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光を失った目を開いたまま動かなくなったルカを、ディタは静かに見下ろしていた。無謀と思われた至上封印の任務を完遂し、晴れ晴れしい気持ちになってもおかしくはなかったが、ディタの顔には陰りがあった。友人だったはずの者を、脳死に追いやったことが案外心に圧し掛かっているらしい。
ディタが目だけでも閉じてやろうとルカに触れようとしたと同時に、心臓が誰かに握り締められたように痛む。
「っ!ぐ……ッ」
胸元を押さえて顔を歪め、痛みと酷い眩暈をやり過ごす。この体調不良は呪具の使用によるものだ。呪われた道具は使われるたびに、使用者の生命力を奪っていく。純血王族のディタは血筋の恩恵によりまだ耐えているが、並みの人間ならもう死んでいてもおかしくない域に達していた。
イリスの首に剣を突き刺して満足げに戻ってきたユーリが、荒い息のディタを見て目を大きくする。
「うわ。大丈夫なん、身体」
「……ッ、大丈夫に見えんのかよ」
「見えんから心配してやったんやろが。ほら、さっさと老害呼んで終わりにしよ。祝杯あげに飲み行こうや」
完全に気を抜いているユーリに肩を組まれ、ディタはいまだ荒い呼吸のまま老害呼ばわりされた人物に連絡を取ろうとした。
その時。
──ドンッ!!
「!?なんだ──」
突如爆発音と共に地面が揺れる。音の方を見ると、雑兵が数人吹き飛ばされたところだった。兵が割れた道を、ディタのよく知る男が歩いてきて、乾いた笑いが出る。
「……白馬の王子様がご登場ってわけね」
偉大な弟、ダン・ロットがこちらを睨みつけていた。ダンは怒りをまとっていたがディタの様子を見るにとどめ、無暗に突っ込んでは来ない。
学院からここまで、転位魔法を使わなければこんな短時間での移動は不可能だ。敵陣に単身で乗り込むのに魔力消耗の激しい転位魔法は避けたいはずだが、それをせざるを得ないほど一刻を争う事態だと認識しながら、今この場で冷静を保っていられるのは流石であった。
「俺の結界破るとかマジ?信じられん」
「お前のじゃ王子格は防げねーよ。……仕方ない」
ディタは20㎝ほどの真っ黒な杭を取り出すと、地面に打ち込んだ。途端に周囲が黒い幕で覆われ外界が何も見えなくなる。
「……呪具か」
「魔界で1番強い結界が張れるやつ。もう効果が切れるまで誰も出られないし、誰も入れやしない。でもな、これ使い捨てだしすげー高いんだよ。勘弁してくれ」
「死にたくなければルカを解放しろ」
ダンはディタと交流する気はないらしく、淡々と、しかし低い威嚇を込めた声で命令した。脅しではない。
手持ちの呪具を使ってダンを行動不能にできなければ、こっちが死ぬのは事実だ。だが、これ以上呪具を使って自分の身体が持つかわからない。ダンの様子を見ながらディタは次の行動を思案しようとしたが、それより先にユーリが前に出た。
「ルカ・サトーを解放って。見えてへんの?この廃人が。封印されて死んだも同然。こっから復活なんぞできんわ」
横たわり虚空を見つめたまま動かないルカを、ユーリは笑いながらつま先で小突く。冷静を欠かないダンが、静かに怒りに満ちていくのをディタは感じた。
「……死にたいようだな」
「はっ、人数はこっちが圧倒的。ディタ、こいつはここで殺したらええわ」
「力量も測れないのか。この俺が、貴様らごときにやられるとでも?」
「あ?なんやとコラ」
ダンの何倍も沸点の低いユーリが挑発に乗るのを見て、ディタは頭が痛くなる。
「やめろ。それに、ダンは殺さねえって言っただろ」
ディタがユーリの肩を引いて無理やり下がらせると、ダンは視線をディタに戻した。ユーリに向けていた怒りはない。
「なぜこんな愚かな真似をした。何の意味がある」
「……」
ディタがダンを突き放した時から、もう何年もまともな会話はしていなかった。久方ぶりに正面から見つめ合った弟の顔には、隠せない憂いがあった。憐憫だ。王家の恥さらしである兄を、ダンはいまだに憐れんでいる。
それがわかって、ディタは言葉がすぐには出なかった。空白だった年月を埋めるように兄弟が見つめ合って沈黙していると、ユーリが呆れたように鼻で笑った。
「王子、ほんまにわからんのか」
半笑いのまま、ディタの肩に手を置いてくる。
「ディタの気持ち1度でも考えたことある?生まれた時から魔力のない落ちこぼれ、誰からも必要とされない惨めさ、想像できるか?大国の第1王子の座を弟に奪われるなんて、前代未聞。普通の感覚なら自死しとるレベルの汚名。そら、魔界ぶっ壊れんかなぁって破滅願望くらい抱くわ」
無神経にわかったようなことを語る没落王族を、ダンは軽蔑の目で見据えた。
「不快だ。貴様は黙っていろ」
「っ!この──」
ダンが手を薙ぐと、ユーリの身体が容赦なく吹っ飛び木に激突する。木ごと倒れて動かなくなる姿をディタは見たものの、助けようとはしなかった。兄の交友など知らないダンにも、その関係性が窺い知れる。
「ディタ。本当は誰かに止めてほしかったんじゃないのか。こんな愚行を誰かに」
「お前って、結構いいやつだよな。今でも俺の善性を信じてるなんて」
「なら、なぜクシェルに計画を教えた」
ディタが目だけでも閉じてやろうとルカに触れようとしたと同時に、心臓が誰かに握り締められたように痛む。
「っ!ぐ……ッ」
胸元を押さえて顔を歪め、痛みと酷い眩暈をやり過ごす。この体調不良は呪具の使用によるものだ。呪われた道具は使われるたびに、使用者の生命力を奪っていく。純血王族のディタは血筋の恩恵によりまだ耐えているが、並みの人間ならもう死んでいてもおかしくない域に達していた。
イリスの首に剣を突き刺して満足げに戻ってきたユーリが、荒い息のディタを見て目を大きくする。
「うわ。大丈夫なん、身体」
「……ッ、大丈夫に見えんのかよ」
「見えんから心配してやったんやろが。ほら、さっさと老害呼んで終わりにしよ。祝杯あげに飲み行こうや」
完全に気を抜いているユーリに肩を組まれ、ディタはいまだ荒い呼吸のまま老害呼ばわりされた人物に連絡を取ろうとした。
その時。
──ドンッ!!
「!?なんだ──」
突如爆発音と共に地面が揺れる。音の方を見ると、雑兵が数人吹き飛ばされたところだった。兵が割れた道を、ディタのよく知る男が歩いてきて、乾いた笑いが出る。
「……白馬の王子様がご登場ってわけね」
偉大な弟、ダン・ロットがこちらを睨みつけていた。ダンは怒りをまとっていたがディタの様子を見るにとどめ、無暗に突っ込んでは来ない。
学院からここまで、転位魔法を使わなければこんな短時間での移動は不可能だ。敵陣に単身で乗り込むのに魔力消耗の激しい転位魔法は避けたいはずだが、それをせざるを得ないほど一刻を争う事態だと認識しながら、今この場で冷静を保っていられるのは流石であった。
「俺の結界破るとかマジ?信じられん」
「お前のじゃ王子格は防げねーよ。……仕方ない」
ディタは20㎝ほどの真っ黒な杭を取り出すと、地面に打ち込んだ。途端に周囲が黒い幕で覆われ外界が何も見えなくなる。
「……呪具か」
「魔界で1番強い結界が張れるやつ。もう効果が切れるまで誰も出られないし、誰も入れやしない。でもな、これ使い捨てだしすげー高いんだよ。勘弁してくれ」
「死にたくなければルカを解放しろ」
ダンはディタと交流する気はないらしく、淡々と、しかし低い威嚇を込めた声で命令した。脅しではない。
手持ちの呪具を使ってダンを行動不能にできなければ、こっちが死ぬのは事実だ。だが、これ以上呪具を使って自分の身体が持つかわからない。ダンの様子を見ながらディタは次の行動を思案しようとしたが、それより先にユーリが前に出た。
「ルカ・サトーを解放って。見えてへんの?この廃人が。封印されて死んだも同然。こっから復活なんぞできんわ」
横たわり虚空を見つめたまま動かないルカを、ユーリは笑いながらつま先で小突く。冷静を欠かないダンが、静かに怒りに満ちていくのをディタは感じた。
「……死にたいようだな」
「はっ、人数はこっちが圧倒的。ディタ、こいつはここで殺したらええわ」
「力量も測れないのか。この俺が、貴様らごときにやられるとでも?」
「あ?なんやとコラ」
ダンの何倍も沸点の低いユーリが挑発に乗るのを見て、ディタは頭が痛くなる。
「やめろ。それに、ダンは殺さねえって言っただろ」
ディタがユーリの肩を引いて無理やり下がらせると、ダンは視線をディタに戻した。ユーリに向けていた怒りはない。
「なぜこんな愚かな真似をした。何の意味がある」
「……」
ディタがダンを突き放した時から、もう何年もまともな会話はしていなかった。久方ぶりに正面から見つめ合った弟の顔には、隠せない憂いがあった。憐憫だ。王家の恥さらしである兄を、ダンはいまだに憐れんでいる。
それがわかって、ディタは言葉がすぐには出なかった。空白だった年月を埋めるように兄弟が見つめ合って沈黙していると、ユーリが呆れたように鼻で笑った。
「王子、ほんまにわからんのか」
半笑いのまま、ディタの肩に手を置いてくる。
「ディタの気持ち1度でも考えたことある?生まれた時から魔力のない落ちこぼれ、誰からも必要とされない惨めさ、想像できるか?大国の第1王子の座を弟に奪われるなんて、前代未聞。普通の感覚なら自死しとるレベルの汚名。そら、魔界ぶっ壊れんかなぁって破滅願望くらい抱くわ」
無神経にわかったようなことを語る没落王族を、ダンは軽蔑の目で見据えた。
「不快だ。貴様は黙っていろ」
「っ!この──」
ダンが手を薙ぐと、ユーリの身体が容赦なく吹っ飛び木に激突する。木ごと倒れて動かなくなる姿をディタは見たものの、助けようとはしなかった。兄の交友など知らないダンにも、その関係性が窺い知れる。
「ディタ。本当は誰かに止めてほしかったんじゃないのか。こんな愚行を誰かに」
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