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 開いてしまった口をマーティアス王子に食まれ、舌と舌が触れ合う。びっくりして目を見開くと、あからさまに不機嫌な顔をしたダン王子がマーティアス王子の肩を掴む瞬間だった。力づくでダン王子がマーティアス王子を俺から引き離す。

「おい貴様、勝手に何をしている」
「接吻の儀です。見てわかりませんか」
「もう~!抜け駆けはダメでしょ、マーティアスくん~」
「キスの長さに規定はないので、抜け駆けではないです」

(ディープキスしちゃった……)

 ダン王子とクシェル王子に責められても、マーティアス王子は悪びれない顔をしている。クールな真面目系かと思っていたが、真面目というより強かな人物らしい。と、どうにか客観的な感想を思いつきながらも、俺の頭はまだ混乱していた。

(俺とキスして、イケメンたちが争ってる……)

 異次元の体験に、なんか悪い気はしないかもという気持ちが過って、俺は「違う違う!」と頭を振った。

「大丈夫ですか、至上様。頭痛いですか?」
「あ、いや、大丈夫です……!」

 ラルフ王子が俺の顔を覗き込んで心配してくれるが、その距離が近くて俺はのけ反って無理やり笑顔を作る。
 いまだ言い争っている3人の方を見ると、マーティアス王子の手の甲が光って印が出た。言い合いを遮るようにイリスさんが咳払いをして、俺たちの中央に立つ。

「これで全員正式な候補者となりました。おめでとうございます。さて、至上様には今後1年間のうちに、この4名から配偶者を選んでいただきます」
「いやあの~、選べと言われてもホントに困るんですけど……。結婚しないという選択肢はないんですか?」
「ない。黙って俺を選べ」

 ダン王子が言い切る。

「俺は可愛い至上様と結婚したいから、ぜひよろしくお願いします」

 クシェル王子がウィンクをする。

「戦争になるのは嫌だから……僕と結婚してほしいです」

 ラルフ王子が悲しげな顔をする。

「正確には誰とも結婚しないという選択肢はありますが、配偶者を選ばなければ戦争です。戦勝国の王子がお相手となるだけです」

 マーティアス王子が補足する。物騒な補足情報だ。

(ダン王子は俺様、クシェル王子はセクシーチャラ男、ラルフ王子は博愛おっとり、マーティアス王子は毒舌クールって感じか……)

 昔ゲーム実況で見たことのある乙女ゲームを思い返しながら王子たちにキャラを振り分けていると、俺の手元にあったティーカップが浮いてダン王子の元まで飛んで行った。

(魔界とか意味わからないけど、魔法使いの世界だと思えばちょっと楽しいかもな)

 魔法が存在するのは信じられなかったけど、魔法モノのファンタジーは結構好きだったので前向きにとらえようとしてみた。

「印を出せても魔法が使えないのなら、この男を至上様として扱うことはできない」

 俺が使っていたカップを確認しながら、ダン王子は眉を寄せて言う。

「確かに魔法ができないなら、至上様不在と同じことだもんね」
「ものを浮かせる魔法は、生まれたての赤子でも扱う基本中の基本です。やってみていただけませんか」
「浮いてって思ったら、浮く。頑張ってください」
「いやいや、普通に魔法とかできませんって俺」

 4王子に次々と言われ、助けを求めてイリスさんを見ると「ぜひお願いします」と頭を下げられた。

(マジか、やるしかないのか……)

 まぁできないことを証明すれば納得してもらえるかと額をかく。

「わかりました。このカップを浮かせればいいですか」
「ああ」

 尋ねるとダン王子が浮かせていたティーカップをベッドの上に着地させた。もちろん魔法なんて使ったことがないので、使い方はわからない。

「魔法の杖とかってないんですか?」
「杖?魔法に杖など必要ない」
「え、そうなんだ」

 ファンタジーでは、魔法といえば魔法の杖なのに。
 しかし、すでに半ばから元気になっていた俺は、それ以上ごねずにこほんと咳をしてからカップを見つめた。

「……ビビディ・バビディ・ブー」

 杖がないのでカップを指差しながら、シンデレラか何かに出てきた魔法使いを思い出して、心を込めて呪文を唱えた。

「……」

 わかってはいたけど、カップは微動だにしなかった。

「……なんだ、今の言葉は」
「聞いたことのない言語ですね」
「全然浮かないねえ」
「至上様、緊張してるのかも」

 ひとりで真面目に呪文を唱えた上に何も起こらず、じわじわと羞恥を感じていると、イリスさんが手を挙げた。

「“浮け“と言葉で命令なさってはいかがでしょうか。至上様は、発する指示を魔法へ変換できる力をお持ちでしたので」
「はぁ……はい、ちょっとやってみます」

 言われるがままリクエストに応えるために、俺は再びこほんと咳払いをした。

「浮け!」

 わかってはいたけど、カップは微動だにしなかった。

「物を浮かせることもできないのか」
「だから、魔法とか知らないし使えないって言ったじゃないですか!」

 呆れた声に俺が開き直って即答すると、ダン王子は俺を睨んでからうんざりという顔で目をそらし、その横でマーティアス王子がイリスさんを見た。

「イリス殿。これは至上様としての魔力はあるが、魔法は使えないということでしょうか」
「はい、おそらくそういうことかと。至上様は至上様に違いないことだけは確かです。今は何らかの要因で別人格が現れ、かつ魔法を使えなくなっているのだと思います」
「うーん、印は出たけど結局一大事に変わりないね」
「4王子の皆様は1度国にお戻りになり、印の出現をご報告いただいてもよろしいでしょうか。至上様の件はくれぐれも内密にお願いいたします。私から至上様にはこの世界のことを詳しく説明いたしますので、お時間をいただきたく存じます」

 イリスさんが頭を下げると、4王子は誰も反対しなかった。

「次の合流は明朝、王家室にて。至上様をお連れしますので、今後についてご議論を」
「!至上宮から至上様を連れ出す気ですか。前代未聞ですよ」
「配偶者候補に印が出た後、至上様と候補者間の接触は一切ないのが慣例。皆様が再びここ至上宮へ来ることの方が目に付くイレギュラーです」
「ま、そっか。幸い至上様のご尊顔を知っているのはイリスさんと俺たちだけだからね。至上様が外にいても誰にもわからないし平気じゃないの」

 マーティアス王子はクシェル王子の意見に納得しきっていない顔だったが、ダン王子がイリスさんに頷きかけた。

「話はわかった。これ以上の長居は訝しがられる。解散だ」
「!」

 言い終わった瞬間、ダン王子の姿が消える。驚く俺に「転位魔法です」とイリスさんが補足してくれた。補足を聞いても驚きは消えなかったが、そういうものがあるのかと納得はする。

「はぁ、相変わらず身勝手ですね。至上様、イリス殿。ではまた明日、お気をつけて」

 ダン王子に悪態をついたマーティアス王子も一礼をして消えた。

「じゃあね、ルカくん。また会えるのが楽しみ」
「明日は手作りマフィンを用意して待ってますね」

 ナチュラルに俺をルカくん呼びしたクシェル王子と、場違いともいえるほんわか宣言をしたラルフ王子も同時に消えてしまった。一瞬しん、と静まる。

「至上様。早速ですが、こちらでお話を」
「あ、はい」

 頭の整理をする時間もなく、4王子が消えてすぐにイリスさんは俺を促してソファ席へ座らせた。向かい合うように座ったイリスさんは手鏡を取り出し、俺に向ける。
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