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第二章 友人と恋人

第十五話

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 体育祭って、基本的に暇だ。自分が参加する種目が来るまで、ぼうっと知らない生徒が走っているのを眺めながら、友人とくだらない話をする時間がほとんどだ。
 俺は、七岡や木渕が走っている時はゲラゲラ笑い、花崎さんたちが走っている時は、全力で応援した。

 俺が走ったときは、全学年の女子からの視線を感じて、ものすごく走りづらかった。しかも順位が下から二番目だったし。それで七岡と木渕に笑われたし。
 労ってくれたのは、花崎さんたちだけだった。

「南君、おつかれ!」
「おつかれー!」
「水飲む?」

 ブルーシートに戻って来た俺に、花崎さん、中迫さんが声をかけてくれて、酒井さんがペットボトルを差し出した。
 俺は受け取った水を一気飲みして、ドカッと木渕の隣に座りこむ。

「あー。疲れたー」
「何が疲れたーだよ!」
「お前全然本気で走ってなかっただろ!」

 木渕と七岡からはクレームの嵐だ。

「あれで本気だよ!」
「嘘つけ! あれはほぼ歩いてたぞ!」
「走ってたわ! 見てくれよこの汗! 全力出し切ってるだろこれは!」
「なんであの走りでこんな汗かくんだよ!」

 ボトボトに濡れた体操着を触って、木渕と七岡が腹を抱えて笑った。悔しいことにこいつらは俺よりも順位が高かったので、これでもかというほど煽ってくる。

「俺、二位だったけど汗かかなかったわー」

 パタパタと手で扇ぎながら、流し目で俺を見る七岡。

「俺は三位だったからな~。汗かきようもないわー」

 口元に手を当てて、含み笑いをする木渕。
 トドメに二人は口を揃えて、バカみたいな声で俺に尋ねた。

「「それで? 汗だくの南君は、一体何位だったんですかー?」」
「四位だが!? 俺の相手は全員陸上部だったんだよ!」
「はいダウト~」
「南の相手は卓球部、演劇部、美術部、帰宅部でしたー」
「クソがあっ!」

 これでもかというほど足が速そうな部活員がいない事実に、俺は拳を地面に打ち付けた。

 女子たちは俺よりずっと健闘していた。花崎さんなんて一位だったし、中迫さんも三位と善戦だ。体育祭を嫌がっていた酒井さんは俺と同じく四位だったが、彼女の一生懸命な走りは俺たちの間で大絶賛だった。

「実理! おつかれー!」

 息を切らせて戻って来た酒井さんに、花崎さんと中迫さんが駆け寄った。

「あーん! 全然だめだったよお!」
「ひとり抜かせたじゃん! すごかったよ」
「かっこよかった!」
「ありがとぉ~!」

 酒井さんが抱きついてきたので、花崎さんは抱き返して背中を叩く。
 中迫さんは、うちわで酒井さんを扇いであげていた。

 それを眺めていた七岡と木渕は、だらしない顔でニヤけている。女子たちの友情いいよな、やさしいせかいだな……と語らっている二人に、俺はボソッと不満を漏らす。

「そうだぞ、四位も労うべきだぞー」
「お前はただ歩いてただけだから」
「酒井さんは精一杯走ってたから」
「同じ四位でも頑張りが違うんだよ」

 女子たちに視線を向けたまま、めんどくさそうにあしらう木渕と七岡。
 え、俺ってそんなに遅かったのか? 俺としては全筋肉がちぎれるほど走ったつもりだったのだが。

「お前は細すぎて筋肉ないもんな」

 七岡の一言に、俺は自分の体に目を落とした。確かに、細い。腕も、足も、細いし白い。ひょろっひょろのもやしだ。……さすがにジムにでも通った方が良いか、俺?

 その後、俺は借り物競争に参加した。紙に書かれた借り物が「眼鏡」だったので、木渕がかけている眼鏡を引ったくり、見事三位でゴールした。

 女子の借り物競争には花崎さんが参加した。俺たちの近くで、中迫さんと酒井さんが「がんばれー!」と応援している。俺たちも、ブルーシートに落ちていた、誰のかも分からないメガホンを地面に叩きつけて応援した。

《いちについてーよーい》

 スターターピストルの音が、空に向かって放たれる。
 後ろに束ねた黒髪を揺らして花崎さんが走り出し、真っ先に借り物のお題が書かれた紙を手に取り開く。
 そして、明らかに狼狽えた。

「……?」
「あれ……? なんか花崎さんの様子おかしくないか?」

 俺だけでなく、他のメンバーもそう感じたようだった。
 花崎さんは、紙を食い入るように見つめては顔を上げて、キョロキョロと周りを見渡している。頭を抱えて悩んでいる素振りも見せた。よほど難しいお題に当たったのだろうか。

「あ、動き出した!」
「あれ? こっち来てない?」
「ほんとだ!」

 七岡、中迫さん、酒井さんが、こちらに走って来る花崎さんを指さした。

「南君!」
「へっ?」

 ブルーシートの前でエアジョギングをする花崎さんが、俺に手を差し出した。彼女の紅潮した顔には、サラッとした汗が流れている。

「来て! 早く!」
「えっ、俺?」
「南君そういうの今いらないから!!」
「早く! 早くゴールしないと!」

 酒井さんと中迫さんが、少し苛立った声色で俺の背中をグイグイ押した。
 俺は靴のかかとを踏んだ状態のまま花崎さんに手を掴まれて、グラウンドを一周する。そこでひとつ分かったことは、俺より花崎さんの方が足が速いこと。あと体力も、俺は彼女に敵わなかった。

 結果、花崎さんは五位――つまりビリだった。走り自体は悪くなかったが、借り物を考える時間が長すぎたのだ。

「南くん、ごめんね。走らせちゃった上に、ビリなんて」
「いや、全然。ていうか花崎さん足速いね。すごい」
「え、あ、ありがと」

 嬉しかったのか、花崎さんがにへらと笑う。いつも凛としている彼女が、ほんの少しだらしない顔になる時、毎回可愛いと思ってしまう。

 ブルーシートに戻っている時に、俺は興味本位で聞いてみた。

「それで? さっきのお題はなんだったの?」
「……秘密」

 お題と借り物を先生に確認してもらう時も、彼女は先生に懇願して、俺にお題がバレないようにしていた。
 そんなことをされたら、お題が「好きな人」だったのではないか、とか考えてしまうだろ。
 やめてくれ。変な勘違いをさせないでくれ。
 だからそんな顔を赤らめないで欲しい。俺までつられて頬が熱くなってくるだろ。

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