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第二章 刀工と騎士とお食事と

刀工と騎士とお食事と・2

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「次の工程なんだ、これがね」
 穏やかな口調のままで、彼が斬りかかってくる。

「――ッ!」
 ギレイから受け取ったばかりの剣を、またも反射的に抜き払う。そのまま振り下ろされる彼の剣の横腹を叩き、逸らす。甲高い剣撃音が響き渡る。手が少しの痺れている。
 思ったよりも――素振りをこなした時の彼の印象よりも――彼の打ち込みは鋭いものだった。
「ギレイさんッ! やめて下さいッ!」
 言いながら、ミシュアは剣を構えた。自然と視界に入れるのは、ギレイに渡されたばかりの剣の全貌。腰にある剣と同型ではあるものの、少し違う。
 ふと、気づく。
「刃引き――の剣」
「もちろん、僕のもね」
 体勢を流されていたはずの彼は既に、飛び込んで来ていた。獣の突進のような突きを伴って。彼の剣の切っ先は、彼の言葉通り刃引き――潰され、丸まっている。確かに刃引きの剣だと認めながら、ミシュアは身を横に引いて避ける。
 すれ違うような彼の背中に、自分の身体が――腕が自然と反撃しようとする……のを、ミシュアは必死に止める。剣士としての習慣に抗いながら、飛び退く。鍛冶小屋の壁――木扉かもしれない――に背中を打ち付けた。
「ギレイさん、刃を引いた剣でも、当たり所が悪ければ――」
 言いかけたミシュアに、身を反転させた彼はしかし、答えるように剣を振るってくる。

(せっかく――仲良く――)

 思ってしまうことをも振り払うように、ミシュアは剣を横なぎに振るい、ギレイの剣の横腹をまたも叩く――だけでなく。
「……っ」
 短く息を吐き、ギレイの剣を己の剣先で巻き上げるように手首を回す。
 絡め取ったギレイの剣を、そのまま、跳ね上げた。
 ぎりィンッ、と音を立て、ギレイの手元から剣を虚空へ弾き上げた。
「……は、はっあ……」
 安堵の息をつく。と、耳に入ってくるのは、ギレイの気の抜けるような声。
「おぉーすごいな~やっぱり」
 飛ばされた剣を目で追いかけているギレイはたたらを踏み、ミシュアの眼前で立ち止まった。
「や~本当に、敵う気がしないな~」
 彼はかすかに息を荒げ、手首を回している。彼の視線の先では、どッ、と飛ばされた剣が草地に突き刺さっている。そう、刃先を丸めたとしても、剣は剣。充分な速度があれば、人体とて傷ついてしまう。そこまで思い至って、思わず、ミシュアは叫んでしまう。

「……何を――呑気にっ! いきなり斬りかかるなんてッ!」
「ミシュアさん?」
 穏やかなままの彼の顔が振り返ってくる。
 思ったよりも、彼の顔が近い――多分、自分が詰め寄ったこともあるのだが。
(うっ……くっ……)
 本当に不思議そうにこちらを見つめてくる彼に、何を怒ろうとしたのか忘れかけ、後ずさろうとして……背中を、小屋の壁にまたも打ち付ける。
「……ギレイさん。せめて説明してから、今のような演習? 訓練? をして下さい」
 言いながら、どうにも語気が弱まるので、ミシュアは彼を指差した。その流れでもって、彼の胸板を指先で押す。思ったよりも、彼の胸板は厚かった。変な感想、妙な動悸――頭が真っ白になりかける。感じた全てのことを意識から追い出すように、更に彼を指で押す。
「うぁ……っと」
 気の抜けた声を出したギレイは抵抗することもなく、後ずさってくれる。普通の距離感となって、さきほどまでの小屋の中での話し合いのように、ギレイも言った。
「……ご、ごめんなさい。あの、ミシュアさんならすぐに分かってくれるかな~と。ほら、戦闘は突発的に始まることも多いし……」
「た、確かにそうですが……でも、二度とやらないでっ! 貴方の剣を上手く弾けたからいいものの、力の加減を間違えることだって、考えたくもありませんが、なくはなかったんですっ!」
「は、反省します」
 肩を落としたギレイに、ミシュアは何故もこんなに怒ってしまったのかという思いが湧き上がってきた。
(当たり前だけど、わたし、この人を……傷つけたくない)
 ミシュアはそう思い至り、でも、こんなにも怒ってしまえば、結局、彼の気を病ませるのではないか、と混乱にも似て気づく――というか。
(わたしは、ギレイさんに剣を頼んでいる立場だったんだ……)
 刀工と剣士という間柄というのを、先ほどまでの長話のこともあってか、すっかり忘れてしまっていた。
(う……うぅっ……だめだ)
 ミシュアは自分でも今、何を考えて、思っているのか、訳が分からなくなる。
(だめだ、ギレイさんに今、わたしが思った全部は言えない)
 懊悩の果てに、誤魔化すように、ミシュアは口をゆっくりと開く。
 口から押し出せた言葉は、無難そのものといったものだった。

「あの――わたし、言い過ぎました」
「いえ、僕こそ……逆に言わなすぎたんだ、きっと」
 彼の言葉遣いが元の丁寧なものではないことに、今更、再認して妙に安心する。気がつけば心臓は大人しくなっている――でも、何故、こんなにも安心しいるのか。
(いや、いい。そういうのはっ)
 思い悩むと泥沼にハマるのは学習済みだった。頭を切り換え、小屋で話をしていた時の心持ちを無理矢理にでも思い出して。
(あ……そうだ、斬り合わなくても、)
 思ったことを素直に、彼に伝えられた。
「せめて、木剣ではいけないの?」
「え……ああ、ん~実戦に近い剣捌きが見たいんだよ、僕は」
「う……その方がいいかもしれないけど。でも、貴方は刀工で、わたしは剣士なのです」
「もちろん」
「もちろん――じゃなくて、剣士は剣を向けられたなら――身体が勝手に斬ろうとしてしまう。そういうふうに訓練してしまっているの」
 詫びるように、ミシュアは言う。
 けれど、ギレイはぼーっとしたような口調で言うのだ。
「うん、秒を争う剣士はそうだよね。だから、刃引きの剣に――」
「それでも、やめて。万が一ということもある。わたしは出来うる限り、人を傷つけたくない」
 少し驚いたように瞬きをしてから、彼は零した。

「うん……ますます、貴女の剣が作りたくなった」

 急に真面目な目を向けてくるギレイに、
「……え?」
 今度はミシュアがぼぅっとしてしまう。彼のことが分からず、やや混乱する。
 当の彼はというと、真剣な面持ちのまま、腕を組んだ。
「ん~でもなぁ~ミシュアさんが嫌なら、この立ち会う工程を別の何かに……いや、どうやればいいんだ? う~ん……ええ? いや、それは……」
 ぶつぶつと言い始めた彼。そんな彼が聞いてくれるか、かなり怪しいとは思ったが、ミシュアは一応、口を挟む。
「あ、いや、わたしは……あ、防具をつければ刃引きの――」
「ううん、ダメなんだ。僕が相手じゃ、ミシュアさんが本気になれないのは分かったから」
「あ……すまない、そんなにも悩むとは――」
「いや、ううん、いいんだ。斬るべき理由のない人間は、一切、傷つけない。いいんだ、斬りかかられようと斬り返さない。ああ……いいよ、そんなミシュアさんが」
 聞いたことのない、多分、彼の褒め方。変な気分になる――どうしていいものか、分からない……戸惑っていると。
「分かったっ!」
 彼は急に言ったのだった。
「――え、」

「分かったよ、ミシュアさん――食事にしようよ!」

 彼が何を分かったのか、ミシュアには分からなかった。
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