隣人、イケメン俳優につき

タタミ

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    午前8時5分。
    俺はシャワーを浴びていた。
    午前0時前に久遠さんとキスをかまして久遠さんが寝落ちして、久遠さんをベッドに寝かせた俺は床で寝ようとしたが全く寝られないまま8時になったのでシャワーを浴びていた。

「……あ~……」

    夜の出来事がフラッシュバックしてきて勝手に低い声が漏れる。なんでキスしちゃったんだよ。止められただろ。
    友達ということ自体実感のないまま『友達』という枠を越えてしまって、俺は久遠さんとどう接したらいいのかわからなくなっていた。

「……バイなのかな」

    久遠さんは女の子の好みを言ってから男の好みを言っていた。それはどっちもイケるということなんだろうか。俺に乗ってきた久遠さんは明らかに男と寝たことがありそうだったし……。
    そこまで考えて昨日の久遠さんの表情を思い出してしまって、俺はちょっとムラついた。ムラついてすぐにシャワーを冷水にして頭からぶっかけた。

「なに興奮してんだバカか!バカだなー!」

    自分でも自分の下半身のバグを許容できていない。俺は彼女がろくにいたことがない悲しき生き物だが、顔が良ければ男でもいいなんてそんな節操ない下半身だったなんて。
    自分の見境ない欲に自己嫌悪を覚えて「あーあ!」とやけくそな声を出してから俺はシャワーを止めた。

    適当に部屋着を着てリビングに戻ると、久遠さんがベッドの上にちょんと座ってスマホを見ていた。俺に気づいた瞬間、両手を顔の前で合わせた。

「昨日はごめん!」
「えっ」

    初手で昨日の過ちに言及されると思っていなかった俺は固まった。何事もなかったようにしてうやむやにするしかないとか思っていたが、こんな潔い対処があるとは。

「あ、いや、昨日のことは俺も悪かったというか、誰も悪くないというか……」
「俺なんも片付けもせず寝落ちしたでしょ!?ごめんねホント!ベッドまで使わせてもらっちゃってるし、なんなら勝手に泊まっちゃったしでホント反省してる……ごめんなさい」

    そこまで言われて俺は違和感を覚えた。キスのことに触れないのはわざとなんだろうか。

「次から絶対ないようにするから友達やめるとかは待ってほしい……!」
「あの、全然片付けとか泊まりとか平気なんで気にしないでください。友達もやめるなんて言わないですよ」
「うわーん優しすぎる……!一太くん神……!」

    『ぴえん』のような顔で俺を崇める久遠さんからは昨日のキスの件が一切感じられない。この流れで1度踏み込んでおくべきかと、俺は両手を握って久遠さんの隣に腰かけた。

「昨日……スマブラで遊んだじゃないですか。負けたら飲んで質問答える罰ゲームつきの」
「うん、やったやった。なに聞かれてなに言ったか全然覚えてないけど」
「それで、久遠さん結構酔ってて……俺に抱きついてきたりしたじゃないですか」

    久遠さんの顔色を伺いながら話すと、久遠さんは目を見開いた。

「そ、そんなことマジでやってた……?」

    あ、これ覚えてないな。ヤバい墓穴掘った。
    動揺している久遠さんを見て本当になにも覚えてないんだと理解した俺は、急速に話をそらすべく咳払いをした。

「ま、まぁ別にイヤだったとかじゃないんで。結構酔ってたから二日酔い大丈夫かな~と思って」
「え、ホントに?俺もっと変なことしてなかった?」

    してたけど。
    俺には真実を伝えたあとの正しい対処がわからないので、真実から逃げた。

「全然ホント、平気っすよ」
「待って待って、平気ってことはやっぱなんかしたの俺」
「いや、何もないですよホントに。あ!シャワー浴びたかったら使ってください。バスタオルとか出しておくんで」

    久遠さんの追求を逃れようと目をそらして、シャワーを勧める。まだ何か聞きたげな久遠さんは身を乗り出して来た。

「俺、やらかしたならホントに言って……」

    ──リリリリ♪
    久遠さんが俺の腕を掴むと同時に、久遠さんのスマホが鳴った。チラッと画面を見て唇を少し噛むと「ごめん、マネージャーだ」とばつの悪そうな顔で立ち上がる。

「はい、お疲れ様です」
『お疲れ様です。休み明けの撮影の件で……』

    そこまで聞こえたが久遠さんが部屋を出ていったのでそれ以上はわからなかった。
    都合よく話も頓挫したし気持ちを切り替えて朝飯でも用意するかと、冷蔵庫を覗いて卵を取り出していたら部屋に久遠さんが戻ってきた。死んだ猫でも見たような顔で俺の卵を見つめている。

「どうかしました……?」
「明日からだった撮影、今日の午後からに変更になった。はぁ~あ!」
「うわぁ……お気の毒に」

    大きくて深いため息を吐く久遠さんはしゃがみこんでうなだれた。仕事になってしまったのは普通に気の毒だし可哀想だ。俺は卵をキッチンに置きながら食パンの在庫を確認した。

「まだ時間あるなら、シャワー浴びてる間に飯用意しときましょうか」
「えっいいの」

    がばりと音がしそうな勢いで久遠さんは顔を上げた。キラキラとした眩しい笑顔を可愛い、と思ってしまった。年上の成人男性に抱く感情が昨日の夜からバグり続けている。

「焼くか煮るかしかできない飯ですけど」
「いやマジでありがたい。スパダリじゃん。一太くんめちゃくちゃモテるでしょ」
「さすがに久遠さんに言われるとお世辞も冗談になりますね」
「嘘じゃないってば。俺だったら付き合いたいと思う」

    動揺して卵を落としそうになる。
    どういう意味ですか?と、昨日も聞けなかったことが頭の中に現れて消えていく。
    久遠さんを見ても何事もなくニコニコしていて、その笑顔からは真意が読み取れなかった。
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