魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ

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 イリスは自分が動けることよりも、こちらを見下ろすルカに驚きを抱いていた。至上としての力がルカに戻ったのかと過ったが、冷たい相貌はルカには見えない。

「あれを治療しろ」
「!はっ」

 倒れたダンを顎でしゃくる姿に反射的に頭を下げた時、イリスはこれがルカではない──いや、ルカではあるがルカではない、“至上様”が顕現されたと理解した。命令に従い、死に際のダンに駆け寄るとすぐに治癒を始める。
 その様子をディタは呆然と眺めていたが、横のユーリが何やら低く呟いているのがわかった。

「クソ……クソ!死ね、バケモンが!お前なんぞ魔界にいらん……!俺がどんな思いで──っ!」

 恨み言を繰り返すユーリに、ふと至上が目を向ける。息を飲んで黙ったユーリだったが、次の瞬間自暴自棄に叫びながら持っていた氷の槍を投擲した。そんな攻撃が効くはずもなく、至上は手を掲げて槍を破壊すると、続けてユーリに手を向けた。

「“上がれ”」
「!?ぐっ……!!」

 命令通り、ユーリの身体が浮いて至上のそばまで飛んでいく。見えない何かに拘束されているのか、暴れることもできずに宙吊りになった。

「指示を出している者がいるな。誰だ」
「あ、っぐ、あああ……!」

 至上がかざした手をゆっくり横に動かしていく。それに合わせてユーリの首がギリギリとゆっくり回転していった。明らかに苦しめるためだ。至上なら魔法で自白させることだって可能なのに、そうしないのは見せしめだからだ。

「ウ、ぐッ……ヴァジー、です……!ロット国の執政──」

 バン!!!

 真の首謀者を吐いたユーリは、地面に押し付けられて一瞬で圧死した。跡形もない。残ったのは血だまりだけだった。
 周囲に弱い悲鳴と掠れた嗚咽が流れる。もう誰もが戦意を喪失していた。兵士は皆座り込み、いない神に救いを求め懺悔した。ディタはその地獄で唯一立っていたが、動けば殺されるのではないかという恐怖から立っているしかないだけだった。自ら使った結界呪具のせいで、この地獄に閉じ込められている。

「“来い”」

 至上は何事もなかったように、ユーリだった地面に手をかざして命じる。血だまりに魔法陣が浮かび、その直後、初老の男──ロット国執政のヴァジーが転位した。

「な、なんだ!?っ、貴様は……!?」

 ヴァジーは自分の身に何が起きたのかわからず混乱した様子で、目の前に立っている至上を見てから、周囲に座り込んでいる兵士たちを見渡した。

「まさか……!うっ!?」

 これが誰なのか理解したヴァジーはすぐ絶望に染まったが、何か策を講じる隙もなく、至上の手が額に触れていた。瞳に光がなくなり、表情も失う。

「ディタ・ロット、ユーリ・ガルスに佐藤流嘉もとい至上の封印を命じたな」
「はい……。私めが計画したことです……」
「ここにいる者以外で、関係者は」
「おりません……」

 自白をさせられたヴァジーは、至上が手を離すと支えを失ったように倒れた。至上はパッパッとヴァジーに触れていた手を服ではらって、上を見る。

「至上封印に関わった者は、その親と子まで含めすべて──」

 『斬首』。
 そう続けて、そのまま数百人の首を飛ばそうとした至上は、言い切る前に近づく気配へ目を向けた。

「ルカ……」

 至上の封印を解くべく命を賭した王子が、おぼつかない足取りで至上に歩み寄っている。その後ろを焦燥の面をしたイリスが追いかけ、至上の顔色を窺いながら必死にダンを止めようとした。

「ダン様……!おやめください……!どうかお戻りを……!」

 今のルカはルカではない。琴線に触れればダンであろうと殺される。誰も例外ではない。イリスですら目の前の主に恐怖していた。
 しかしダンはイリスに構わず、まっすぐ至上だけを見据えて近づいていく。

「……これ以上お前の意に反することは、させない」

 ダンの出血はまだ止まるに至らず、足元はボタボタと滴る血で染まっている。
 その様子を道端の石でも見るような顔で眺めた至上は、ダンの言葉など聞いていないかと思われたが、ダンを黙らせようとはしなかった。

「戻れ……本当の、お前に……。ルカ……聞こえるだろ、戻ってこい」

 語りかけることをやめないダンは、起立を維持するのも限界だろうに優しい声を出した。無表情だった至上が、少し目を細める。

「私はルカだよ」
「違う」

 即答するダンを見て、至上は誰もがわかるほどに破顔した。「言い返してきたぞ、このガキが」とでも言いたげに感情を露にした至上は、ルカが決してすることのない、生を感じない笑みをしていた。

「貴様を、愛した覚えはない。……引っ込んでいろ」

 幾多の命をどうとでもできる超越者を、ダンは睨み返していた。至上はその視線を受けとめながら、そっとダンの頬に触れる。

「私はルカで、ルカは私だ。これは覆らない」

 冷たい指が頬を撫でた。このまま頭を吹き飛ばすのも至上の気分次第だったが、それでもダンは恐怖を見せなかった。至上はそれに満足したのか、手を離す。

「私の顕現が嫌なら、それ相応に務めを果たせ」

 そう言って無機質に笑った身体が、次の瞬間脱力した。

「!おい……!」

 倒れ込む身体を咄嗟に抱きとめると、ダンは腕の中に温もりが返ってきたのがわかった。

「……っ、ダン……王子……?」

 顔を見れば、そこには異質な面影をなくして目を瞬く、ルカがいた。全身に安堵が駆け巡り、ダンはルカを強く抱きしめた。

「ルカ……」
「っ、どうしたんですか……?何が──」
「気にするな。今は、こうしていればいい……」

 ダンはその場でしばらく、ルカを胸に抱いたまま動かなかった。震える呼吸が耳元でして、ルカはただダンを抱きしめ返した。
 お互いの体温を、そこにある温もりを、2人は言葉を介さずに分かち合っていた。
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