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第4章 復讐者の身体能力
第30話 依頼人は復讐相手を間違えていた
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遠くの外灯の光が窓から差し込む薄暗い病室に、気がつけば、冷夏は居た。
何故、ここに居るのか、考えられなかった。
ベットに横たわる春也。
弟の変わり果てた姿に、歩み寄る。
何故そうするか、自分でも分からないまま、ベット脇に設えられた椅子に腰掛ける。
寝息を立てる春也を見下ろし……人形と化した春也も寝息を立てるのだと、今更ながらに妙に感心して。
(もう……わたしも人じゃないんだった)
気づいて、手を見る。
孝幸に切り落とされた指の無い手。身体能力たる発火は収まっている。残された指の第二関節から先は焼け焦げ、出血はしていない。痛覚はあるにはあるが、何というか、人間らしさを保つような、言い訳のような痛みだった。
「……、」
春也を見下ろして息を吐きながら、口をついて出た言葉。
「ごめん、春也。姉さんも……人間、やめちゃったんだ。わたしが春也にされて辛かったこと、春也がやって欲しくなかったこと……わたし、やらかしちゃった。
でね、そうしてまでやろうとした復讐にも失敗しちゃった……」
ここに居るのは春也に謝りたかったからなんだと思った――その瞬間だった。
「――え?」
きりきり、と異音が身体の中から響いてきた。
「……どうして?」
この人体発火という身体能力は、人形師への復讐のためのはずだった。
「……嘘……」
自分の声音の方が嘘なのだと身体が言うかのように残された指……手の甲が発火した。相も変わらず不可思議な色味の炎……人形師へ向けたよりも強く激しく燃え立っている。
自然と席から立ち、寝ている春也に、その燃え立った手を伸ばしていた。
「やだ……」
口から漏れた声が嘘なのだと、身体が言っているかのように……燃え立った手が伸びている。止めることはできない。
「わたしは、」
春也の顔を見る。見つめる。可愛らしいと思う、愛おしいと思う。ずっと、そうだった。やることが多くて時間のない毎日の中で、春也との時間は大事だった。
それはきっと春也も同じで、だからこそ、寝たきりの自分を目覚めさせる為に、春也が自身の身体をなげうったのだろう。そんな春也の気持ちは悲しかったのと同じくらい、愛おしかった。
「いえ……違う」
相反する感情にはまだ、続きがあった。
「ごめん、わたし」
謝りながらも、不可思議な色味で燃え立つ手を春也へと伸ばしていく。
止めることはできない……いや、したくないのだ。
「ずっと、あんたが……」
続きは言えなかった。
思い返せば、本当に人形師にだけ復讐がしたかったのならば。
(工房の奥に行った時……わたしは復讐出来たんだ。助手、いなかったんだからやれたはず。そう、人形になんてならなくても)
自分の心の奥底にあった情動を具現化するように、春也の肩へと伸ばした手から燃え立つ、不思議な色味の炎は――春也の身体……人形の身体に延焼していった。
他の何も――木組みの祭壇や人形師の身体を焼かなかったはずなのに――燃え広がらなかったのに。
つまり、本当に復讐をしたかったのは。
「わたしは愛おしいのと同じくらい……うとましかったんだね、あんたが」
春也が可愛くなければ、自分はもっと幸せだったかもしれない。
冷夏はそう、心の奥の奥で感じてしまっていたことを、自覚した。
可愛いから、面倒は見れた。許せたことは多かった。でも、嫌なものは嫌だったのだ。自分の時間が奪われる、こそぎおとされていくこと。小さな、小さな嫌悪。
それが、もしかしたら、心の奥底に降り積もっていたのかもしれない。
春也の可愛さは、毒だった。
次第に次第に、可愛さに都合良く動かされていく、遅延性の毒。
心の何処かを蝕んでいく毒だったのだと、冷夏は冷めた心地で思った……思いたくはなかったけれど。
「ねぇ、春也……わたしはね」
春也の顔がよく見えなくなっていく。
自分の涙のせいだと、冷夏は気づいた。
何の為に零した涙なのか、分からない。
これから零す言葉も、同じくらい、分からない。
「わたしはずっと、眠っていたかったんだ、本当は……何もかも忘れていられたら、それだけで良かったんだよ。
たまに、昔の、あんたと父さんと母さんでご飯食べてた時の、何でもない思い出を夢に見られればそれだけで、良かったんだよ」
不思議な色味の炎がどうやら自分の身体の全身に回り始めて来たらしく、何もかもが見えなくなっていく。
「寝てる方が良かったわたしなんか放って、あんたが生きてれば良かったのにね……こんなことになるんだから、わたし、こんなことをしてしまうのだから」
自分の流した涙はやはり人形のそれで、自らを焦がす炎に蒸発させられていた。
苦痛はなかった……どちらかというと心地よかった。
片腕の肘から先が燃え落ちた時に、
「一緒に寝ましょう……子供の頃みたいに」
不意に呟いて、冷夏は春也を抱き締めた。
幸せだった頃の記憶に、包まれるようにして、身体も意識も……心も消えていく。
春也も巻き添えにして、全てが灰になっていく。
幸福はこんなにも、不幸で良かったんだと……燃え残った身体の何処かが感じていた。
…………気がつけば、
「よぉ、目覚めはどうだ? 藤堂冷夏」
冷夏の目の前で、工房の応接机に腰掛ける坂野孝幸がニヤついていた。
人形に成り果てる前に……時間を巻き戻したみたいに。
何故、ここに居るのか、考えられなかった。
ベットに横たわる春也。
弟の変わり果てた姿に、歩み寄る。
何故そうするか、自分でも分からないまま、ベット脇に設えられた椅子に腰掛ける。
寝息を立てる春也を見下ろし……人形と化した春也も寝息を立てるのだと、今更ながらに妙に感心して。
(もう……わたしも人じゃないんだった)
気づいて、手を見る。
孝幸に切り落とされた指の無い手。身体能力たる発火は収まっている。残された指の第二関節から先は焼け焦げ、出血はしていない。痛覚はあるにはあるが、何というか、人間らしさを保つような、言い訳のような痛みだった。
「……、」
春也を見下ろして息を吐きながら、口をついて出た言葉。
「ごめん、春也。姉さんも……人間、やめちゃったんだ。わたしが春也にされて辛かったこと、春也がやって欲しくなかったこと……わたし、やらかしちゃった。
でね、そうしてまでやろうとした復讐にも失敗しちゃった……」
ここに居るのは春也に謝りたかったからなんだと思った――その瞬間だった。
「――え?」
きりきり、と異音が身体の中から響いてきた。
「……どうして?」
この人体発火という身体能力は、人形師への復讐のためのはずだった。
「……嘘……」
自分の声音の方が嘘なのだと身体が言うかのように残された指……手の甲が発火した。相も変わらず不可思議な色味の炎……人形師へ向けたよりも強く激しく燃え立っている。
自然と席から立ち、寝ている春也に、その燃え立った手を伸ばしていた。
「やだ……」
口から漏れた声が嘘なのだと、身体が言っているかのように……燃え立った手が伸びている。止めることはできない。
「わたしは、」
春也の顔を見る。見つめる。可愛らしいと思う、愛おしいと思う。ずっと、そうだった。やることが多くて時間のない毎日の中で、春也との時間は大事だった。
それはきっと春也も同じで、だからこそ、寝たきりの自分を目覚めさせる為に、春也が自身の身体をなげうったのだろう。そんな春也の気持ちは悲しかったのと同じくらい、愛おしかった。
「いえ……違う」
相反する感情にはまだ、続きがあった。
「ごめん、わたし」
謝りながらも、不可思議な色味で燃え立つ手を春也へと伸ばしていく。
止めることはできない……いや、したくないのだ。
「ずっと、あんたが……」
続きは言えなかった。
思い返せば、本当に人形師にだけ復讐がしたかったのならば。
(工房の奥に行った時……わたしは復讐出来たんだ。助手、いなかったんだからやれたはず。そう、人形になんてならなくても)
自分の心の奥底にあった情動を具現化するように、春也の肩へと伸ばした手から燃え立つ、不思議な色味の炎は――春也の身体……人形の身体に延焼していった。
他の何も――木組みの祭壇や人形師の身体を焼かなかったはずなのに――燃え広がらなかったのに。
つまり、本当に復讐をしたかったのは。
「わたしは愛おしいのと同じくらい……うとましかったんだね、あんたが」
春也が可愛くなければ、自分はもっと幸せだったかもしれない。
冷夏はそう、心の奥の奥で感じてしまっていたことを、自覚した。
可愛いから、面倒は見れた。許せたことは多かった。でも、嫌なものは嫌だったのだ。自分の時間が奪われる、こそぎおとされていくこと。小さな、小さな嫌悪。
それが、もしかしたら、心の奥底に降り積もっていたのかもしれない。
春也の可愛さは、毒だった。
次第に次第に、可愛さに都合良く動かされていく、遅延性の毒。
心の何処かを蝕んでいく毒だったのだと、冷夏は冷めた心地で思った……思いたくはなかったけれど。
「ねぇ、春也……わたしはね」
春也の顔がよく見えなくなっていく。
自分の涙のせいだと、冷夏は気づいた。
何の為に零した涙なのか、分からない。
これから零す言葉も、同じくらい、分からない。
「わたしはずっと、眠っていたかったんだ、本当は……何もかも忘れていられたら、それだけで良かったんだよ。
たまに、昔の、あんたと父さんと母さんでご飯食べてた時の、何でもない思い出を夢に見られればそれだけで、良かったんだよ」
不思議な色味の炎がどうやら自分の身体の全身に回り始めて来たらしく、何もかもが見えなくなっていく。
「寝てる方が良かったわたしなんか放って、あんたが生きてれば良かったのにね……こんなことになるんだから、わたし、こんなことをしてしまうのだから」
自分の流した涙はやはり人形のそれで、自らを焦がす炎に蒸発させられていた。
苦痛はなかった……どちらかというと心地よかった。
片腕の肘から先が燃え落ちた時に、
「一緒に寝ましょう……子供の頃みたいに」
不意に呟いて、冷夏は春也を抱き締めた。
幸せだった頃の記憶に、包まれるようにして、身体も意識も……心も消えていく。
春也も巻き添えにして、全てが灰になっていく。
幸福はこんなにも、不幸で良かったんだと……燃え残った身体の何処かが感じていた。
…………気がつけば、
「よぉ、目覚めはどうだ? 藤堂冷夏」
冷夏の目の前で、工房の応接机に腰掛ける坂野孝幸がニヤついていた。
人形に成り果てる前に……時間を巻き戻したみたいに。
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