23 / 31
暗雲
しおりを挟む
桜台に向かう途中、中野でタクシーを降りた俺はケーキを選んでいた。
タクシーを呼んで乗ったはいいものの、気後れがすごくてケーキ屋をはしごすることで時間を稼いでいた。
俺の前ではカップルがケーキを選んでいて、しかし彼女の方がチラチラと俺の顔を見てるのがわかって、色々と気が沈む。
惚れた時点で『友達』なんかにはなれない。
脳内で西野の言葉がフラッシュバックする。
一太くんが俺のことを好きかと聞かれて好きじゃないと答えるのだって当たり前だ。俺との抜き合いに快感以上の感情はないのだって。
わかっているけど、わかりたくない。
俺が真に仲が良いと言えるのは一太くんくらいだ。
スカウトされて芸能活動が許される高校に転校した時から、俺にはろくに友達がいない。
高校も大学も、媚びるか妬むか嘲るかの三択しかない感情を向けられるばかりで、誰とも親しくできなかった。
せめて同業者と親しくなれればよかったのかもしれないけど、プライベートでまで仕事仲間と会うというのは、俺にとって仕事の延長線のようにしか感じられなかった。
「あ~……無理」
「お悩みですか?白葡萄のミルフィーユと洋梨のタルトが人気商品となってます」
「え?」
暗い独り言を、ケーキへの言葉だと思ったらしい店員が俺に微笑みかけている。気づけば最初にいたカップルもいなくなっていた。注文もせずに居座っている変な客へ、いい加減選べよという遠回しの訴えだろう。
「あ、じゃその2つください。持ち帰り時間は10分くらいです」
「ありがとうございます。かしこまりました」
箱に詰めてもらってる間にスマホを見ると『風呂入るんで、反応遅れるかもです』と一太くんからLINEが来ていた。約束の7時を過ぎている上にろくに返信をしていなかった俺に、気遣いの連絡を入れてくれるなんて。優しくしてもらえる嬉しさと申し訳なさが胸に広がる。
ケーキを受け取った俺は、『ごめん!今からいく!』と返信をして深呼吸した。
マンションにつきドアの前で笑顔を作る練習をしてからチャイムを鳴らすと、ガシャンッと何かの音がしてから一太くんが出てきた。
「今すごい音したけど大丈夫……?」
「あーいや大丈夫です。ちょっと脚をかごにぶつけて……。それよりどうぞ」
促されて中に入ると、確かに廊下に置いてある洗濯物のかごが倒れていた。俺が直そうとかごに触る前に、「やっとくんで大丈夫です!」とつんのめるように言われた。
なんかよくわからないけど一太くんに落ち着きがない。
「今日遅れてごめんね。ケーキ買ってきたよ」
「あ、ありがとうございます。紅茶淹れますか」
いそいそとケーキの箱をキッチンへ持っていく一太くんは、やっぱりいつもよりなんか、なんだ?正確な表現が見つからないけど、畏まっているような気がした。
とりあえず言及せずに部屋に荷物を置き、テーブルを見ると可愛い花が飾られている。カラフルなガーベラに急に動悸がした。
女か?
彼女がいないと聞いていたけど、彼女候補がいない訳じゃないのかもしれない。一太くんは仕事上出会いがないだけで、チャンスがあれば恋人くらいすぐできるポテンシャルがある。
今日どこか落ち着きがないのも女性を招いていた名残かもしれない。
そう思い始めるとそうとしか思えなくて、俺は黙ったまま花を見つめ続けた。西野のことと言い、今日は本当に胃に悪いことしか起きない。
「久遠さん?」
部屋に突っ立っている俺の後ろで、ケーキを皿に乗せた一太くんが首をかしげている。
「あ、ケーキの準備ありがと」
「どっちがいいですか?ケーキ」
「一太くんが好きな方選んでよ」
微笑みを返すとケーキをテーブルに置いた一太くんは、顎に手を当ててケーキを見比べる。
「どっちも見た目がお洒落なのはわかるんですけど、味が想像できない」
そんなに真剣に悩むことなのかとつい笑いそうになる。暗い感情に明るい感情が乗ってきて忙しい。
「どっちも気になるなら半分ずつにしたらいいんじゃない」
「いいんですか?」
「うん、フォークで切っちゃおう」
手を伸ばしたら、手の甲が花瓶に触れた。
ガーベラに視線を伸ばすと一太くんは慌てて花瓶をどかした。
「す、いません。邪魔ですね」
「綺麗だね。貰い物?」
我ながらいかにも気にしてないふりがうまい。
「いや……えーっと、自分で買いました」
「あれ、花好きだっけ」
何の気なしに聞いてみると、一太くんは目に見えて動揺した。隠し事がある、という風にしか見えない。
やっぱり女かな。
本当に女が出来たなら、もう俺の相手などしてられなくなる。
「いや、そのですね。花を添えるじゃないですけど、とりあえず買った、買ってみたというか……」
しどろもどろな言葉を連ねて、「何言ってんだ」と頭を降った一太くんは俺の手を掴んだ。
「あの実は今日久遠さんに言いたいことあって」
真剣な視線に心臓が跳ねた。悪い意味でだ。
『彼女ができました。だからこれから一緒に寝ることができません』
と、言われるのではないかと全身に鳥肌が立った。
一太くんが言葉を続けようと口を開くのが怖い。
「っ……あ!ご、ごめん。俺マネージャーに電話かけないとだった。ちょっと外行ってくる」
「えっ、はい。でも、うちでかけても……」
「あの~アレ、部外秘の大事な用件なんだ。時間かかるかもだから、ケーキ食べてて!」
一太くんに掴まれていた手をやんわりはがして、俺はスマホを片手に玄関に向かう。一太くんの視線にめちゃくちゃ後ろ髪を引かれながら、俺は足に靴を引っかけただけで外に出た。
マンションから出て、少し時間を稼ごうとあてもなく道を歩く。これ以上一太くんに触れていると距離感を保つどころか、泣いてすがってしまいそうだった。
抱いてくれって言ったら、一太くん困るだろうなぁ。
でも、一太くんは優しいから抱いてくれるんじゃないかと思う。そして俺はそれ以降、ずっと同情で抱かれ続ける。友達にも恋人にもなれない不幸な幸せを想像して、鈍い頭痛がした。
「すみません、杉崎さんですよね」
電柱のそばで額に手を当てていたら、後ろから男の声が俺の名前を呼んだ。振り返るまでもなく、痩身の不健康そうな男が俺の前に回り込んで会釈してきた。見覚えはない。
「そうですけど……どなたですか」
「申し遅れました。私、こういう者です」
黒ずんだ指先でつままれた名刺が差し出される。
『文壇社 週刊芸能担当記者 佐々木則正』
目を見開いた。
週刊芸能──芸能スキャンダルばかり載せる、芸能人なら知らない者はいない悪名高い週刊誌だ。
「少しだけお時間いただきたいのですが」
俺が名刺を受けとる前にさっと名刺をしまった佐々木は、
「交際されてる男性についてお聞きしたくて」
歯並びの悪い歯を剥き出した。
タクシーを呼んで乗ったはいいものの、気後れがすごくてケーキ屋をはしごすることで時間を稼いでいた。
俺の前ではカップルがケーキを選んでいて、しかし彼女の方がチラチラと俺の顔を見てるのがわかって、色々と気が沈む。
惚れた時点で『友達』なんかにはなれない。
脳内で西野の言葉がフラッシュバックする。
一太くんが俺のことを好きかと聞かれて好きじゃないと答えるのだって当たり前だ。俺との抜き合いに快感以上の感情はないのだって。
わかっているけど、わかりたくない。
俺が真に仲が良いと言えるのは一太くんくらいだ。
スカウトされて芸能活動が許される高校に転校した時から、俺にはろくに友達がいない。
高校も大学も、媚びるか妬むか嘲るかの三択しかない感情を向けられるばかりで、誰とも親しくできなかった。
せめて同業者と親しくなれればよかったのかもしれないけど、プライベートでまで仕事仲間と会うというのは、俺にとって仕事の延長線のようにしか感じられなかった。
「あ~……無理」
「お悩みですか?白葡萄のミルフィーユと洋梨のタルトが人気商品となってます」
「え?」
暗い独り言を、ケーキへの言葉だと思ったらしい店員が俺に微笑みかけている。気づけば最初にいたカップルもいなくなっていた。注文もせずに居座っている変な客へ、いい加減選べよという遠回しの訴えだろう。
「あ、じゃその2つください。持ち帰り時間は10分くらいです」
「ありがとうございます。かしこまりました」
箱に詰めてもらってる間にスマホを見ると『風呂入るんで、反応遅れるかもです』と一太くんからLINEが来ていた。約束の7時を過ぎている上にろくに返信をしていなかった俺に、気遣いの連絡を入れてくれるなんて。優しくしてもらえる嬉しさと申し訳なさが胸に広がる。
ケーキを受け取った俺は、『ごめん!今からいく!』と返信をして深呼吸した。
マンションにつきドアの前で笑顔を作る練習をしてからチャイムを鳴らすと、ガシャンッと何かの音がしてから一太くんが出てきた。
「今すごい音したけど大丈夫……?」
「あーいや大丈夫です。ちょっと脚をかごにぶつけて……。それよりどうぞ」
促されて中に入ると、確かに廊下に置いてある洗濯物のかごが倒れていた。俺が直そうとかごに触る前に、「やっとくんで大丈夫です!」とつんのめるように言われた。
なんかよくわからないけど一太くんに落ち着きがない。
「今日遅れてごめんね。ケーキ買ってきたよ」
「あ、ありがとうございます。紅茶淹れますか」
いそいそとケーキの箱をキッチンへ持っていく一太くんは、やっぱりいつもよりなんか、なんだ?正確な表現が見つからないけど、畏まっているような気がした。
とりあえず言及せずに部屋に荷物を置き、テーブルを見ると可愛い花が飾られている。カラフルなガーベラに急に動悸がした。
女か?
彼女がいないと聞いていたけど、彼女候補がいない訳じゃないのかもしれない。一太くんは仕事上出会いがないだけで、チャンスがあれば恋人くらいすぐできるポテンシャルがある。
今日どこか落ち着きがないのも女性を招いていた名残かもしれない。
そう思い始めるとそうとしか思えなくて、俺は黙ったまま花を見つめ続けた。西野のことと言い、今日は本当に胃に悪いことしか起きない。
「久遠さん?」
部屋に突っ立っている俺の後ろで、ケーキを皿に乗せた一太くんが首をかしげている。
「あ、ケーキの準備ありがと」
「どっちがいいですか?ケーキ」
「一太くんが好きな方選んでよ」
微笑みを返すとケーキをテーブルに置いた一太くんは、顎に手を当ててケーキを見比べる。
「どっちも見た目がお洒落なのはわかるんですけど、味が想像できない」
そんなに真剣に悩むことなのかとつい笑いそうになる。暗い感情に明るい感情が乗ってきて忙しい。
「どっちも気になるなら半分ずつにしたらいいんじゃない」
「いいんですか?」
「うん、フォークで切っちゃおう」
手を伸ばしたら、手の甲が花瓶に触れた。
ガーベラに視線を伸ばすと一太くんは慌てて花瓶をどかした。
「す、いません。邪魔ですね」
「綺麗だね。貰い物?」
我ながらいかにも気にしてないふりがうまい。
「いや……えーっと、自分で買いました」
「あれ、花好きだっけ」
何の気なしに聞いてみると、一太くんは目に見えて動揺した。隠し事がある、という風にしか見えない。
やっぱり女かな。
本当に女が出来たなら、もう俺の相手などしてられなくなる。
「いや、そのですね。花を添えるじゃないですけど、とりあえず買った、買ってみたというか……」
しどろもどろな言葉を連ねて、「何言ってんだ」と頭を降った一太くんは俺の手を掴んだ。
「あの実は今日久遠さんに言いたいことあって」
真剣な視線に心臓が跳ねた。悪い意味でだ。
『彼女ができました。だからこれから一緒に寝ることができません』
と、言われるのではないかと全身に鳥肌が立った。
一太くんが言葉を続けようと口を開くのが怖い。
「っ……あ!ご、ごめん。俺マネージャーに電話かけないとだった。ちょっと外行ってくる」
「えっ、はい。でも、うちでかけても……」
「あの~アレ、部外秘の大事な用件なんだ。時間かかるかもだから、ケーキ食べてて!」
一太くんに掴まれていた手をやんわりはがして、俺はスマホを片手に玄関に向かう。一太くんの視線にめちゃくちゃ後ろ髪を引かれながら、俺は足に靴を引っかけただけで外に出た。
マンションから出て、少し時間を稼ごうとあてもなく道を歩く。これ以上一太くんに触れていると距離感を保つどころか、泣いてすがってしまいそうだった。
抱いてくれって言ったら、一太くん困るだろうなぁ。
でも、一太くんは優しいから抱いてくれるんじゃないかと思う。そして俺はそれ以降、ずっと同情で抱かれ続ける。友達にも恋人にもなれない不幸な幸せを想像して、鈍い頭痛がした。
「すみません、杉崎さんですよね」
電柱のそばで額に手を当てていたら、後ろから男の声が俺の名前を呼んだ。振り返るまでもなく、痩身の不健康そうな男が俺の前に回り込んで会釈してきた。見覚えはない。
「そうですけど……どなたですか」
「申し遅れました。私、こういう者です」
黒ずんだ指先でつままれた名刺が差し出される。
『文壇社 週刊芸能担当記者 佐々木則正』
目を見開いた。
週刊芸能──芸能スキャンダルばかり載せる、芸能人なら知らない者はいない悪名高い週刊誌だ。
「少しだけお時間いただきたいのですが」
俺が名刺を受けとる前にさっと名刺をしまった佐々木は、
「交際されてる男性についてお聞きしたくて」
歯並びの悪い歯を剥き出した。
43
お気に入りに追加
217
あなたにおすすめの小説

目標、それは
mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。
今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

カランコエの咲く所で
mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。
しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。
次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。
それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。
だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。
そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる