隣人、イケメン俳優につき

タタミ

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    一太くんと抜き合うという俺にとってはワケわからないレベルのラッキースケベが起こった翌朝。
    すっかり寝落ちした俺がスマホのアラームで目を覚ますと、ベッドの横で土下座している一太くんがいた。

「えっ、いやいや何!?」
「昨夜は申し訳ありませんでした」

    アラームを止めようと掴んだスマホをベッドに落としながら、俺は一太くんの肩を掴む。

「だ、大丈夫だから顔上げて!」
「ホントにやらかしたと反省してます」

    床にくっついてる一太くんを無理矢理起こすと、一太くんはどんよりとした目で俺を見た。

「昨日のって抜いたことでしょ?あれは大体が俺のせいじゃん。隣でオナってマジでごめん」
「いやでも、普通見て見ぬふりするべきでした。あの、寝ぼけてて、本当に夢だと思ってたんです。夢だとしても、手伝うとかワケわからんことを言ってるのに変わりはないですが……」

    一太くんに手伝われて俺は喜びに満ち溢れてたよ、なんていうフォローは気色悪すぎて言えないけど、あまりに反省されると友情すら薄れそうで怖かった。
    恋人は無理でも友達では居続けたいというワガママのために、俺は業界で変人と言われるカメラマンにすら褒められた笑顔を作りながらうるさいアラームを止める。

「俺は全然平気だよ。俺だって乗っかったわけだしさ、一太くんが悪いとかないというか」
「ホントですか……?」
「本当だって。ほら俺は男相手でも平気だから」

    そう言うと一太くんは唇を弱く噛んだ。
    その唇を見て、いい唇だなと思ってすぐに昨日自分からキスしてしまったことを思い出した。抜き合いにここまで反省する一太くんの姿は、こちらも謝っておかなければと思わせてくる。
    俺はスマホをベッドに置いて、床に座っている一太くんの前にしゃがみこんだ。

「あ、あの~。キスはごめんね、ノリでしてしまって……」

    顔色を伺って恐る恐る言ってみると、一太くんは丸まっていた背中を伸ばして顔の前で手を振った。

「いやいや、キスは2回目ですし全然」

    2回目?
    その否定に怪訝な目をすると、一太くんはハッと振っていた手で口を押さえた。

「あ、いや」
「2回目って、俺とのキスが?」
「いや、その、はい」

    口が滑ったというのが分かりやすく出ている目の動きだ。
    しかし俺は一太くんにキスしたいと思ったことはあれど、さすがに昨日まで実行に移したことはなかったはずだ。

「ちょ、ちょっと待って。初回いつした?俺そんなことした覚えが……」

    記憶を呼び起こしながら腕を組むと、一太くんが申し訳なさそうな顔で頬をかいた。

「久遠さん覚えてないみたいなんで、言ってなかったんですけど……かなり前にスマブラ飲みしたじゃないですか」
「え、あ、うん。あれ楽しかったよね」
「そのとき、なんというか、久遠さんにされました」
「キスを!?」
「……はい」

    なんにも覚えてない。
    何やらかしてんだ俺は。
    つーか、覚えてないのなに!?一太くんとのファーストキスだろ!

    懺悔と欲まみれな後悔に苛まれて、俺は両手で頭を抱えた。

「うわー……ごめん。酒にのまれてそんなセクハラするとか最低じゃん……よく俺と友達続けてくれたね……」
「あーいや、ホントに気にしてないですから!昨日の俺と比べたら全然……」

    うなだれる俺としおらしくする一太くんの間にしばし沈黙が流れる。
    ヤバい、気まずい。このまま気まずくなるのは絶対に避けたい。
    これ以上沈黙が続いたら全てが終わりになる気がして、俺は一太くんの肩を掴んで揺さぶった。

「俺のキスと昨日のこと、合わせてチャラにしよ!」
「え?」
「お互い気にしてないということと、お互いの反省を合わせて手打ちにしたい。させてほしい、お願い。お願いします」

    両手を顔の前で合わせて祈るように言うと、ポカンとした一太くんは「お、俺はそれでありがたいですけど……」と目を瞬いた。

「ありがとう!じゃこの話で謝るの終わり!」
「は、はい……」
「そうだ、朝マックでも行く?今日まだ時間あるんだよね」

    あからさまに話題を変えて立ち上がる。
    一太くんもつられるように立ち上がり、俺の顔を見て改まった咳払いをした。

「これだけ言いたいんですけど、俺は昨日みたいなことをけしかけて反省してて、でも嫌だったとかそういうことではないです。ちょっと自分でもなに言ってるかよくわかんなくなってきてますが……」

    一太くんは気恥ずかしそうに首をかいていた。
    なんか俺に都合のいいことを言ってくれてるな、と思うと同時に変な期待が頭を占めてくる。

「ホントに?俺としては気持ちいいしよく眠れるしであのくらい全然ありだよ」
「……本気ですか?」

    冗談めかして言ったつもりだったけど、一太くんの声音は真面目だった。頭の中を占める期待が大きくなる。
    
    もしかして、満更でもないのか?

    その期待が貪欲に膨れるのを感じた。
    一太くんとの肌の触れ合いが欲しい。その気持ちで頭が一杯になる。

「本気だよ。俺恋人もいないし全然いいな~っていう……」
「そう、ですか。いや、変なこと言ってスミマセン。朝マックでも行きましょう」

    起きた当初俺たちの間に流れていた気まずさは消えて、なんとなく生温い空気が流れた。

    これマジで抜いてもらえるんでは?

    俺は後先考えず『ワンチャン抜き合いが許される空気』に内心ニヤついた。この空気は喜ぶべきものではなく、俺の悩みを増やすだけだと言うことにバカな俺は全然気付いていなかったのだ。
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