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第五章 刀工と騎士の戦争
月下の別れ・1
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星空の下、鍛冶小屋の森。
落葉した木々はいつの間にか、薄紅色や純白の花々が点々とたおやか青い光のなかで静かに咲き誇り始めていた。それらが囲む小屋の前の草地は雪解けの露に、きらめいていた。
ぐしゃりと草地を踏みしめたギレイは、鍛え上げたばかりの剣を抱えている。
馬上でも徒歩でも振るえるよう剣身は長く幅も厚みのある、両刃のロングソード。
鍔もとの裏表にある輪……持ち手、それと一体化しつつも蔦のように伸びる護手は、両手持ち用の長い柄に絡まっていた。特徴と言えば、それが特徴だった。納めて鞘も特筆すべきところのない、革巻きのもの。
雑な仕事――では、もちろん、ありえなかった。
(ミシュアさんの、命を預かる剣だ)
だからこそ、自分の持てる全てを使って、この剣を鍛え上げた。
もしかしたら、自分はこれ以上の剣を鍛え上げられないかもしれない。そう、何度も思ったほどの剣だと自負している。
(僕がこの剣を鍛え上げられたのは、ミシュアさんほどの剣士だから……皆を守ろうとする、本当には希有な、貴い騎士だったから)
きっと、自分の最高傑作を鍛え上げられた。
(――だけじゃない……か)
ギレイはそう思いながら、ちらりと鍛冶小屋を見やる。
ここで、彼女と出会った。
ずいぶんと遠い日のように感じつつも、同じくらい、心はその日の只中にいるかのように鮮烈に覚えている。そう、彼女を初めて目にした時、自分の鍛冶小屋(ところ)に来る剣士ではないと思っていたことも遠く、でも、確かに覚えている。
「……、」
剣を抱え直し、思い出に囚われかけた自分を捨て……刀工としての自分を取り戻す。
刀工として仕事がまだ、残っている。
この剣を渡さなければならないのだ。
けれど――どうしてか、彼女との約束はしていなかった。
日も場所さえも、決めていなかった。
どうしてだか、それは自分でも分からない。
でも――
「……うん、やっぱり来てくれたね」
星明かりに照らし上げられながら、咲き始めた花々の門を潜り抜けてきた彼女……その姿を目にして、ギレイの口から穏やかな声が漏れていた。
不思議と、本当に不可思議なことではあるが、彼女が来ない可能性など、自分は微塵も考えていなかった……ギレイはそのことにのみ驚いた。
「ふふっ……ええ、来ましたよ。変だね……約束もしないで会うの」
彼女も穏やかに言った、出陣前の騎士とは思えないほどに。こちらに歩み寄ってくる彼女は本当に、普通の少女のようだ。
でも、どうしてか、最も彼女らしいのだと、ギレイは感じた。
(僕は最初、ミシュアさんを見間違えたんだ……彼女はここに来てくれる人で――僕らは出会うように何かに導かれて――)
思ってしまったことに、気恥ずかしくなって、変に明るい声が出た。
「だね、約束もしてないで会う……会えるなんて、僕たち、変だね」
「え、ええ。本当にね、でも、なんだか、楽しかった」
「うん……僕も、かな。でも、なんでだろうね、約束しなかったの」
「え? わたしは最初、ギレイさんの邪魔しちゃ不味いかなって思ってたんだけど……」
「あ、僕はミシュアさんに気を遣って貰ってるな、とか申し訳なく思ってたんだけど」
「……というよりも、ギレイさん。剣を作るのに、夢中になったんでしょう?」
「……うん、ごめん。ミシュアさんが信じて待ってるって言ってくれたから~つい、ね」
「あ……お、怒ってるとかじゃなくて……わたしも言ったから、ギレイさんならやってくれるだろうって、本当に信じてた……よ」
言い合って、微笑み合って、顔を合わさなかった互いの姿を想い合っていく。まるで会っていなかった彼女にさえ、時間と空間を超えて出会えたような気さえした。
胸が痛みさえするような強い喜びを、ギレイはもっと感じ続けたくなった。
「あ、ミシュアさん。どうしてここで待ってるって思ったの?」
「え? あ、だって最初に、わたし達はここで約束したから……」
「うん、正解っ!」
「……どうしたの? ギレイさん?」
「ん~ん、なんか嬉しくて」
「わたしも……と、言いたいところだけど、ほんの少しは不安だったんだよ?」
「あ、うん、ごめん。ミシュアさんが言ったとおり、剣を鍛え上げるのに夢中で……どう渡すか……気が回らなくなってたんだ」
「……会えたから、いいけれど」
「うん、会えたからいいんだよ~きっとね」
言うと、ミシュアがため息をつき、少しの間を置いてから、うなずいた。ギレイもうなずいた。それも、約束のない合図だった。
再会を貴ぶだけの喜びは終わっていく……二人とも、多分、それが分かっていた。
戦争までの時間は、残されていない。そしてまた、明日、戦争へと赴く彼女に、わずかばかりでも疲労を残すわけにはいかないのだった。
(……、)
ギレイはそれでも今一度、一瞬だけ、再会の貴さを噛み締めた。
戦っていない彼女と同じ時と空間を共にする……それが、こんなにも貴いのだと感じ、でも、だからこそ大事に終わらせようと強く静かに心に決めた。
(……うん)
ギレイは思いの外、名残惜しさを感じなかった。
ここに来るまでの間はずっと、あるはずだと思っていたけど、彼女と会って、会えなかった日々の話をしているうちに名残惜しさはそれこそ、雪解けのように消えていった。こうなるのが自分と彼女なのだと感じていた。
騎士と刀工の時間が始めようと、ギレイは思った。
「ミシュアさん」
「……はい」
「これが貴女のためだけに、僕が鍛え上げた剣です」
抱えていた剣を差し出しかけたギレイは、しかし。
「あ……渡す前に説明することがあるんだ、コレ……ちょっと変わった剣だからね~」
彼女に少し笑われるハメになった――出逢った時みたいに。
落葉した木々はいつの間にか、薄紅色や純白の花々が点々とたおやか青い光のなかで静かに咲き誇り始めていた。それらが囲む小屋の前の草地は雪解けの露に、きらめいていた。
ぐしゃりと草地を踏みしめたギレイは、鍛え上げたばかりの剣を抱えている。
馬上でも徒歩でも振るえるよう剣身は長く幅も厚みのある、両刃のロングソード。
鍔もとの裏表にある輪……持ち手、それと一体化しつつも蔦のように伸びる護手は、両手持ち用の長い柄に絡まっていた。特徴と言えば、それが特徴だった。納めて鞘も特筆すべきところのない、革巻きのもの。
雑な仕事――では、もちろん、ありえなかった。
(ミシュアさんの、命を預かる剣だ)
だからこそ、自分の持てる全てを使って、この剣を鍛え上げた。
もしかしたら、自分はこれ以上の剣を鍛え上げられないかもしれない。そう、何度も思ったほどの剣だと自負している。
(僕がこの剣を鍛え上げられたのは、ミシュアさんほどの剣士だから……皆を守ろうとする、本当には希有な、貴い騎士だったから)
きっと、自分の最高傑作を鍛え上げられた。
(――だけじゃない……か)
ギレイはそう思いながら、ちらりと鍛冶小屋を見やる。
ここで、彼女と出会った。
ずいぶんと遠い日のように感じつつも、同じくらい、心はその日の只中にいるかのように鮮烈に覚えている。そう、彼女を初めて目にした時、自分の鍛冶小屋(ところ)に来る剣士ではないと思っていたことも遠く、でも、確かに覚えている。
「……、」
剣を抱え直し、思い出に囚われかけた自分を捨て……刀工としての自分を取り戻す。
刀工として仕事がまだ、残っている。
この剣を渡さなければならないのだ。
けれど――どうしてか、彼女との約束はしていなかった。
日も場所さえも、決めていなかった。
どうしてだか、それは自分でも分からない。
でも――
「……うん、やっぱり来てくれたね」
星明かりに照らし上げられながら、咲き始めた花々の門を潜り抜けてきた彼女……その姿を目にして、ギレイの口から穏やかな声が漏れていた。
不思議と、本当に不可思議なことではあるが、彼女が来ない可能性など、自分は微塵も考えていなかった……ギレイはそのことにのみ驚いた。
「ふふっ……ええ、来ましたよ。変だね……約束もしないで会うの」
彼女も穏やかに言った、出陣前の騎士とは思えないほどに。こちらに歩み寄ってくる彼女は本当に、普通の少女のようだ。
でも、どうしてか、最も彼女らしいのだと、ギレイは感じた。
(僕は最初、ミシュアさんを見間違えたんだ……彼女はここに来てくれる人で――僕らは出会うように何かに導かれて――)
思ってしまったことに、気恥ずかしくなって、変に明るい声が出た。
「だね、約束もしてないで会う……会えるなんて、僕たち、変だね」
「え、ええ。本当にね、でも、なんだか、楽しかった」
「うん……僕も、かな。でも、なんでだろうね、約束しなかったの」
「え? わたしは最初、ギレイさんの邪魔しちゃ不味いかなって思ってたんだけど……」
「あ、僕はミシュアさんに気を遣って貰ってるな、とか申し訳なく思ってたんだけど」
「……というよりも、ギレイさん。剣を作るのに、夢中になったんでしょう?」
「……うん、ごめん。ミシュアさんが信じて待ってるって言ってくれたから~つい、ね」
「あ……お、怒ってるとかじゃなくて……わたしも言ったから、ギレイさんならやってくれるだろうって、本当に信じてた……よ」
言い合って、微笑み合って、顔を合わさなかった互いの姿を想い合っていく。まるで会っていなかった彼女にさえ、時間と空間を超えて出会えたような気さえした。
胸が痛みさえするような強い喜びを、ギレイはもっと感じ続けたくなった。
「あ、ミシュアさん。どうしてここで待ってるって思ったの?」
「え? あ、だって最初に、わたし達はここで約束したから……」
「うん、正解っ!」
「……どうしたの? ギレイさん?」
「ん~ん、なんか嬉しくて」
「わたしも……と、言いたいところだけど、ほんの少しは不安だったんだよ?」
「あ、うん、ごめん。ミシュアさんが言ったとおり、剣を鍛え上げるのに夢中で……どう渡すか……気が回らなくなってたんだ」
「……会えたから、いいけれど」
「うん、会えたからいいんだよ~きっとね」
言うと、ミシュアがため息をつき、少しの間を置いてから、うなずいた。ギレイもうなずいた。それも、約束のない合図だった。
再会を貴ぶだけの喜びは終わっていく……二人とも、多分、それが分かっていた。
戦争までの時間は、残されていない。そしてまた、明日、戦争へと赴く彼女に、わずかばかりでも疲労を残すわけにはいかないのだった。
(……、)
ギレイはそれでも今一度、一瞬だけ、再会の貴さを噛み締めた。
戦っていない彼女と同じ時と空間を共にする……それが、こんなにも貴いのだと感じ、でも、だからこそ大事に終わらせようと強く静かに心に決めた。
(……うん)
ギレイは思いの外、名残惜しさを感じなかった。
ここに来るまでの間はずっと、あるはずだと思っていたけど、彼女と会って、会えなかった日々の話をしているうちに名残惜しさはそれこそ、雪解けのように消えていった。こうなるのが自分と彼女なのだと感じていた。
騎士と刀工の時間が始めようと、ギレイは思った。
「ミシュアさん」
「……はい」
「これが貴女のためだけに、僕が鍛え上げた剣です」
抱えていた剣を差し出しかけたギレイは、しかし。
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