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 ダン王子と別れた俺は騒ぐ人混みの中を走り、出口の扉を目指した。この騒ぎが至上様を狙ったものかわからないが、ダン王子が言ったように今すぐにでもイリスさんと合流すべきなのはわかっていた。しかし、会場には怪我人ばかりで救護しなくていいのかと胸がざわつく。

(酷い怪我の人がいたら、さすがに──って、あれは……!?)

 そう思ってすぐ、落下したシャンデリアの付近に倒れている人を見つけて、俺は駆け寄った。

「ディタ!?おい、しっかりして!!」

 ディタが倒れていた。すぐ肩を叩いたが、目は開かず返事もない。額から血が流れている。

(頭を打ったのか……!?まずは、なんだ、止血だよな……!?)

 動揺しながら胸元のハンカチを額に当てて、服も使おうとジャケットを脱ぐ。

「ディタ、聞こえる!?もう大丈夫だから──」
「ディタ!?なんや、洒落ならんぞ……!」

 叫んで駆け寄ってきたのはユーリだった。ディタに応急処置をしようとしていた俺を睨んで、胸ぐらを掴む。

「何をちんたらやっとんじゃ!魔法で運ばれへんならどけ!邪魔や!」
「っ……!」

 強く押されて床に倒れたが、何も言い返せなかった。ユーリはディタを魔法で浮かせて抱きかかえると、俺には見向きもせずに走り去って行く。それを見て、周囲の喧騒が遠のくのがわかる。

(俺、何の役にも立たないんだ)

 無力に呆然とした一瞬、白いものが柱の影から走り込んできた。ネコだ、と思った頃には、俺は王家室へと転位していた。
 床に座り込んで目を見開いたままの俺の前で、ネコがイリスさんへと姿を変える。

「ルカ様!ご無事ですか!?お怪我は……!」
「……お、俺は平気です、全然……」
「ああ、何よりでございます……!」
「でもホールの人は大勢怪我してて……王子たちも、どうなってるか……」

 言いながら目を伏せると、イリスさんは俺を優しく立ち上がらせてソファに促した。

「……他の者は校医たちに任せるほかありません。感知する限りでは4王子は軽傷ですのでご安心ください」

 王子たちは無事と聞いて少しだけ落ち着く。

(でも、ディタは……)

「ルカ様、手が切れてらっしゃいます。治療を」
「え?……ああ、ほんとだ」

 イリスさんに言われて見れば、左の手の甲から血が出ていた。シャンデリアの破片でも刺さったのだろう。適当に水で流して包帯を巻けば済むと思って立ち上がろうとしたら、その前にイリスさんが傷口に手をかざした。じわりと魔力が流れ込んできて、みるみるうちに傷がきえていく。

「すごい……。治療も魔法で出来るんですね」

(これなら怪我した人たちも、すぐ元気になるよな)

 やっとホッとできたが、

「いいえ。本来、治癒魔法を扱えるのは至上様のみです。私は至上様に力を与えられている特権で、ある程度の怪我までなら治せますが……」

 得られた安心は、すぐに取り上げられてしまった。

「そうなんだ……。でも、イリスさんに怪我した人たちを治してもらえたら──」
「……私が学院の事故に関わることはできません。至上宮に属する者は魔界のどこか一部を優先して扱うことが禁じられています。平等にするために、不介入が原則なのです。……申し訳ございません」

 イリスさんは気まずそうに目をそらして、頭を下げた。

「いや……イリスさんのせいじゃないです。怪我、治してくれてありがとうございます」

(俺がちゃんと魔法を使えれば、それで済んだ話だ)

 俺がそのまま黙ると、イリスさんは間を埋めるように茶器を操り紅茶を淹れて、どこからか取り出した小瓶の液を数滴垂らした。

「こちらを。落ち着きますので」

 カップを渡され、言われるがまま一口含む。先ほどの小瓶は魔法薬か何かなのか、ずっとあった胸のざわつきが穏やかになるのを感じる。

「まだ動揺がお強いと思われますが、今後についてお話しさせてください。まずホールでの現象は、呪具を使用した犯行の可能性が高いと思っております。王子他要人も多い場なのでルカ様を狙ったのかはわかりませんが、悪意ある者が動いているのは確かです」
「呪具……。ロットの村を犠牲にして作られたものが、使われたってことですか」
「それはわかりません。呪具は未使用のままでは破壊が困難なため、過去の遺物は原則国によって厳重に保管されていますが、中には闇市にも流れているものもあります。呪具の入手経路を特定するのは困難でしょう」

(俺を狙ったものだとしたら、俺のせいでみんな怪我を……)

「王子たちは今回の件について、調査や国への報告に追われます。私も至上宮の代表として対応しなければなりません。常にお傍にいられず大変申し訳ないのですが、ルカ様には状況が落ち着くまで寮から出ないようにしていただきたく存じます」
「……わかりました。俺にできることはそれくらいですから」

 頭を下げるイリスさんに、俺は無理やり笑顔を向けた。
 不甲斐なくて、そうでもしないとしゃがみこんでしまいそうだった。
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