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第五章 刀工と騎士の戦争
副団長の憂い
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「団長。ギレイ=アドに……告げたのですか?」
白蘭騎士団の副団長ユニリ=ド=メディレは執務室にて、ミシュアにおずおずと聞いていた。ずっと聞きたかったことであり、聞けなかったことだった。しかし、白蘭騎士団の出兵が明日へと迫っている、聞くならば、このタイミングでしかありえない。
出兵日の決定がされた軍議を終えて、ミシュアは疲れているとは思う。思うのだが、どうしても、この年下の、部下にさえ気遣ってばかりいる騎士団長に聞かねばならなかった。
(心残りがあると剣も鈍る)
そう、ユニリは知っていたからだった。
「ギレイさんに……なにを?」
執務机越しに素知らぬ顔を、ミシュアは上げた。
「……、」
何故だか、ユニリはイラついた。戦闘のこと以外は知らない、知ろうともしてなかったこの少女に、少し思うところもあったのかもしれない。
「……言葉にせねばならないのですか?」
「……ええ、だから聞いてるんだが?」
小首を傾げるミシュアに、ユニリはイライラを募らせた。だからなのか、衝動的に……失言をしてしまう。
「団長、私も……騎士見習いの折、今の団長と似たようなことがありました」
言ってしまった以上、後戻りは出来ない。ミシュアに、自分のことを話すのは初めてだった。やや戸惑いを覚えるが、ミシュアは真剣に聞いてくれるのを見て、続ける。
「その男……当時は少年でしたが、私とて少女で……」
自分の昔話をしなれてなくて、少し変ではあったが、それでも続けた。
「同じ騎士見習いとして、同じ時間を共に過ごし、いつの間にか、私達は互いに互いを、仲間以上の存在として見つめるようになりました」
ミシュアが深く、頷いた。
「けれど、私達は互いが交わす視線の意味を、確かめ合わなかった……私達はずっと、共に時を過ごせると信じていた――いえ、信じたかっただけなのでしょうね」
この昔話の結末を予期したかのように、ミシュアが目を伏せた。
「お察しの通り、です。当時はまだ評議会などありませんでしたから、彼は男だという理由だけで、私よりも早く初陣を迎え――そのまま戦地より戻らなかった。私と彼の時間……いえ、私と彼が交わしていた想いの数々は、この世から消え去りました」
ユニリは胸の内に湧き上がる悲しみに、あえぐように言葉を継ぐ。
「私は今もなお、後悔しています」
「……」
「出兵の折に、私はせめて彼に、どんなに思っているのかを告げるべきだったと。二度と会えなくなるかもしれないと分かっていたのに、どうして告げられなかったのかと。私はずっと後悔している。そのような私を、彼はきっと望まないだろうことを分かっていて、それでも」
息を少し吐いて、ユニリはミシュアに告げた……副長として。
「我らが白蘭騎士団は明日、出兵します……団長は、私と同じ後悔をなさらぬよう」
言い終えて、ミシュアと視線を交わし合う。何故だか、彼女と剣を打ち合わせる時のことを思い出し、それが理由ではないのだが、居心地が悪くなって、立ち去ることにした。
踵を返して歩み、執務室への扉に手をかけた時だった。
「ねぇ、ユニリ」
自分が聞いたこともないような気安い声で、ミシュアに呼びかけられる。何となく、どう答えていいものか迷っている内に、ミシュアが続けた。
「忠告してくれて、ありがとう」
何故だか、振り返ることは出来なかった。
「ううん、今までも、いつだって助けてくれてありがとう」
昔話をしていた時から、目元に溜まっていた涙がこぼれるのが分かった。ただ、それを、ミシュアに見せるのは、はばかられた。ミシュアの負担になりたくなかった。
「ただね、ユニリ」
「……はい」
「ユニリの忠告には、わたしは……ううん、わたし達は従わないと思う」
胸のうちが痛む……彼女も自分のように後悔に苦しむのではないかと。
「でもね、ユニリ。わたし達は、これから何が起きても、きっと後悔しない」
「な……なにを根拠に、」
思わず振り返り、ミシュアに涙の痕を見られる。
ただ、それについて何も言わなかった。ほんの少しだけ、視線をやっただけで、ミシュアは落ち着いていた。今までと少し、何かが違うような気がした。
「根拠……と言われても、難しいんだけど」
少し困ったように笑って、ミシュアが口を開いた。
「ギレイさんは今、わたしの剣を鍛えてくれている。わたしが命を預けられる剣を――いいえ、わたしの命だけじゃない」
不思議なほどに、ミシュアの声には確信が込められていた。
「わたしと轡を並べる騎士団員達や、騎士団の背後にいる戦わない人々の命さえも預けてしまえるような、折れない剣。ギレイさんなら鍛え上げてくれるよ、きっとね」
ミシュアの静かな声音に込められたギレイへの信頼に、ユニリは驚く。驚きつつも、ミシュアの正気を疑ってしまう――出兵への恐怖を誤魔化すための盲信ではないかと。
でも、彼女にはそのような無理はなく、
「おかしいかな、わたし?」
と、ユニリの内心を見透かすように言ってくる。
「通常……ならば」
たまに、ごく稀に卓越した剣士が相手の全てを――相手がどう動くかという未来さえ見通すことがある……だなんてことを、ユニリは思い出す。
「ユニリ、今までみたいに力を貸して。わたし達も皆も多くの者が生き延びられるように」
彼女はやはり、こちらの心の動きを見透かすように言った。
「力を貸してくれたなら……そうね、ユニリがしてくれた昔話の返礼に、わたしとギレイさんの話を聞かせてあげる、どう?」
出兵前の騎士団長にしては気負いがない……どころか、普通に街にでも出かけるかのように、彼女はにこやかに約束を持ちかけてくる。
(普通なら……そんな指揮官は不味いのだけれど)
戦地から帰って来られると普通に言っている団長にけれど、
(騎士団員たちの、それが望み。少なくとも……士気は上がる、私でさえも)
ユニリはだから、信頼することにした。
「何処までもお供しますよ、ミシュア」
ユニリはミシュアに告げた――最も信頼する戦友として。
白蘭騎士団の副団長ユニリ=ド=メディレは執務室にて、ミシュアにおずおずと聞いていた。ずっと聞きたかったことであり、聞けなかったことだった。しかし、白蘭騎士団の出兵が明日へと迫っている、聞くならば、このタイミングでしかありえない。
出兵日の決定がされた軍議を終えて、ミシュアは疲れているとは思う。思うのだが、どうしても、この年下の、部下にさえ気遣ってばかりいる騎士団長に聞かねばならなかった。
(心残りがあると剣も鈍る)
そう、ユニリは知っていたからだった。
「ギレイさんに……なにを?」
執務机越しに素知らぬ顔を、ミシュアは上げた。
「……、」
何故だか、ユニリはイラついた。戦闘のこと以外は知らない、知ろうともしてなかったこの少女に、少し思うところもあったのかもしれない。
「……言葉にせねばならないのですか?」
「……ええ、だから聞いてるんだが?」
小首を傾げるミシュアに、ユニリはイライラを募らせた。だからなのか、衝動的に……失言をしてしまう。
「団長、私も……騎士見習いの折、今の団長と似たようなことがありました」
言ってしまった以上、後戻りは出来ない。ミシュアに、自分のことを話すのは初めてだった。やや戸惑いを覚えるが、ミシュアは真剣に聞いてくれるのを見て、続ける。
「その男……当時は少年でしたが、私とて少女で……」
自分の昔話をしなれてなくて、少し変ではあったが、それでも続けた。
「同じ騎士見習いとして、同じ時間を共に過ごし、いつの間にか、私達は互いに互いを、仲間以上の存在として見つめるようになりました」
ミシュアが深く、頷いた。
「けれど、私達は互いが交わす視線の意味を、確かめ合わなかった……私達はずっと、共に時を過ごせると信じていた――いえ、信じたかっただけなのでしょうね」
この昔話の結末を予期したかのように、ミシュアが目を伏せた。
「お察しの通り、です。当時はまだ評議会などありませんでしたから、彼は男だという理由だけで、私よりも早く初陣を迎え――そのまま戦地より戻らなかった。私と彼の時間……いえ、私と彼が交わしていた想いの数々は、この世から消え去りました」
ユニリは胸の内に湧き上がる悲しみに、あえぐように言葉を継ぐ。
「私は今もなお、後悔しています」
「……」
「出兵の折に、私はせめて彼に、どんなに思っているのかを告げるべきだったと。二度と会えなくなるかもしれないと分かっていたのに、どうして告げられなかったのかと。私はずっと後悔している。そのような私を、彼はきっと望まないだろうことを分かっていて、それでも」
息を少し吐いて、ユニリはミシュアに告げた……副長として。
「我らが白蘭騎士団は明日、出兵します……団長は、私と同じ後悔をなさらぬよう」
言い終えて、ミシュアと視線を交わし合う。何故だか、彼女と剣を打ち合わせる時のことを思い出し、それが理由ではないのだが、居心地が悪くなって、立ち去ることにした。
踵を返して歩み、執務室への扉に手をかけた時だった。
「ねぇ、ユニリ」
自分が聞いたこともないような気安い声で、ミシュアに呼びかけられる。何となく、どう答えていいものか迷っている内に、ミシュアが続けた。
「忠告してくれて、ありがとう」
何故だか、振り返ることは出来なかった。
「ううん、今までも、いつだって助けてくれてありがとう」
昔話をしていた時から、目元に溜まっていた涙がこぼれるのが分かった。ただ、それを、ミシュアに見せるのは、はばかられた。ミシュアの負担になりたくなかった。
「ただね、ユニリ」
「……はい」
「ユニリの忠告には、わたしは……ううん、わたし達は従わないと思う」
胸のうちが痛む……彼女も自分のように後悔に苦しむのではないかと。
「でもね、ユニリ。わたし達は、これから何が起きても、きっと後悔しない」
「な……なにを根拠に、」
思わず振り返り、ミシュアに涙の痕を見られる。
ただ、それについて何も言わなかった。ほんの少しだけ、視線をやっただけで、ミシュアは落ち着いていた。今までと少し、何かが違うような気がした。
「根拠……と言われても、難しいんだけど」
少し困ったように笑って、ミシュアが口を開いた。
「ギレイさんは今、わたしの剣を鍛えてくれている。わたしが命を預けられる剣を――いいえ、わたしの命だけじゃない」
不思議なほどに、ミシュアの声には確信が込められていた。
「わたしと轡を並べる騎士団員達や、騎士団の背後にいる戦わない人々の命さえも預けてしまえるような、折れない剣。ギレイさんなら鍛え上げてくれるよ、きっとね」
ミシュアの静かな声音に込められたギレイへの信頼に、ユニリは驚く。驚きつつも、ミシュアの正気を疑ってしまう――出兵への恐怖を誤魔化すための盲信ではないかと。
でも、彼女にはそのような無理はなく、
「おかしいかな、わたし?」
と、ユニリの内心を見透かすように言ってくる。
「通常……ならば」
たまに、ごく稀に卓越した剣士が相手の全てを――相手がどう動くかという未来さえ見通すことがある……だなんてことを、ユニリは思い出す。
「ユニリ、今までみたいに力を貸して。わたし達も皆も多くの者が生き延びられるように」
彼女はやはり、こちらの心の動きを見透かすように言った。
「力を貸してくれたなら……そうね、ユニリがしてくれた昔話の返礼に、わたしとギレイさんの話を聞かせてあげる、どう?」
出兵前の騎士団長にしては気負いがない……どころか、普通に街にでも出かけるかのように、彼女はにこやかに約束を持ちかけてくる。
(普通なら……そんな指揮官は不味いのだけれど)
戦地から帰って来られると普通に言っている団長にけれど、
(騎士団員たちの、それが望み。少なくとも……士気は上がる、私でさえも)
ユニリはだから、信頼することにした。
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