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ダンは王家室の窓辺で北の森の方へ視線を向けていた。生彩の泉が見つかるとは思っていなかったが、ずっと寮に閉じ込められていたルカが外に出られたのは良かったと考えながら、外を眺める。
「ダン。ルカさんのこと心配してるの?生彩の泉だっけ。見つかるのかな」
声をかけられて顔を向けると、ラルフがドーナツを片手に立っていた。ダンが見ていた方向を覗き込みつつ、ドーナツをふたつに割る。
「安全面はあの側近がついているからいいとしても、泉は見つからんだろ。伝説のようなものだしな」
「そっか。ほんとはダンが一緒に行きたかったね」
「……なんだ、急に」
「他意はないよ。ただ一緒に行きたかったんだろうなって思って。ドーナツあげるから、元気出して」
おっとりと飄々を同居させたような言い方をして、ラルフが半分にしたドーナツを手渡してくる。下手に否定してもラルフに通用しないのはわかっているので、ダンはため息と共に「お前が全部食え」とドーナツを返すだけにとどめた。
そろそろ部屋に戻るかとダンがドアの方に目を向けた時、
──バンッ!!
扉が音を立てて開き、入ってきた人影が倒れ込んだ。クシェルだ。
「!クシェル、大丈夫……!?」
いち早くラルフが駆け寄っていき、ソファで本を読んでいたマーティアスも立ち上がっている。ラルフに支えられたクシェルは酷く顔色が悪かった。
「ダン……!ルカくんは!?」
駆け寄ったラルフに構う余裕もなく、クシェルはダンを見た。
「あいつなら、北の森に側近と出かけたが」
「っ、すぐ、追いかけて!全部、全部ディタが仕組んだことだ……!っ、はやく……」
「クシェル!喋っちゃダメ、安静にしなきゃ……!」
絞り出すように喋るクシェルは、今にも意識を失いそうだった。
「どういうことだ」
「ルカくんは、封印される……っ、ディタが俺に……そう言って、消え……ッ」
「!まさか……」
ダンは思わず言って、口をつぐんだ。想定外。動揺を隠せなかったことに、自ら驚いた。
ディタが、どうして。なぜ自分は気づけなかったのか。兆候はなかったのかと、ダンの脳裏にディタの記憶が濁流のように流れる。
「これはディタにやられたのですか」
マーティアスが横たわるクシェルの額に手をやり、クシェルは弱く頷いた。
「たぶん、呪具、だと思う……っ、魔法が使えな……」
クシェルの言葉は続かず、苦しげに目を閉じる。行動不能を引き起こす呪具だろうが、舞踏会で使用されたものとは違い個人にのみ効くらしい。ロットの村を犠牲にした呪具なのだろうか。
そんなことを頭で考えて、ダンは自分がいまだ冷静ではないことを認識した。今考えるべきはそんなことではない。
「ダン、お前は今すぐルカさんのところへ行ってください。クシェルは我々が対応します。イリス殿がついているとはいえ、相手は呪具を躊躇なく使っている。危険です」
側近イリスのいない今、この場で最も戦闘に長けているのはダンだ。魔力量、魔法の才、どちらも1番だと認めざるを得ない。そして至上様の身ではなく、“ルカの身”を最も案じているのもダンだと、この場で最も冷静なマーティアスには判断できていた。
そして何より、首謀者がダンの血縁ともなれば。
「悩んでいる暇などありませんよ」
「わかっている。……後は頼んだ」
ダンは短く言って1度だけ深く呼吸をする。
敵が誰であれ、最優先でルカを守る。
そう、やるべきことはそれだけだ。雑念を払い、それだけに集中する。
時間にして数秒でいつもの冷静を取り戻したダンは、迷いなく王家室から消えた。
「ダン。ルカさんのこと心配してるの?生彩の泉だっけ。見つかるのかな」
声をかけられて顔を向けると、ラルフがドーナツを片手に立っていた。ダンが見ていた方向を覗き込みつつ、ドーナツをふたつに割る。
「安全面はあの側近がついているからいいとしても、泉は見つからんだろ。伝説のようなものだしな」
「そっか。ほんとはダンが一緒に行きたかったね」
「……なんだ、急に」
「他意はないよ。ただ一緒に行きたかったんだろうなって思って。ドーナツあげるから、元気出して」
おっとりと飄々を同居させたような言い方をして、ラルフが半分にしたドーナツを手渡してくる。下手に否定してもラルフに通用しないのはわかっているので、ダンはため息と共に「お前が全部食え」とドーナツを返すだけにとどめた。
そろそろ部屋に戻るかとダンがドアの方に目を向けた時、
──バンッ!!
扉が音を立てて開き、入ってきた人影が倒れ込んだ。クシェルだ。
「!クシェル、大丈夫……!?」
いち早くラルフが駆け寄っていき、ソファで本を読んでいたマーティアスも立ち上がっている。ラルフに支えられたクシェルは酷く顔色が悪かった。
「ダン……!ルカくんは!?」
駆け寄ったラルフに構う余裕もなく、クシェルはダンを見た。
「あいつなら、北の森に側近と出かけたが」
「っ、すぐ、追いかけて!全部、全部ディタが仕組んだことだ……!っ、はやく……」
「クシェル!喋っちゃダメ、安静にしなきゃ……!」
絞り出すように喋るクシェルは、今にも意識を失いそうだった。
「どういうことだ」
「ルカくんは、封印される……っ、ディタが俺に……そう言って、消え……ッ」
「!まさか……」
ダンは思わず言って、口をつぐんだ。想定外。動揺を隠せなかったことに、自ら驚いた。
ディタが、どうして。なぜ自分は気づけなかったのか。兆候はなかったのかと、ダンの脳裏にディタの記憶が濁流のように流れる。
「これはディタにやられたのですか」
マーティアスが横たわるクシェルの額に手をやり、クシェルは弱く頷いた。
「たぶん、呪具、だと思う……っ、魔法が使えな……」
クシェルの言葉は続かず、苦しげに目を閉じる。行動不能を引き起こす呪具だろうが、舞踏会で使用されたものとは違い個人にのみ効くらしい。ロットの村を犠牲にした呪具なのだろうか。
そんなことを頭で考えて、ダンは自分がいまだ冷静ではないことを認識した。今考えるべきはそんなことではない。
「ダン、お前は今すぐルカさんのところへ行ってください。クシェルは我々が対応します。イリス殿がついているとはいえ、相手は呪具を躊躇なく使っている。危険です」
側近イリスのいない今、この場で最も戦闘に長けているのはダンだ。魔力量、魔法の才、どちらも1番だと認めざるを得ない。そして至上様の身ではなく、“ルカの身”を最も案じているのもダンだと、この場で最も冷静なマーティアスには判断できていた。
そして何より、首謀者がダンの血縁ともなれば。
「悩んでいる暇などありませんよ」
「わかっている。……後は頼んだ」
ダンは短く言って1度だけ深く呼吸をする。
敵が誰であれ、最優先でルカを守る。
そう、やるべきことはそれだけだ。雑念を払い、それだけに集中する。
時間にして数秒でいつもの冷静を取り戻したダンは、迷いなく王家室から消えた。
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