28 / 34
第4章 復讐者の身体能力
第28話 人形師の過去は助手の過去
しおりを挟む
蜜蘭は思い出していた。
【アイツ……死んだわ】
そう言って、工房を訪れた妹――│鈴蘭《すずらん》の顔を、蜜蘭は忘れることは出来ない。
幼い頃から、いつも良く動く顔面だなと冷めた心地で、けれど、ほのかに憧れていた妹の顔は、そう言った時ばかりは死体のようでさえあったのだ。
多分、自分に似ている、と蜜蘭は思った。
そして――
「そこに横たわっているのは……キミのではなく、私の妹だ」
孝幸の背中越しにある、妹の顔は工房に訪れた時の顔とそのままだった。彼女は生きながらに死んでいたのかもしれなかった。
思い出が意識の片隅に、湧き出す。
唯一の友――妹の友でもあった――蜜蘭が救いたかった男が死に、
【そうか、あの男らしくごく普通に病に殺されたんだね】
などとしか、蜜蘭は思えなかった。
唯一の友の死を報告しに工房に来た妹に、思ったままを答えた自分の顔も、やはり死人と似ていたのかもしれない。
そして――
「俺に……分かるように言いやがれ」
膝をつき、伏せられたままの孝幸の顔とも、か。そう思いながら、蜜蘭は答えた。
「ふむ、私はキミに言ったね? キミは普通の人間じゃないと」
「……ああ」
「キミは多分、こう思ったのではないのかな? キミは私が作り上げた人形だと」
「遠回しな言い方はやめろ」
「……キミもなかなかに勝手だね。分かるように言えと、キミが言うから順追って丁寧に、説明しているというのに……」
「うるせぇ……」
「ならば、少し黙ろう」
言って、瞑目する。
都合は良かった。
意識は過去に浸食されている。
【僕を……普通の人間でなくしたら、キミは死ぬまで悲しむはずだ】
人形へと成り果てることで延命出来る――そう必死に伝えた蜜蘭に、唯一の友たる男は言った。
【僕には分かる。キミは、本当は……人間の身体を弄びたくなんて、ないんだ】
病に蝕まれている身なのに……そう言って微笑んだ、あの男の顔を、蜜蘭は忘れない。
それでも男を死なせなくなくて……自分の気持ちを汲んでくれることを、ずっと工房で待ち望んでいた。
待っても待っても来てくれない男――その代わりのように工房に訪れた妹の鈴蘭は、言ったのだ。
【本当に分かったの、姉さん? アイツ……死んだのよ】
【そうだね】
【姉さんは悲しくないの?】
【どうだろうねぇ……自分でも分からないんだ、困ったことに】
【あたしは悲しい……し、悔しい】
【……悔しい?】
【姉さんがアイツを助けなかったことが……ううん……あたしがアイツをここに連れて来なかったことが――そして何より】
【何より?】
【アイツが姉さんのために、助かろうとさえしなかったことが】
【……ああ、だから鈴蘭】
見たこともないような、鋭い眼光を浮かべる妹に、蜜蘭は言っていた。
【――キミも人形に成り果てに来たんだね】
うなずいた鈴蘭に、蜜蘭は不意に思い至っていた。
人形と成り果てた者の身内が自分に復讐に来なかったのは、もしかしたら、助手であった鈴蘭が秘密裏に防いでくれいたのかもしれないと。
(良い助手だったからね……妹ながら)
かすかに目蓋を上げ、ちらりと孝幸の手に握られたスマホを見る。
孝幸に不似合いなほど少女趣味なのも当然……かつて妹の鈴蘭が使っていたものなのだ。スマホの中にある写真には孝幸ではなく、外見的に似たあの男と鈴蘭が神社――正確には蜜蘭の修練場の前だ――映っているはずだった。
更に言えば、このマンションの一室も、鈴蘭が用意したものだ。
鈴蘭はきっと、人形に成り果てたあの男と蜜蘭、自分との三人で暮らそうと夢を見ていたのだろう。
(良き妹でもあったのだろうね)
再び下ろしかけた目蓋は、
「蜜蘭……話せッ!」
孝幸の呼びかけによって止まる。
過去に囚われた意識が、現実に呼び戻される。
「俺は一体、何なんだ?」
膝をついたまま、孝幸は顔だけを見上げるように振り向かせた。
(……あの男の顔立ちに良く似ている)
思いながら、鈴蘭の遺志を思いやりながら、蜜蘭は言った。
「あの男を救えなかった私を、妹は恨んだ。だから私に復讐する為に――人形と成り果て」
横たわり物言わぬ鈴蘭の顔を見、孝幸が目を逸らしていた鈴蘭の腹へと視線を移した。
衣服ごと腹の中から喰い破られているかの如く血にまみれている。
かすかに覗く、折れ立って牙のようなになった肋骨、巨大なミキサーにでもかけられたような│腸《はらわた》。それは当然だった。
「人形と成り果てた私の妹は……キミを産み落とした」
孝幸の顔が凍り付くように硬直した。
混乱……いや、思考停止だろう。
けれど、構わず、蜜蘭は続けた。
「妹が欲しがった身体能力は、望み通りの胎児を孕む子宮だ」
孝幸の混乱は続いているようだった。
「だからこそ、キミはあの男に似た顔立ちと細い指を持ち、成人した姿で生まれ出た。
だからこそ、私の妹たる鈴蘭を、キミは自分の妹だと捏造された記憶……私が妹を人形となさしめたという真実も、キミの捏造された記憶に混入されている。私の妹はあの男に私よりも、自分こそを想って欲しかった――何故ならば」
何か言いたがったのか、孝幸の口が開き、閉じた。
構わず、蜜蘭は言い重ねた。
「私の妹はね、あの男が自分を想って――私を恨んで欲しかったんだよ。
そうして、あの男自身の手によって、私に復讐させたかったんだよ――我が妹ながらなかなかに狂っているだろう?」
言い終わるや否や、孝幸は立ち上がる。
おそらく、身体が勝手に動いている。
言われずとも工房に通い続け、かつ、助手としての業務をこなしていたのと同じように。
藤堂冷夏の凶刃から庇ってくれた時のように、否、冷夏の復讐から自らの復讐を守り通した孝幸が――鈴蘭の遺志で構築されたままの孝幸が、振り向きざま、その手を伸ばしてくる。
(これが鈴蘭の遺志……悪くはないね)
首に巻き付いた孝幸の指……救えなかった男と似た細い指の感触に、蜜蘭は思った。
思いながら、押し倒される。
孝幸の指が首を締め付ける力が強まっていくのに比例して、彼の顔が悲痛に歪んでいく。
初めて見る孝幸の泣き顔を目にして、思ってしまった。
(最後に目にするのが、あの男に似た、泣き顔ならば悪くないよね)
自分がこう思うことを、妹は見透かしていた。
だから、これら全てが鈴蘭の復讐なのだ――憎悪と優しさで贈られた、最後だった。
無論、予見してはいたが、現実にするまで、これほどまでに嬉しいものだとは思いも寄らなかった。だから、思った。
(やはり姉妹だね――私もあの男に、断罪して欲しかったんだ)
【アイツ……死んだわ】
そう言って、工房を訪れた妹――│鈴蘭《すずらん》の顔を、蜜蘭は忘れることは出来ない。
幼い頃から、いつも良く動く顔面だなと冷めた心地で、けれど、ほのかに憧れていた妹の顔は、そう言った時ばかりは死体のようでさえあったのだ。
多分、自分に似ている、と蜜蘭は思った。
そして――
「そこに横たわっているのは……キミのではなく、私の妹だ」
孝幸の背中越しにある、妹の顔は工房に訪れた時の顔とそのままだった。彼女は生きながらに死んでいたのかもしれなかった。
思い出が意識の片隅に、湧き出す。
唯一の友――妹の友でもあった――蜜蘭が救いたかった男が死に、
【そうか、あの男らしくごく普通に病に殺されたんだね】
などとしか、蜜蘭は思えなかった。
唯一の友の死を報告しに工房に来た妹に、思ったままを答えた自分の顔も、やはり死人と似ていたのかもしれない。
そして――
「俺に……分かるように言いやがれ」
膝をつき、伏せられたままの孝幸の顔とも、か。そう思いながら、蜜蘭は答えた。
「ふむ、私はキミに言ったね? キミは普通の人間じゃないと」
「……ああ」
「キミは多分、こう思ったのではないのかな? キミは私が作り上げた人形だと」
「遠回しな言い方はやめろ」
「……キミもなかなかに勝手だね。分かるように言えと、キミが言うから順追って丁寧に、説明しているというのに……」
「うるせぇ……」
「ならば、少し黙ろう」
言って、瞑目する。
都合は良かった。
意識は過去に浸食されている。
【僕を……普通の人間でなくしたら、キミは死ぬまで悲しむはずだ】
人形へと成り果てることで延命出来る――そう必死に伝えた蜜蘭に、唯一の友たる男は言った。
【僕には分かる。キミは、本当は……人間の身体を弄びたくなんて、ないんだ】
病に蝕まれている身なのに……そう言って微笑んだ、あの男の顔を、蜜蘭は忘れない。
それでも男を死なせなくなくて……自分の気持ちを汲んでくれることを、ずっと工房で待ち望んでいた。
待っても待っても来てくれない男――その代わりのように工房に訪れた妹の鈴蘭は、言ったのだ。
【本当に分かったの、姉さん? アイツ……死んだのよ】
【そうだね】
【姉さんは悲しくないの?】
【どうだろうねぇ……自分でも分からないんだ、困ったことに】
【あたしは悲しい……し、悔しい】
【……悔しい?】
【姉さんがアイツを助けなかったことが……ううん……あたしがアイツをここに連れて来なかったことが――そして何より】
【何より?】
【アイツが姉さんのために、助かろうとさえしなかったことが】
【……ああ、だから鈴蘭】
見たこともないような、鋭い眼光を浮かべる妹に、蜜蘭は言っていた。
【――キミも人形に成り果てに来たんだね】
うなずいた鈴蘭に、蜜蘭は不意に思い至っていた。
人形と成り果てた者の身内が自分に復讐に来なかったのは、もしかしたら、助手であった鈴蘭が秘密裏に防いでくれいたのかもしれないと。
(良い助手だったからね……妹ながら)
かすかに目蓋を上げ、ちらりと孝幸の手に握られたスマホを見る。
孝幸に不似合いなほど少女趣味なのも当然……かつて妹の鈴蘭が使っていたものなのだ。スマホの中にある写真には孝幸ではなく、外見的に似たあの男と鈴蘭が神社――正確には蜜蘭の修練場の前だ――映っているはずだった。
更に言えば、このマンションの一室も、鈴蘭が用意したものだ。
鈴蘭はきっと、人形に成り果てたあの男と蜜蘭、自分との三人で暮らそうと夢を見ていたのだろう。
(良き妹でもあったのだろうね)
再び下ろしかけた目蓋は、
「蜜蘭……話せッ!」
孝幸の呼びかけによって止まる。
過去に囚われた意識が、現実に呼び戻される。
「俺は一体、何なんだ?」
膝をついたまま、孝幸は顔だけを見上げるように振り向かせた。
(……あの男の顔立ちに良く似ている)
思いながら、鈴蘭の遺志を思いやりながら、蜜蘭は言った。
「あの男を救えなかった私を、妹は恨んだ。だから私に復讐する為に――人形と成り果て」
横たわり物言わぬ鈴蘭の顔を見、孝幸が目を逸らしていた鈴蘭の腹へと視線を移した。
衣服ごと腹の中から喰い破られているかの如く血にまみれている。
かすかに覗く、折れ立って牙のようなになった肋骨、巨大なミキサーにでもかけられたような│腸《はらわた》。それは当然だった。
「人形と成り果てた私の妹は……キミを産み落とした」
孝幸の顔が凍り付くように硬直した。
混乱……いや、思考停止だろう。
けれど、構わず、蜜蘭は続けた。
「妹が欲しがった身体能力は、望み通りの胎児を孕む子宮だ」
孝幸の混乱は続いているようだった。
「だからこそ、キミはあの男に似た顔立ちと細い指を持ち、成人した姿で生まれ出た。
だからこそ、私の妹たる鈴蘭を、キミは自分の妹だと捏造された記憶……私が妹を人形となさしめたという真実も、キミの捏造された記憶に混入されている。私の妹はあの男に私よりも、自分こそを想って欲しかった――何故ならば」
何か言いたがったのか、孝幸の口が開き、閉じた。
構わず、蜜蘭は言い重ねた。
「私の妹はね、あの男が自分を想って――私を恨んで欲しかったんだよ。
そうして、あの男自身の手によって、私に復讐させたかったんだよ――我が妹ながらなかなかに狂っているだろう?」
言い終わるや否や、孝幸は立ち上がる。
おそらく、身体が勝手に動いている。
言われずとも工房に通い続け、かつ、助手としての業務をこなしていたのと同じように。
藤堂冷夏の凶刃から庇ってくれた時のように、否、冷夏の復讐から自らの復讐を守り通した孝幸が――鈴蘭の遺志で構築されたままの孝幸が、振り向きざま、その手を伸ばしてくる。
(これが鈴蘭の遺志……悪くはないね)
首に巻き付いた孝幸の指……救えなかった男と似た細い指の感触に、蜜蘭は思った。
思いながら、押し倒される。
孝幸の指が首を締め付ける力が強まっていくのに比例して、彼の顔が悲痛に歪んでいく。
初めて見る孝幸の泣き顔を目にして、思ってしまった。
(最後に目にするのが、あの男に似た、泣き顔ならば悪くないよね)
自分がこう思うことを、妹は見透かしていた。
だから、これら全てが鈴蘭の復讐なのだ――憎悪と優しさで贈られた、最後だった。
無論、予見してはいたが、現実にするまで、これほどまでに嬉しいものだとは思いも寄らなかった。だから、思った。
(やはり姉妹だね――私もあの男に、断罪して欲しかったんだ)
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】瓶詰めの悪夢
玉響なつめ
ホラー
とある男が行方不明になった。
その状況があまりに奇妙で、幽霊の仕業ではないかとそう依頼された心霊研究所所長の高杉は張り切って現場に行くことにした。
八割方、依頼主の気のせいだろうと思いながら気楽に調査を進めると、そこで彼は不可思議な現象に見舞われる。
【シャケフレークがない】
一体それはなんなのか。
※小説家になろう でも連載
蜥蜴の尻尾切り
柘榴
ホラー
中学3年生の夏、私はクラスメイトの男の子3人に犯された。
ただ3人の異常な性癖を満たすだけの玩具にされた私は、心も身体も壊れてしまった。
そして、望まない形で私は3人のうちの誰かの子を孕んだ。
しかし、私の妊娠が発覚すると3人はすぐに転校をして私の前から逃げ出した。
まるで、『蜥蜴の尻尾切り』のように……私とお腹の子を捨てて。
けれど、私は許さないよ。『蜥蜴の尻尾切り』なんて。
出来の悪いパパたちへの再教育(ふくしゅう)が始まる。
ハンニバルの3分クッキング
アサシン工房
ホラー
アメリカの住宅街で住人たちが惨殺され、金品を奪われる事件が相次いでいた。
犯人は2人組のストリートギャングの少年少女だ。
事件の犯人を始末するために出向いた軍人、ハンニバル・クルーガー中将は少年少女を容赦なく殺害。
そして、少年少女の死体を持ち帰り、軍事基地の中で人肉料理を披露するのであった!
本作のハンニバルは同作者の作品「ワイルド・ソルジャー」の時よりも20歳以上歳食ってるおじさんです。
そして悪人には容赦無いカニバリズムおじさんです。
童貞村
雷尾
ホラー
動画サイトで配信活動をしている男の元に、ファンやリスナーから阿嘉黒町の奥地にある廃村の探索をしてほしいと要望が届いた。名前すらもわからないその村では、廃村のはずなのに今でも人が暮らしているだとか、過去に殺人事件があっただとか、その土地を知る者の間では禁足地扱いされているといった不穏な噂がまことしやかに囁かれていた。※BL要素ありです※
作中にでてくるユーチューバー氏は進行役件観測者なので、彼はBLしません。
※ユーチューバー氏はこちら
https://www.alphapolis.co.jp/manga/980286919/965721001
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる