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おにぎり

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 本願くんがいない。
 前は10日に1回くらいは一緒にゲテモノ料理を食べていたし、顔を合わせるだけならもっと頻繁に遭遇していた。
 しかしここ最近、姿も気配もまったくない。
 水原さんがハッピーコーポを訪れてから3日後、スーパーで安かったお菓子をあげようと本願くんの部屋を訪ねたのだが不在だった。まだ学校にいるか食料探しにでも行っているのかと思ってそのままにしたのだが、その2日後に訪ねても不在だった。

(前は夕方には部屋にいた気がするけどな……)

 不在はタイミングが悪かっただけという説もあるが、部屋から人の気配もしないのが気になった。ハッピーコーポは安い賃貸なので壁が薄く、普段ちょっとした生活音くらいは聞こえてくる。
 また風邪でも引いて寝込んでいるのかもしれないと思いつき、昨日LINEを送ってみたけど既読はつかない。

「う~ん……でも、友達と遊んでる可能性もあるか……」

 こっちが勝手に心配しすぎるのも気持ち悪いだろう。水原さんという彼女(仮)が存在するのだから、本願くんを2,3日連れまわして遊ぶ友達だっているかもしれない。男子高校生の一人暮らしとなれば、そのくらい自由だろうし。

(でも、LINEに既読つかないんだよなぁ)

 本願くんはLINEの返信が早いタイプだった。俺から連絡すれば半日以内にはほぼ返信があった。でも今はおよそ丸1日返信がない。
 万が一、事件や事故に巻き込まれている可能性もなくはない。頼る身内がない本願くんなら、なおさら隣人である俺が心配すべきなのではないか。

(今の状況じゃ警察は取り合ってくれないよな。水原さんの連絡先でもわかれば、聞けたんだけど……他に手段が……あっ)

「メイリョウ高校。そうだ、そうだよ」

 俺は本願くんの通う高校名を思い出し、すぐにスマホで検索した。
 『私立名良高等学校』というサイトがヒットする。

「……突撃、するか」

 名良高校のアクセスページを開きながらひとりで呟いて、俺はお昼に食べようとしたのに結局15時現在まで食べていなかったコンビニのおにぎりを掴んだ。消費期限が迫り10%引きになったタラコのおにぎりだ。

(まずは腹ごしらえだな)

「いただきます」

 律儀に言ってから、俺はおにぎりのフィルムを剥がした。



 私立名良高等学校。
 これが本願くんの通う高校だった。渋谷区にある男女共学校で、サイトを見る限り文武両道を掲げた進学校だった。ちょうど下校時間に到着できたので本当は校門で本願くんを捜したかったが、校門には警備員が立っていた。

(しょうがない、ちょっと離れておこう)

 俺は高校の斜め前にある駐車場に立ち、スマホを見るふりをしながら高校生たちを見た。
 10分、20分と時間が過ぎていっても、本願くんは出てこない。

(すれ違いになっちゃったか、見落としたかな……)

 本願くんが学校に行っているならそれで安心できるが、行っていないなら何か事件か事故に巻き込まれている可能性が高まる。だから、何としてでも本願くんが学校に通っているのかだけは確認したかった。
 次の手を考えていると、ちょうど駐車場の前を名良の男子高校生2人組が通り過ぎようとした。

「あっ、あの!ちょっと聞きたいんですけど」

 俺は少し躓きそうになりながら、2人組に話しかけた。同級生に本願くんのことを聞いてしまうのが早いと思ったのだ。

「はぁ、なんですか」

 高校生たちは止まってくれたが、警戒が伝わってくる。
 それはそうだ、保護者でも生徒でもない年齢の男が急に話しかけてきたら怪しい。

「本願祈っていう、確か2年生だと思うんだけど、男子生徒を知ってますか?」
「……ああ、一応は」

 ふたりのうち理系っぽい方の高校生が微妙な顔で頷いた。まさか初手で知り合いに当たると思ってなかったので、俺は前のめりになった。

「ほ、ホントに!?よかった、あのさ、今日本願くん学校来てるかな」
「本願は──」

 理系くんが答えようとしたら、もう1人の目つきの鋭い剣道部っぽい方が肘で小突いて発言を止めさせた。1歩前に出た剣道部くんは腕を組んで俺を見る。

「なんでそんなこと聞くんですか?どういう関係の方で?」
「あ、えーっと、いきなり申し訳ない。俺は本願くんの友達っていうか──」
「友達?あなたが?」

 剣道部くんが俺を睨み、理系くんはちらりと後ろを振り返って門に警備員がいるか確認したようだった。

(やべえ……めっちゃ怪しまれてる……)

 平日の夕方に高校のそばをうろつく30過ぎの男と高校生が友達というのは、怪しすぎる。でも俺は俺たちの関係をそれ以外で表現できなかった。

「あの、怪しいのは承知してまして、でも本願くんと俺は本当に友達でして。連絡つかないから心配になって学校まで来た、というか……」
「友達なのに連絡がつかないんですか?本当に友達なんですか、それ」

 剣道部くんに言われて、胸に刺さった。
 本願くんは普通に今まで通りの日常を過ごしていて、俺が無視されているだけなのかもしれない。今まで思いついていなかった説が、かなり有力な気がしてしまって言葉が続かなかった。

「これ以上何か聞くなら、警備員呼びます」
「あ、いや、ごめん。もう帰るから──」

 今にも校門へ走り出しそうな理系くんを止めようとした時、彼の後ろから歩いてくる女子高生が目に入った。
 美少女だった。しかも、見覚えのある美少女だった。

「み、水原さん!」

 思わず呼ぶと、理系くんと剣道部くんはバッと振り返り水原さんを確認してから俺に詰め寄った。

「ちょっと、アンタ。本当は本願じゃなくて水原さん目当ての変質者だろ」
「違う、違うんだって!落ち着いて……!」
「山田くん、やめて。この人は私の知人だから」

 剣道部くんもとい山田くんが俺の胸ぐらを掴むと、水原さんは彼の腕に手を置いて仲裁してくれた。救世主の登場に、俺は安堵の息を吐く。

「水原さん、本当に知ってる人?この人本願のこと聞いてくるし挙動不審だし、怪しいよ」
「心配ありがとう。でも竹原さんとは本当に知り合いだから大丈夫」

 水原さんに微笑まれると、山田くんはやっと俺の胸ぐらを離した。理系くんと一緒に「何かあったら連絡して。駆けつけるから」と水原さんに言って、俺への警戒を最後まで解かずに背を向けた。不審者扱いから解放された俺は、水原さんってやっぱりモテモテだなと感心してから彼女に向き合った。

「助けてくれてありがとう。水原さんがいなかったら警察沙汰だったかも」
「それは良かったです。ところで、竹原さんはなぜここにいらっしゃるんですか」
「うーんと、本願くんが元気か知りたくてさ。最近アパートで見かけないし、LINEの返信も来ないからもしかして事件か事故に巻き込まれてないかって心配になっちゃって」

 言いながら、「友達なのに連絡がつかないんですか?本当に友達なんですか、それ」という山田くんの発言が頭で再生される。同級生の彼がああ言うということは、本願くんは行方不明などではないのだろう。

「ただ、俺が過干渉なウザいおじさんなのではと思い至ったので、今から帰ろうと思ってる」
「いえ、待ってください。祈くんのことなら──」

 水原さんは校門の方を見た。警備員がこちらを見ている。

「立ち話は怪しまれるので、そこのカフェで少し話せませんか?」

 彼女は50メートルほど先にある店を指差して、警備員の視線から逃れるようにさっさと歩き出した。
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