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セミ

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「イ、イヤァアー!!」

 『セミだ』と言われた瞬間、茶色い集合体が1つ1つ個体のセミだと認識できてしまって、俺はサスペンス映画のヒロインのような叫び声を上げた。
 一方本願くんは俺のリアクションなど意にも介さず冷静だった。

「正確にはセミの羽化寸前、ソフトシェルってやつなんですけど。揚げてから砂糖をまぶしたので甘くておいしいですよ」
「や、やめて、食べないから!フォルムがガチすぎる!」
「いや、食べてみてください!夏しか食べられないし採れたてだし、おいしいですから!」
「やだよ!ガチで虫じゃん!」

 俺がカエルの時に見せなかった拒否を見せると、本願くんは『しゅん』と音が聞こえてきそうな表情をした。

「本当においしいのに……」

 肩を落とした高校生は、ひとりでセミの素揚げを食べ始める。
 パリパリ、とセミが咀嚼される音がして、俺は外で鳴いているセミに思いを馳せた。

「本願くんは、こういうゲテモノが好きなの……?」
「食べられるものの探求が好きなんです。それに本当においしいんですよ!食べたらわかります」
「でも、お母さんとか嫌がらない……?普通のご飯の方がおいしい気がするし……」

 息子がキッチンでセミを揚げていたら悲鳴を上げる親の方が多いと思って聞くと、本願くんは2匹目のセミをつまみながら答えた。

「家族いないから好き勝手できてます」
「あ、一人暮らしなんだ?」
「はい。僕、今高2なんですけど、中学卒業した時に父親が蒸発しちゃって。母親は俺が10歳の時に出て行っちゃったから頼れなくて、他に知ってる親族もいなくて。それで今はひとりの時間を謳歌してます」

 かなり壮絶な境遇をあっさりと言われ、俺は反応に困った。

「そ、そっか……」

 いくらハッピーコーポが安アパートとはいえ、保護者なしの未成年なら支払いはギリギリで金はないだろう。その辺で調達できるものを食べている理由を察して、俺は揚げられたセミを見つめた。

(大変なんだね、も他人事っぽいしな……。なんて声をかけるのがいいんだ……?)

 重い話への対応が全然わからない。
 助けてあげよう、と思っても金銭的な援助をできるような稼ぎは俺になかった。

「やっぱり食べたいですか、セミ」
「へ?」
「遠慮しないでください」

 俺が悩んで黙っているのではなくセミを食べたいと思っていると誤認した本願くんが、あーん、と口元に1匹近づけてくる。
 身の上を知ってしまった以上、彼の大事な食糧を二度も拒否する気は起きなくて、俺は固く目をつぶって口を開けた。

 パリパリ……。

「……あれ、意外と……食える。触感は見たまんまだけど」
「でしょ!夏のご馳走ですよ!」

 俺がセミを食べたのがよほど嬉しいのか、本願くんはすがすがしいほど笑顔だった。
 我慢して食べた甲斐を感じる。

「竹原さん、また一緒にご飯食べてくれませんか。一人飯だと寂しくて」

 両手を合わせて本願くんは俺にお願いしてきた。
 ご飯を一緒に食べてほしいとお願いされたことは人生で一度もない。俺は久しぶりに人から必要とされた気がして、照れと嬉しさを覚えた。

「いいよ、俺は全然。暇なフリーターだからいつでも付き合えるし」
「ほんとですか!やった!僕、色々作るのでまた食べてください!」
「えっあ、いやゲテモノ料理はちょっと──」

 本願くんは俺の言葉を聞いておらず、「次は何を捕ろうかな」とゲテモノ前提の独り言を言っていた。
 こうして俺はしばらく、本願くんのゲテモノ料理に付き合うこととなったのだった。
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