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暗い森をしばらく進むと、あるところでネコのイリスさんが立ち止まった。
「直近の記録に残っていたのはこの辺りです」
「うーん、特に光ってる場所はなさそうですね……。あ、でもあれって水じゃないですか?」
ゆっくりあたりを見渡しながら歩いた先に、水面のようなものが見えた。駆け寄って見ると、光ってはないものの小さい泉がある。とりあえず俺はしゃがんで、手で水に触れてみた。
(冷たい……。けどそれだけだな)
泉に何か反応があるわけでも、俺に何か変化が起こるわけでもない。
「普通の水みたいです。やっぱりそう簡単に見つかりませんよね」
──バギン!
返事の代わりに鳴った音に顔を上げると、イリスさんが元に戻っていた。低い姿勢のまま、微動だにしない。
「あれ、どうしたんで──」
言いかけた俺に、イリスさんは無言で人差し指を立てて口に当てた。硬い表情のまま、目だけで周囲を見る。
「……囲まれています」
「!」
ゆっくりと首を動かして周りを見る。緊張しながら目を凝らすと、木々の隙間、闇の中に無数の人影があった。
(な、なんだ……!?)
俺が息を飲むのと同時にイリスさんが指を鳴らし、頭上に光が飛ぶ。照らされた森に浮かんだのは、鎧をまとった兵だった。隊列を組んで俺たちを囲んでいるのが見える。
(え……?)
しかしそれよりも、その中に見知った顔がいて俺は目を見開いた。こちらに手を振ってくる。
「っ、ディタ!?」
「よ、ルカ」
それは紛れもなくディタだった。元気そうに立っている。
「うそ、なんでここに……!?」
「ルカ様なりません!」
ディタの姿に驚いた俺は、1歩ディタの方へ近づいてしまった。その一瞬で、俺めがけて何かが飛んでくる。
「!?」
「っ、く……!」
寸でのところで俺を庇ったイリスさんの腕に、赤黒い鎖が3重に巻き付く。すぐにイリスさんが表情を引きつらせるのがわかった。
「大丈夫ですか!?これって──」
「離れてください!触れてはいけません!」
鬼気迫る声音に俺が気圧されたところで、
「おいディタ。ちゃんとルカ・サトーに当てろや、もったいない」
耳障りな訛りが聞こえた。イリスさんから視線を動かすと、ディタの後ろからユーリが現れるのが見える。
「側近の無力化はできたんだ、いいだろ。本当は側近様がルカのところに強制転位で来るかどうか、見たかったんだけどな。まさかネコになってたとは」
ディタはイリスさんを見て肩をすくめる。
「どうして至上様の側近がルカと一緒にいるんだ?なんて、もう愚問か」
「なぁディタ、なに言ってんだよ。ディタは意識不明だっただろ?どうして──」
「俺が悪者だからだよ。だから今、ここにいる」
少しだけ笑ったディタが指を下に向けると、イリスさんの腕に巻き付いた鎖が地面に落ち込み、イリスさんに膝をつかせた。
「イリスさん!」
(なんなんだよ!ほんとに、何が起きてる……!?)
「……舞踏会もあなたの仕業でしたか。魔力をほとんど持たないあなたは、あの呪具の影響が弱い。混乱中の工作もお手の物ということですね」
「盲点だったか?ま、俺のことなんて誰も気にしてないからな。思い至らなくても仕方ない」
「一連の犯行は、誰からも尊重されない人生を賭けた復讐ですか?」
「へえ。この状況で俺を煽るのはすごいな」
イリスさんは毅然とした態度で会話を続けながら、ふいに鎖の浸食を受けていない腕で俺に触れた。転位魔法で逃げるんだと思ったが、何も起きない。
触れるのをやめた横顔に焦りが見えて、俺は手に汗が出た。あのイリスさんが焦っている。
「無駄だ。その鎖は魔法が一切使えなくなる一級品。いくらあんたでも例外にはなれないよ」
「……封印保管されているはずの戦争遺物ですね。こんな強度の呪具を使っていては、すぐに死にますよ」
「ご忠告どうも。知ってるよ、そんなことは」
どうでもいい、という口調だった。
「今、呪具を解けば穏便に済ませます。愚かな真似はやめなさい」
「立場がわかってへんな。いつまで上からモノ言うとんねんコイツ」
「ま、別にいい。それより俺は確かめたいことがある」
口を歪めるユーリを諫めて、ディタはそばにいた兵から短剣を受け取る。俺に向かって腕を上げ、投擲の構えを取った。寒気がする。
「ルカ様お逃げください!この者は本気です!」
「ディタ、なんだよ!?なにして──」
「ルカ。お前が逃げたら、イリスはここで確実に殺す」
「私のことは捨て置きください!!ルカ様!!」
イリスさんが必死に叫んだが、俺は動けなかった。
どうすればいい。何をすればいい。わからなかった。
「動くなよ」
ディタが俺に短剣を放つ。鮮やかに、的確に、切っ先が俺の胸元へ。
その瞬間。
「あ、ぐ……!!」
「!?っ、イリスさん!?」
剣は俺に突き刺さったはずなのに、イリスさんの身体から血が溢れた。白い衣装が血に染まり、イリスさんは身体を折り崩れる。剣は俺の身体から落ちたが、服すら切れていない。
(どうなってんだよ……!?)
「う~わ。マジでこいつ、至上様なん」
ユーリがこらえ切れないとばかりに笑う。ディタは目を伏せていた。
俺はユーリの発言を否定することすらできなかった。混乱と焦燥で、頭が動かない。
友人の裏切り。護衛の致命傷。正体の露呈。
最悪の連続が、息つく暇なく俺の首を絞め上げていた。
「直近の記録に残っていたのはこの辺りです」
「うーん、特に光ってる場所はなさそうですね……。あ、でもあれって水じゃないですか?」
ゆっくりあたりを見渡しながら歩いた先に、水面のようなものが見えた。駆け寄って見ると、光ってはないものの小さい泉がある。とりあえず俺はしゃがんで、手で水に触れてみた。
(冷たい……。けどそれだけだな)
泉に何か反応があるわけでも、俺に何か変化が起こるわけでもない。
「普通の水みたいです。やっぱりそう簡単に見つかりませんよね」
──バギン!
返事の代わりに鳴った音に顔を上げると、イリスさんが元に戻っていた。低い姿勢のまま、微動だにしない。
「あれ、どうしたんで──」
言いかけた俺に、イリスさんは無言で人差し指を立てて口に当てた。硬い表情のまま、目だけで周囲を見る。
「……囲まれています」
「!」
ゆっくりと首を動かして周りを見る。緊張しながら目を凝らすと、木々の隙間、闇の中に無数の人影があった。
(な、なんだ……!?)
俺が息を飲むのと同時にイリスさんが指を鳴らし、頭上に光が飛ぶ。照らされた森に浮かんだのは、鎧をまとった兵だった。隊列を組んで俺たちを囲んでいるのが見える。
(え……?)
しかしそれよりも、その中に見知った顔がいて俺は目を見開いた。こちらに手を振ってくる。
「っ、ディタ!?」
「よ、ルカ」
それは紛れもなくディタだった。元気そうに立っている。
「うそ、なんでここに……!?」
「ルカ様なりません!」
ディタの姿に驚いた俺は、1歩ディタの方へ近づいてしまった。その一瞬で、俺めがけて何かが飛んでくる。
「!?」
「っ、く……!」
寸でのところで俺を庇ったイリスさんの腕に、赤黒い鎖が3重に巻き付く。すぐにイリスさんが表情を引きつらせるのがわかった。
「大丈夫ですか!?これって──」
「離れてください!触れてはいけません!」
鬼気迫る声音に俺が気圧されたところで、
「おいディタ。ちゃんとルカ・サトーに当てろや、もったいない」
耳障りな訛りが聞こえた。イリスさんから視線を動かすと、ディタの後ろからユーリが現れるのが見える。
「側近の無力化はできたんだ、いいだろ。本当は側近様がルカのところに強制転位で来るかどうか、見たかったんだけどな。まさかネコになってたとは」
ディタはイリスさんを見て肩をすくめる。
「どうして至上様の側近がルカと一緒にいるんだ?なんて、もう愚問か」
「なぁディタ、なに言ってんだよ。ディタは意識不明だっただろ?どうして──」
「俺が悪者だからだよ。だから今、ここにいる」
少しだけ笑ったディタが指を下に向けると、イリスさんの腕に巻き付いた鎖が地面に落ち込み、イリスさんに膝をつかせた。
「イリスさん!」
(なんなんだよ!ほんとに、何が起きてる……!?)
「……舞踏会もあなたの仕業でしたか。魔力をほとんど持たないあなたは、あの呪具の影響が弱い。混乱中の工作もお手の物ということですね」
「盲点だったか?ま、俺のことなんて誰も気にしてないからな。思い至らなくても仕方ない」
「一連の犯行は、誰からも尊重されない人生を賭けた復讐ですか?」
「へえ。この状況で俺を煽るのはすごいな」
イリスさんは毅然とした態度で会話を続けながら、ふいに鎖の浸食を受けていない腕で俺に触れた。転位魔法で逃げるんだと思ったが、何も起きない。
触れるのをやめた横顔に焦りが見えて、俺は手に汗が出た。あのイリスさんが焦っている。
「無駄だ。その鎖は魔法が一切使えなくなる一級品。いくらあんたでも例外にはなれないよ」
「……封印保管されているはずの戦争遺物ですね。こんな強度の呪具を使っていては、すぐに死にますよ」
「ご忠告どうも。知ってるよ、そんなことは」
どうでもいい、という口調だった。
「今、呪具を解けば穏便に済ませます。愚かな真似はやめなさい」
「立場がわかってへんな。いつまで上からモノ言うとんねんコイツ」
「ま、別にいい。それより俺は確かめたいことがある」
口を歪めるユーリを諫めて、ディタはそばにいた兵から短剣を受け取る。俺に向かって腕を上げ、投擲の構えを取った。寒気がする。
「ルカ様お逃げください!この者は本気です!」
「ディタ、なんだよ!?なにして──」
「ルカ。お前が逃げたら、イリスはここで確実に殺す」
「私のことは捨て置きください!!ルカ様!!」
イリスさんが必死に叫んだが、俺は動けなかった。
どうすればいい。何をすればいい。わからなかった。
「動くなよ」
ディタが俺に短剣を放つ。鮮やかに、的確に、切っ先が俺の胸元へ。
その瞬間。
「あ、ぐ……!!」
「!?っ、イリスさん!?」
剣は俺に突き刺さったはずなのに、イリスさんの身体から血が溢れた。白い衣装が血に染まり、イリスさんは身体を折り崩れる。剣は俺の身体から落ちたが、服すら切れていない。
(どうなってんだよ……!?)
「う~わ。マジでこいつ、至上様なん」
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俺はユーリの発言を否定することすらできなかった。混乱と焦燥で、頭が動かない。
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