋いで走ってた人もいるの?》
これだ。葵が怒っている理由。俺が花崎さんと手を繋いで走っているのを見ていたんだ。
《うん、いる》
返信すると、一瞬にして画面が葵のメッセージで埋まる。
《信じらんない》
《彼女よりその人のこと優先するの?》
《あんな、みんなが見てる前で手繋いで走って》
《ゴールしたあとも、楽しそうにお喋りしてさ》
《最低》
ここまで言われる謂れはないと、俺は苛立ちを隠せなかった。
《あれはただの借り物競争じゃん》
《仕方なくないか?》
《そこまで言うことないだろ》
これだけ送り、俺はスマホを鞄に突っ込んだ。
せっかくの『勉強会』メンバーでの打ち上げだ。七岡と木渕に心配をかけたくない。
《借り物競争のお題何だったの?》
《ねえ、どうして返事しないの?》
《言いたくないの?》
《やましいことでもあるんじゃないの?》
《違うクラスの子が》
《結也とその人が、お似合いだって言ってた》
《友だちにも、その人に結也取られるんじゃない? って言われた》
《ひどいよ。私がいるのに》
《今頃その人とごはん食べてるんだ》
《彼女に返事もせずに》
《それって浮気じゃないの?》
《ねえ》
《不在着信》
《不在着信》
《不在着信》
打ち上げの間、スマホのバイブが止まらなかった。俺は汗だくの体操着にスマホを包み、みんなにバイブ音が聞こえないようにしていた。
俺が葵のメッセージに目を通したのは、帰宅して風呂に入った後だった。できるなら二度と開きたくなかったくらいだ。
「げ……」
何度スクロールしても、先頭に辿り着くことができないのではないかと思うほど、大量のメッセージと不在着信が入っていた。
一通り目を通して、深呼吸してから電話をかけると、すぐに葵と繋がった。
《……もしもし》
「葵。今大丈夫?」
《……うん》
葬式中なのかと思うほど、葵の声は沈んでいる。泣いていたのか、いつもより声が違うし、洟を啜っている。
「えっと、まず返事遅くなってごめん。友だちの前であんまりスマホいじりたくなくてさ」
《……》
「それで、今日のことだけど。花崎さんが借り物競争をしたときのお題は、俺も知らないんだ」
《……》
「やましいことは何もない。俺と花崎さんはただのクラスメ――」
違う。俺の中で、もう彼女は、ただのクラスメイトではない。
話していて、一緒にいて、悪くないなと思える数少ない――
「――友だちだよ」
《……》
「……以上、です」
いつもお喋りな葵の放つ沈黙が怖い。
静かすぎて、鼻息が聞こえてしまうのではないかと不安になり、受話器を少し耳から離した。
《ハナサキさん、明らかに結也のこと好きじゃん》
やっと葵が口を開いた。
それは……チラッと頭によぎることはあったが、明らかにではないと思う。
「違うって。さっきも言ったけど、俺と花崎さんはただの友だち」
《借り物競争のお題、きっと「好きな人」だったんだよ。だから結也にもお題教えてくれなかったんでしょ》
正直俺もそう思ったけど、断定はできない。
「決めつけで物事を進めない方がいいと思うけど」
《絶対そうだよ》
「絶対ではない」
《……なんでさっきからハナサキさんのことばっかり庇うの? 結也の彼女は私でしょ!?》
「……」
ここでめんどくさいと思ってしまうのは、俺が葵に恋愛感情を抱いていないからなのだろうか。それとも、どんなに好きでもそう思ってしまうのだろうか。
七岡と木渕はリレーに参加していた。七岡が木渕からバトンを受け取る時に、がっつり木渕の手ごと掴んで走り出してしまったので、しばらく木渕も並走するハメになった。戻って来た七岡は、木渕にグチグチと文句を言われていた。
そして体育祭の締めくくりに、全学年でソーラン節を踊る。なんでだよ。
この一カ月、体育の授業でみっちり教え込まれたソーラン節を、俺は死んだ魚の目で踊った。
ちらりと花崎さんを窺い見ると、彼女はしっかり腰を落として、迫力のある踊りをしていた。さすがダンスを習っているだけあって、動きが美しくひときわ目立っている。
何事にも全力の花崎さんは、いつしか俺の憧れになっていた。
体育祭が終わり制服に着替えていると、七岡が『勉強会』グループに声をかけた。
「なあなあ! 今から体育祭の打ち上げ行かねえ!? つってもいつものファミレスだけど!」
「行くー」
木渕が即答して、続いて女子も頷いた。そして、みんなの視線が俺に集まる。
「南は?」
「うん、行く」
「よし! なんかお前と放課後遊ぶの久しぶりだな!」
毎日葵と帰っていたからな。
みんなが駄弁っている間に、俺はコソコソと葵にメッセージを送る。
《ごめん、クラスの友だちと打ち上げすることになった》
すぐに既読になり、返事がくる。
《めっちゃ急じゃん》
《私たちの打ち上げに来てほしかったのに》
《前もって言っといてよ》
《誰と行くの?》
ふむ、怒っていらっしゃるな。
《七岡と木渕、花崎さん、酒井さん、中迫さん》
《女子いるの?》
《うん》
《今日手繋いで走ってた人もいるの?》
これだ。葵が怒っている理由。俺が花崎さんと手を繋いで走っているのを見ていたんだ。
《うん、いる》
返信すると、一瞬にして画面が葵のメッセージで埋まる。
《信じらんない》
《彼女よりその人のこと優先するの?》
《あんな、みんなが見てる前で手繋いで走って》
《ゴールしたあとも、楽しそうにお喋りしてさ》
《最低》
ここまで言われる謂れはないと、俺は苛立ちを隠せなかった。
《あれはただの借り物競争じゃん》
《仕方なくないか?》
《そこまで言うことないだろ》
これだけ送り、俺はスマホを鞄に突っ込んだ。
せっかくの『勉強会』メンバーでの打ち上げだ。七岡と木渕に心配をかけたくない。
《借り物競争のお題何だったの?》
《ねえ、どうして返事しないの?》
《言いたくないの?》
《やましいことでもあるんじゃないの?》
《違うクラスの子が》
《結也とその人が、お似合いだって言ってた》
《友だちにも、その人に結也取られるんじゃない? って言われた》
《ひどいよ。私がいるのに》
《今頃その人とごはん食べてるんだ》
《彼女に返事もせずに》
《それって浮気じゃないの?》
《ねえ》
《不在着信》
《不在着信》
《不在着信》
打ち上げの間、スマホのバイブが止まらなかった。俺は汗だくの体操着にスマホを包み、みんなにバイブ音が聞こえないようにしていた。
俺が葵のメッセージに目を通したのは、帰宅して風呂に入った後だった。できるなら二度と開きたくなかったくらいだ。
「げ……」
何度スクロールしても、先頭に辿り着くことができないのではないかと思うほど、大量のメッセージと不在着信が入っていた。
一通り目を通して、深呼吸してから電話をかけると、すぐに葵と繋がった。
《……もしもし》
「葵。今大丈夫?」
《……うん》
葬式中なのかと思うほど、葵の声は沈んでいる。泣いていたのか、いつもより声が違うし、洟を啜っている。
「えっと、まず返事遅くなってごめん。友だちの前であんまりスマホいじりたくなくてさ」
《……》
「それで、今日のことだけど。花崎さんが借り物競争をしたときのお題は、俺も知らないんだ」
《……》
「やましいことは何もない。俺と花崎さんはただのクラスメ――」
違う。俺の中で、もう彼女は、ただのクラスメイトではない。
話していて、一緒にいて、悪くないなと思える数少ない――
「――友だちだよ」
《……》
「……以上、です」
いつもお喋りな葵の放つ沈黙が怖い。
静かすぎて、鼻息が聞こえてしまうのではないかと不安になり、受話器を少し耳から離した。
《ハナサキさん、明らかに結也のこと好きじゃん》
やっと葵が口を開いた。
それは……チラッと頭によぎることはあったが、明らかにではないと思う。
「違うって。さっきも言ったけど、俺と花崎さんはただの友だち」
《借り物競争のお題、きっと「好きな人」だったんだよ。だから結也にもお題教えてくれなかったんでしょ》
正直俺もそう思ったけど、断定はできない。
「決めつけで物事を進めない方がいいと思うけど」
《絶対そうだよ》
「絶対ではない」
《……なんでさっきからハナサキさんのことばっかり庇うの? 結也の彼女は私でしょ!?》
「……」
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