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第四章 刀工と騎士と身分評議会
騎士団長の来客は
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ルーキュルクがミシュア達の隊舎たる白蘭館を訪れた、その三日後。
執務室でユニリからの報告に、ミシュアは呆然と呟いた。
「え……ギレイさんが失踪?」
「落ち着いて下さい、団長。正確に言えばリュッセンベルク近郊の森より飛び去った飛竜を目撃した者達が多くいまして……」
「ユニリ……ギレイさん、何で?」
「何でと言われても……おそらくですが、リュッセンベルクへの出禁を命じられたギレイ=アドは、難癖をつけらぬように遠方へ逃れたのでは?」
「待って……待ってよ、ユニリ」
言いながら、ミシュアは思う。
(どうして? わたしに何も言わずに……)
彼の顔が思い浮かぶ。
(直接会うのは難しくても、書簡ぐらいなら。ギレイさんの署名を入れなければ、わたしにどうにか送れるはずなのに……どうして? わたしは苦労して送ったのに……)
思い浮かんだ彼の顔に、初めて、少し怒りのようなものが湧く。
「団長……未確認情報ですが」
「今度は……なに?」
「ギレイ=アドは昔に鍛冶仕事を習った親方の元へ出向いているのではないか、とのことです。しかし……その親方は、今は、農具の鍛冶だけをやっているとのこと」
「その親方が刀工……じゃないの?」
当たり前のように頷いたユニリ……そんなことにさえ、ミシュアは微かな怒りが湧いた。ギレイが何を考えているのか、それが分からない。いや、元々分かりづらいところのある人ではあるかと、ミシュアは思い直す。
乱れていく思考を振り払うように、首を振る。
(もし刀工じゃない……親方の元へ帰った……なら、)
不意に、思ってしまう。
(ギレイさん……もしかして、)
机の傍らに立てかけてある剣を見やる。試作品……一緒に完成させようと彼は言った。言ったのに……本当に、本当に嬉しかったのに。
(刀工を辞めるつもり……じゃないよね?)
思い至ってしまった未来に目が眩むように、ミシュアは目蓋を下ろした。
(嘘……でしょ? わたしと一緒に完成させる――って言ってくれてたのに)
何も考えたくなくなっていく。でも、次から次へと止めどもなく。
(あの武芸大会が……最後? もう、わたしを支えてはくれない? ギレイさんはもう、そのつもりがない…………ううん、まさか……でも……)
信じたくないことを、次々と思ってしまう。だから、もう……何も思えなくなってしまえばいいとさえ、思ってしまう。
そうして、結局、無言のままに、ミシュアは立ち上がった。
「団長?」
心配そうなユニリに、何とか笑顔を見せる。
「すまん……少し、席を外す」
「お気持ちは察しますが……来客が控えて、」
「すぐに戻るさ」
ミシュアは逃げ出すように、でもギレイの剣を腰にして、執務室を後にする。
何か、目的があったわけではない。ただユニリの……彼女は何ら悪くはないのだが……彼女のもたらす情報をこれ以上、聞きたくなくなってしまっていた。
当てもなく館の回廊を歩くと、窓の外、中庭の花壇――今や散っているが――が目に入る。それよりも目に飛び込んでくるのは花壇の傍ら、松葉杖をついたリンファの姿だった。
(そういえば……最近、)
見舞って謝って以来、顔を合わせてなかったことをミシュアは思い出す。一言だけでも労うのが団長の務めだと思い、駆けだした。ギレイのことを思い悩んでしまうことを一時でも止めたいだけだと、半ば、自覚しながら。
回廊を駆け抜け、階段を飛び降りるように過ぎゆき、ミシュアは中庭へとたどり着く。が、当のリンファは魔法傷による後遺症のリハビリに励んでいるだろう、その顔は真剣で少し辛そうで、声をかけづらかった。が、リンファの方が先に気づいたようで、声を上げた。
「団長……?」
「あ、ああ」
「どうされました?」
「……いや、その。すまん。最近、顔を合わせていなかったから……」
大丈夫なのか、と言いかけた口を閉じる。
(そのはずが、ない……だからこうして、リンファは励んでいるのだ)
リンファをそれとなく励ますことを言わねばと思いあぐね、自然と、ミシュアは腰にあった剣に触れる。幾分、気が和らぐ。と、また、リンファの方が先に口を開いてくれた。
「団長、わたしは大丈夫……です。最近、団長はお忙しそうなので……わたしにはお構いなく」
無理矢理の作り笑顔のまま、リンファは続けた。
「あ、でもっ! 気にして頂けるのは嬉しく、」
リンファが言いかけた時だった。
「探しましたよ、団長……来客が来ています」
ユニリに振り返ってから、ミシュアはまた顔だけ振り向かせてリンファに言う。
「すまん、また」
「……いえ」と何か言いたげなリンファは気にはなった……が。
「団長、急ぎませんと。来客を待たせているのです」
ユニリに急かされ、ミシュアは少し早足で、執務室へと向かう。向かう、その過程で。
(何をやってるんだ、わたしは……)
中途半端に仲間へ労ってしまったと後悔。自然と手は、また剣に触れる。
(支えてくれるって、言ってくれたのに……だから騎士団を率いることも出来そうだって思えてたのに――)
またも思い悩みかけ、それを押しとどめる――などと繰り返している内に、執務室へとたどり着いていた――そして。
「やぁやぁ、お久しぶりですな~ミシュア団長閣下」
妙に明るく挨拶をしてくる、ギレイの親友のハサンに執務室で出迎えられた。
色々と思うことはありつつも、ミシュアはそのハサンは楽しげな様子に、いや、ハサンがその手に持つもの――ミシュアがギレイに苦労して送った書簡――に目が釘付けになる。
「あ、あの――それは、」
「申し訳ないが、読まさせて頂きました」
にやにやと、ハサンは告げる。
「商談があります……品物は無論、肉ではないのですがね」
執務室でユニリからの報告に、ミシュアは呆然と呟いた。
「え……ギレイさんが失踪?」
「落ち着いて下さい、団長。正確に言えばリュッセンベルク近郊の森より飛び去った飛竜を目撃した者達が多くいまして……」
「ユニリ……ギレイさん、何で?」
「何でと言われても……おそらくですが、リュッセンベルクへの出禁を命じられたギレイ=アドは、難癖をつけらぬように遠方へ逃れたのでは?」
「待って……待ってよ、ユニリ」
言いながら、ミシュアは思う。
(どうして? わたしに何も言わずに……)
彼の顔が思い浮かぶ。
(直接会うのは難しくても、書簡ぐらいなら。ギレイさんの署名を入れなければ、わたしにどうにか送れるはずなのに……どうして? わたしは苦労して送ったのに……)
思い浮かんだ彼の顔に、初めて、少し怒りのようなものが湧く。
「団長……未確認情報ですが」
「今度は……なに?」
「ギレイ=アドは昔に鍛冶仕事を習った親方の元へ出向いているのではないか、とのことです。しかし……その親方は、今は、農具の鍛冶だけをやっているとのこと」
「その親方が刀工……じゃないの?」
当たり前のように頷いたユニリ……そんなことにさえ、ミシュアは微かな怒りが湧いた。ギレイが何を考えているのか、それが分からない。いや、元々分かりづらいところのある人ではあるかと、ミシュアは思い直す。
乱れていく思考を振り払うように、首を振る。
(もし刀工じゃない……親方の元へ帰った……なら、)
不意に、思ってしまう。
(ギレイさん……もしかして、)
机の傍らに立てかけてある剣を見やる。試作品……一緒に完成させようと彼は言った。言ったのに……本当に、本当に嬉しかったのに。
(刀工を辞めるつもり……じゃないよね?)
思い至ってしまった未来に目が眩むように、ミシュアは目蓋を下ろした。
(嘘……でしょ? わたしと一緒に完成させる――って言ってくれてたのに)
何も考えたくなくなっていく。でも、次から次へと止めどもなく。
(あの武芸大会が……最後? もう、わたしを支えてはくれない? ギレイさんはもう、そのつもりがない…………ううん、まさか……でも……)
信じたくないことを、次々と思ってしまう。だから、もう……何も思えなくなってしまえばいいとさえ、思ってしまう。
そうして、結局、無言のままに、ミシュアは立ち上がった。
「団長?」
心配そうなユニリに、何とか笑顔を見せる。
「すまん……少し、席を外す」
「お気持ちは察しますが……来客が控えて、」
「すぐに戻るさ」
ミシュアは逃げ出すように、でもギレイの剣を腰にして、執務室を後にする。
何か、目的があったわけではない。ただユニリの……彼女は何ら悪くはないのだが……彼女のもたらす情報をこれ以上、聞きたくなくなってしまっていた。
当てもなく館の回廊を歩くと、窓の外、中庭の花壇――今や散っているが――が目に入る。それよりも目に飛び込んでくるのは花壇の傍ら、松葉杖をついたリンファの姿だった。
(そういえば……最近、)
見舞って謝って以来、顔を合わせてなかったことをミシュアは思い出す。一言だけでも労うのが団長の務めだと思い、駆けだした。ギレイのことを思い悩んでしまうことを一時でも止めたいだけだと、半ば、自覚しながら。
回廊を駆け抜け、階段を飛び降りるように過ぎゆき、ミシュアは中庭へとたどり着く。が、当のリンファは魔法傷による後遺症のリハビリに励んでいるだろう、その顔は真剣で少し辛そうで、声をかけづらかった。が、リンファの方が先に気づいたようで、声を上げた。
「団長……?」
「あ、ああ」
「どうされました?」
「……いや、その。すまん。最近、顔を合わせていなかったから……」
大丈夫なのか、と言いかけた口を閉じる。
(そのはずが、ない……だからこうして、リンファは励んでいるのだ)
リンファをそれとなく励ますことを言わねばと思いあぐね、自然と、ミシュアは腰にあった剣に触れる。幾分、気が和らぐ。と、また、リンファの方が先に口を開いてくれた。
「団長、わたしは大丈夫……です。最近、団長はお忙しそうなので……わたしにはお構いなく」
無理矢理の作り笑顔のまま、リンファは続けた。
「あ、でもっ! 気にして頂けるのは嬉しく、」
リンファが言いかけた時だった。
「探しましたよ、団長……来客が来ています」
ユニリに振り返ってから、ミシュアはまた顔だけ振り向かせてリンファに言う。
「すまん、また」
「……いえ」と何か言いたげなリンファは気にはなった……が。
「団長、急ぎませんと。来客を待たせているのです」
ユニリに急かされ、ミシュアは少し早足で、執務室へと向かう。向かう、その過程で。
(何をやってるんだ、わたしは……)
中途半端に仲間へ労ってしまったと後悔。自然と手は、また剣に触れる。
(支えてくれるって、言ってくれたのに……だから騎士団を率いることも出来そうだって思えてたのに――)
またも思い悩みかけ、それを押しとどめる――などと繰り返している内に、執務室へとたどり着いていた――そして。
「やぁやぁ、お久しぶりですな~ミシュア団長閣下」
妙に明るく挨拶をしてくる、ギレイの親友のハサンに執務室で出迎えられた。
色々と思うことはありつつも、ミシュアはそのハサンは楽しげな様子に、いや、ハサンがその手に持つもの――ミシュアがギレイに苦労して送った書簡――に目が釘付けになる。
「あ、あの――それは、」
「申し訳ないが、読まさせて頂きました」
にやにやと、ハサンは告げる。
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