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第二章 刀工と騎士とお食事と
刀工、質問攻める・1
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ギレイはミシュアと共に鍛冶小屋へと歩き出す。
彼女と共に歩いていると見慣れたはずの森も鍛冶小屋も、何か、違って見える。
何故か、自然と無言になってしまう……彼女もそうだった。
彼女も似たようなことを感じてくれるといい。
そう思ってしまったことにかすかに戸惑いながらも、ギレイはミシュアの剣の案を幾つか、頭の中で巡らせる。小屋の木扉を開け、ミシュアを中に招き入れ、かつてと同じように椅子を勧めた。かつてと違うのは、火炉の炭に火をいれていないことか。
ともあれ、ギレイは鎧戸を開け放ち、空気と陽光を入れ、ミシュアの座る斜向かいの鉄床の前の椅子へと座った。互いに腰を落ち着け、向かい合い、一息ついて。
「では、」「先に剣、」
同時に言って、またもかすかに笑い合ってしまう。
それから、ミシュアから差し出された剣を、ギレイは受け取った。自分で鍛えた剣を、彼女から受け取ることに、微妙に現実感を抱けない。
(ん~不思議だ、本当に来てくれるなんて)
向かい合う彼女に、ギレイは改めてそう思う。が、再訪してくれた彼女への感慨も、剣を鞘から抜き払うことで薄れていった。
現れた剣身に、身も心も集中し、目を走らせる。
まず刃。刃こぼれはない、いや、かすかに、何かを斬った痕がある。
ギレイは刃から目を離さず、口が開いた。
「試し斬りは、木ですか?」
「……へ? ええ、その貴方からそれを受け取ってすぐに、その……森で」
ミシュアの声音を頭の隅に止めながら、ギレイは更に刃をつぶさに見ていく。思ったことが自然と、口をついて出ていく。
「あと……訓練ですかね? 真剣同士? でも、そこまで荒くない……型稽古?」
「は、はい。その通りです。長い付き合いの団員と……」
「その方も良い腕の剣士ですね」
「ええ、その、副団長ですので」
そうですか、と口にしながら、ギレイは更に剣の切っ先を丹念に見つめた。突きをしていないことは聞くまでもない。次いで、剣の血溝(ちみぞ)。溝に血脂はなし。生物は斬っていない。次、刃のついていない棟、かすかな刀傷、鐔も同様……型稽古の痕だと見定める。
「……ふぅ」
ギレイは一度だけ目を閉じて、剣身の全てを頭……いや、胸の奥にしまい込む。
(実戦をこなした痕、見たいな)
不意に湧き上がる感想も、胸の奥にしまい込み、ギレイは剣を鞘に収める。そしてまた、同じように柄、特に巻かれた革の状態……更には鞘をも見通す。
剣の拵え見定め、またも瞑目し、一息ついて。
「……ミシュアさん、ありがとう」
言いながら、ギレイは剣をミシュアに手渡す。
「は……はい」
少し驚いたようなミシュアの顔色に、ギレイは首を傾げる。
少し傾げたままでいると、ミシュアが口を開いた。
「前に、折れた剣を見せた時と大分、貴方が別人のように見えて……戸惑っていました」
「あぁ、それはきっと、自分の剣じゃなかったから、ですね。他人の作った剣だと、何か発見があればと楽しくなってしまって」
「そういうものですか……ああ、それと」
咳払いを挟んで、ミシュアが言った。
「先ほどの貴方は占星術師……いえ、巷のいかがわしいものではなく、希少な魔法士……王家付きのそれに近いようで……不思議なものですね」
「……えっと?」
「その、何かに取り憑かれたようでしたので。それでいて言うことは、わたしを見てきたように的確……驚いてしまって」
「え、あ、よく気味が悪い……とか、言われます。気分を害したのなら、謝ります」
「いえ、とんでもない。初めてだったので、驚いているだけ……です」
言いながら、ミシュアは剣を椅子に立てかけるようにゆるりと傍らに置いた。その所作は、剣を大事にしていてくれることを、ギレイに伝えた。
「ありがとう、ミシュアさん」
「え?」
「その剣、気に入ってくれてるみたいだから……僕としては嬉しい」
「いえ、わたしの方こそ、感謝を」
騎士らしい綺麗な礼をしたミシュアは急にスイッチが入ったように言った。
「そう、そうなのですっ、この剣、わたしは気に入りました。今まで振るったどの剣よりも、心地よく振れるのです。尚かつ、切れ味も良く、曲がらないっ!」
頬を紅潮させるミシュアに、ギレイは何ともむずがゆいような心地を味わう。
どう返していいやら、全く、分からなかった。
正直、ここまで褒められたことがあったのか……と、ギレイは思い返しかけて、止める。今は、彼女に答えなければ。
「……ははっ、ありがとう。ただ、その剣はあくまで試供品……剣士としての貴女を知るためのもの。大事にしてくれるのは嬉しいのですが、いっそ壊すつもりで振るって貰いたい」
「……そういうものですか」
と、いささか残念そうなミシュアを見て、ギレイは少し後悔する。
(せっかくミシュアさんがあんなにも喜んでくれてたんだから、止めなくても……)
思って、何故そんなこと思うのか、自分でも不思議な心地がしつつも、再度、口を開いた。
彼女と共に歩いていると見慣れたはずの森も鍛冶小屋も、何か、違って見える。
何故か、自然と無言になってしまう……彼女もそうだった。
彼女も似たようなことを感じてくれるといい。
そう思ってしまったことにかすかに戸惑いながらも、ギレイはミシュアの剣の案を幾つか、頭の中で巡らせる。小屋の木扉を開け、ミシュアを中に招き入れ、かつてと同じように椅子を勧めた。かつてと違うのは、火炉の炭に火をいれていないことか。
ともあれ、ギレイは鎧戸を開け放ち、空気と陽光を入れ、ミシュアの座る斜向かいの鉄床の前の椅子へと座った。互いに腰を落ち着け、向かい合い、一息ついて。
「では、」「先に剣、」
同時に言って、またもかすかに笑い合ってしまう。
それから、ミシュアから差し出された剣を、ギレイは受け取った。自分で鍛えた剣を、彼女から受け取ることに、微妙に現実感を抱けない。
(ん~不思議だ、本当に来てくれるなんて)
向かい合う彼女に、ギレイは改めてそう思う。が、再訪してくれた彼女への感慨も、剣を鞘から抜き払うことで薄れていった。
現れた剣身に、身も心も集中し、目を走らせる。
まず刃。刃こぼれはない、いや、かすかに、何かを斬った痕がある。
ギレイは刃から目を離さず、口が開いた。
「試し斬りは、木ですか?」
「……へ? ええ、その貴方からそれを受け取ってすぐに、その……森で」
ミシュアの声音を頭の隅に止めながら、ギレイは更に刃をつぶさに見ていく。思ったことが自然と、口をついて出ていく。
「あと……訓練ですかね? 真剣同士? でも、そこまで荒くない……型稽古?」
「は、はい。その通りです。長い付き合いの団員と……」
「その方も良い腕の剣士ですね」
「ええ、その、副団長ですので」
そうですか、と口にしながら、ギレイは更に剣の切っ先を丹念に見つめた。突きをしていないことは聞くまでもない。次いで、剣の血溝(ちみぞ)。溝に血脂はなし。生物は斬っていない。次、刃のついていない棟、かすかな刀傷、鐔も同様……型稽古の痕だと見定める。
「……ふぅ」
ギレイは一度だけ目を閉じて、剣身の全てを頭……いや、胸の奥にしまい込む。
(実戦をこなした痕、見たいな)
不意に湧き上がる感想も、胸の奥にしまい込み、ギレイは剣を鞘に収める。そしてまた、同じように柄、特に巻かれた革の状態……更には鞘をも見通す。
剣の拵え見定め、またも瞑目し、一息ついて。
「……ミシュアさん、ありがとう」
言いながら、ギレイは剣をミシュアに手渡す。
「は……はい」
少し驚いたようなミシュアの顔色に、ギレイは首を傾げる。
少し傾げたままでいると、ミシュアが口を開いた。
「前に、折れた剣を見せた時と大分、貴方が別人のように見えて……戸惑っていました」
「あぁ、それはきっと、自分の剣じゃなかったから、ですね。他人の作った剣だと、何か発見があればと楽しくなってしまって」
「そういうものですか……ああ、それと」
咳払いを挟んで、ミシュアが言った。
「先ほどの貴方は占星術師……いえ、巷のいかがわしいものではなく、希少な魔法士……王家付きのそれに近いようで……不思議なものですね」
「……えっと?」
「その、何かに取り憑かれたようでしたので。それでいて言うことは、わたしを見てきたように的確……驚いてしまって」
「え、あ、よく気味が悪い……とか、言われます。気分を害したのなら、謝ります」
「いえ、とんでもない。初めてだったので、驚いているだけ……です」
言いながら、ミシュアは剣を椅子に立てかけるようにゆるりと傍らに置いた。その所作は、剣を大事にしていてくれることを、ギレイに伝えた。
「ありがとう、ミシュアさん」
「え?」
「その剣、気に入ってくれてるみたいだから……僕としては嬉しい」
「いえ、わたしの方こそ、感謝を」
騎士らしい綺麗な礼をしたミシュアは急にスイッチが入ったように言った。
「そう、そうなのですっ、この剣、わたしは気に入りました。今まで振るったどの剣よりも、心地よく振れるのです。尚かつ、切れ味も良く、曲がらないっ!」
頬を紅潮させるミシュアに、ギレイは何ともむずがゆいような心地を味わう。
どう返していいやら、全く、分からなかった。
正直、ここまで褒められたことがあったのか……と、ギレイは思い返しかけて、止める。今は、彼女に答えなければ。
「……ははっ、ありがとう。ただ、その剣はあくまで試供品……剣士としての貴女を知るためのもの。大事にしてくれるのは嬉しいのですが、いっそ壊すつもりで振るって貰いたい」
「……そういうものですか」
と、いささか残念そうなミシュアを見て、ギレイは少し後悔する。
(せっかくミシュアさんがあんなにも喜んでくれてたんだから、止めなくても……)
思って、何故そんなこと思うのか、自分でも不思議な心地がしつつも、再度、口を開いた。
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