隣人、イケメン俳優につき

タタミ

文字の大きさ
上 下
24 / 31

写真

しおりを挟む
    交際している男性。
    そんな人はいない。でも、そう思う何かを掴まれたということだ。
    一太くんのこと、だったらどうしよう。
    あのマンションで逢い引きしてるだのなんだの、言い様はいくらでもある。真実じゃないにせよそんなことが週刊誌に載れば一太くんには多大な迷惑がかかる。それだけは絶対に嫌だ。
    至って素知らぬ顔を保ちながら、佐々木の嫌な笑顔を見つめ返した。

「お心当たりは?」
「ありません。なんにせよ、事務所通してください」

    マンションに戻る道を歩き出すと佐々木も当たり前のようについてくる。

「数ヶ月前に、杉崎さんがセカンドハウスにしているマンション前で撮ったものなんですが」

    佐々木はニヤつきながら俺の目の前に写真をちらつかせてきて、嫌でも目に入った。

「すごくいい写真でしょ」

    写っているのは西野にキスされている俺だった。
    一太くんは見切れていて、ほとんど写っていない。

    一太くんのことじゃなくてよかった。

    1番最初に思ったのはそれだった。
    次に自分があまり動揺していないことに驚いた。諦めの感情が強い。
    最悪な場面を掴まれたもんだな、とどこか他人事のように感じて目を伏せた。

「この男性、恋人ですか?」
「事務所に聞いてください」

    足早にマンションへ向かう。

「同性愛者なんですか。以前は女性とも報道がありましたが」
「事務所に聞いてください」

    オウム返しにも慣れっこなのだろう佐々木はずっとニヤついていて、俺がマンションの玄関ドアに触れた時に大きな声を出した。

「こちらからも今から事務所に連絡差し上げますが、杉崎さんからもご連絡した方がいいかと思いますよ。発売は今週金曜日ですから」

    ようは2日後にはこの写真が世に出る。
    事務所が記事を揉み消す判断をするなら、今すぐにでも対応を話し合うために集まるだろう。

「話したいことがあれば文壇社までお電話ください」

    佐々木の声を後ろに、俺はマンションへ入った。


    一太くんの部屋の前に立ち、深呼吸をする。
    西野との写真が出てしまえば、俺はマスコミに追われてこのマンションに近づけなくなるだろう。下手をすればもう会えないという現実がじわじわと首を絞める。
    でもいい機会なのかもしれない。西野の言葉とテーブルの花がフラッシュバックして俺は自分を抱き締めた。

「あ、久遠さん。よかった、遅いな~と思って様子を見ようかと……」

    俺が俯いているとドアが開いて、一太くんが微笑んでいた。微笑みに泣きそうになる。
    何か答えることもせずに、俺は一太くんに抱き着いた。

「っ、久遠さん?どうしました」

    部屋に押し戻すように体重をかけると一太くんは俺の勢いに合わせて後ろに歩く。
    後ろ手にドアを閉めて、閉まると同時にキスをした。
    一太くんは固まっていたけど、俺が舌を突っ込もうとすると肩を掴んだ。

「ちょ、待って!久遠さんどうしたんですか」
「キスしたい」
「いやもうしちゃってるし……!」
「じゃ抱いてほしい」

    目も見ずに呟く。
    最後の思い出に抱かれようとするなんてセコい男だなと自分でも思った。

「……ホントに、どうしたんですか?」

    一太くんの声は優しい。軽蔑したって好きに抱いたっていいのに、心配してくれている声だった。

「別に、ただそういう気分で」

    俺は微笑を保っていたはずだけど、視界が歪み始めて片手で顔を覆った。
    情けない。
    抱かれる前に泣いてどうすんだ。

「一旦部屋で落ち着きましょ、ね?ケーキもまだありますし」

    一太くんは俺の手をやんわり握って部屋に誘導してくれた。
    俺は犬みたいに大人しくついていき、ベッドを背に座り込む。

「そうだ、薬ありましたよね。待っててください」

    俺がどこに逃げるわけもないのに、一太くんは慌てた様子で俺の荷物から袋を取った。
    薬を一太くんから受け取り、処方された何に効いているのかよくわからない錠剤を適当に手に取り出す。
    水の入ったコップを持ってきてくれた一太くんに礼を言うつもりだった俺は、

「あのさ、飲ませてくれないかな」

    気づけば一太くんに弱い笑みを向けていた。
    何言ってんだと思う。思っても、一太くんとこれが最後かもしれないということが俺を自己中心的にさせていた。

「え、飲ませるって……」
「口移しで。それかセックスしてよ」

    自分本意の最悪な2択を迫る。
    一太くんは眉を下げて戸惑いを見せた。
    俺の2択に付き合う義理はないし、本当はこんな形でセックスしたいわけでもない。
    築き上げた関係性を自分の手で破壊する感触に目眩がする。
    本当にどうとでもなれと思っているなら、セックスの打診なんてしてないで告白して玉砕しろよ。意気地無し。

「……わかりました」

    しばらく唇を噛んでいた一太くんが、俺の手から錠剤を掴み取った。
    口に入れて水を飲み、グッと顎を掴まれる。
    初対面のときも顎掴まれたな、と思い出が一瞬甦って消えた。

「っ……ん……」

    口の中に生温い水と少し苦い錠剤が入ってくる。
    こんなこと映画のシーンで見たことがあるだけで、本当にやったのは初めてだ。
    ただのキスだけど、不健康で背徳的な感じがすごい。

「っ……飲めました……?」

    顔を離した一太くんが口からこぼれた水を拭うのと同時に俺は錠剤を飲み込んだ。
    段々と頭にもやがかかったようになり、強制的に感情が抑えられていくのがわかる。

「うん。ありがと。ごめんね」
「いや……全然。それより……何かあったんですか」

    心配ばかりさせていて申し訳ない。
    
「ちょっとワガママ言いたくなっただけ。付き合わせてごめん」

    何か言いたげに口を動かしたけど、一太くんは何も言わなかった。

「寝ましょうか、今日は」

    ただ優しく笑いかけてくれた。


    翌朝。
    俺は事務所にやってきていた。
    早朝、一太くんの部屋から抜け出して、何十回とかかってきていたマネージャーの電話に出たのが2時間前だ。
    
「おはようございます」
「なんですぐに連絡が取れなかったんですか!」

    電話口でも同じように怒っていた鈴木マネージャーが、無表情の俺を見て額に手を置いて唸る。

「すいません、寝ちゃってて」
「この記事をリークした記者は、杉崎に会ったと言ってましたよ!」
「そのあと、寝てしまって」
「どうしてそういう判断に……!」

    鈴木マネージャーが大きい声を出しかけると、バンッと机を叩く音がした。
    マネージャーの何倍も不機嫌そうな顔をした中年男性が手を机に打ち付けている。名前は忘れたけどあれは広報部長だ。

「危機管理がなってない!こんなスキャンダル写真、相手が女でも一大事だぞ!」
「申し訳ございません……!」
「それは、すみませんでした」

    俺の代わりにマネージャーが頭を下げるのは流石に悪いと思い、続けて頭を下げた。恋愛を禁止されてる訳でもなければ、広報部長に謝って何になるという感じは否めないけど。

「実際、この男と交際してるのか。いやその前に、杉崎お前はゲイなのか」

    部屋に響くようなため息をついた部長は、俺を睨むように見た。

「いや、どっちも違います。俺は男でも女でも平気ってだけで、男と付き合ったことはないです。この写真の男はたまたま飲み屋で知り合って、執着されてただけで」

    本当か?と言いたげに口をへの字に曲げて、部長は鈴木マネージャーに顎をしゃくった。

「お前はこの相手の男を知らなかったのか」
「は、はい……!まさかこのような写真が出るとは夢にも……」

    そりゃそうだ。西野とは外で会うようなことはほとんどない、ただの爛れた関係だったのだから。
    大きすぎる舌打ちをして、部長は俺を睨み直す。

「まぁ、真実なんてどうでもいい。とにかくこの報道は全力でなかったことにする。杉崎は売り出し中なんだ。こんな記事でテレビを盛り上げてる場合じゃない」

    うちの事務所はそんなに有名な芸能人がいない。
    俺が稼ぎ頭に数えられてるのは明白だった。同じ事をもっと無名な俳優がやったら切り捨てられていただろう。

「杉崎はマスコミに囲まれても下手なことを言うな。絶対にだんまりを貫け。今からテレビ局に言ってワイドショーで取り上げるのをやめさせる」
「いや、いいです」

    広報部長の顔が何を言ってんだこのガキというように無理解に歪む。でもそんなこと気にならない。
    佐々木に写真を見せられたときに芽生えた気持ちが、ここに来て意思として形になるのがわかった。
    俺はここ最近で1番穏やかに心が晴れるのを感じ、自然と笑顔が浮かぶ。

「俺、芸能界辞めます」

    高校生のうちに、言っておけばよかったことばがやっと形になった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

処理中です...