隣人、イケメン俳優につき

タタミ

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友達

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  自分の部屋に芸能人が来ることなんて想像もしたことがなかったので、杉崎久遠がフローリングに置かれた古いクッションに座っている光景にはなかなか慣れなかった。

「氷どうぞ。鼻にあててれば止まると思います。あと消毒液もあるんで」
「ありがとう。清永さんて、もしかしてお医者さん?」
「はは、医者だったらそのクッション買い換えてますよ」

  俺がクッションを指差すと杉崎久遠は目線を下げて、クッションではなく斜め横に落ちていた紙を見た。
  さっき部屋を出るときに放り投げた『ミカエル・ドルネシア』の発注資料だ。

「俺の写真……じゃないですか?あれ」
「あー、はい。実は仕事で杉崎さんのことを知ったばかりで」

  鼻血が止まるまでの世間話にと資料を見せると、杉崎久遠は興味深そうに眺めた。

「……みかえる・どるねしあ?」
「ゲームで使うキャラクターの立ち絵発注資料で、芸能人のイメージが杉崎さんだったんです。あ、まだ世に出てないんでオフレコにしてください」
「へぇー!じゃ清永さんはイラストレーターなんですか、すごい!大学生とかかと思ってた」
「歳は学生みたいなもんなので」

  手放しに対面で誉められることに慣れていないので何だか気恥ずかしい。頬をかきながらむず痒さを感じていると、杉崎久遠は紙をひっくり返した。そこには俺が試行錯誤していたミカエル・ドルネシアのラフ──というか最早落書きがあって、慌てて紙を奪う。

「これは落書きなんで見ないでください……!」
「えーすごい上手いのに?俺が例にあがってても俺よりも全然イケメンですね、ミカエル」
「いや、杉崎さんの方がイケメンですよ」

  思ったままを伝えると杉崎久遠は「そんなことないですって。今なんてティッシュ鼻に突っ込んでるし」と笑って、ティッシュを外した。

「あ、血止まってる」
「よかった。じゃ次は口の傷、消毒しましょうか」

  資料をテーブルに退けて脱脂綿を消毒液で湿らせて渡す。杉崎久遠は素直に受け取ったが、脱脂綿を口の横に当てた瞬間硬直した。

「イッッてぇ!ウソ、めちゃくちゃしみる!」
「結構切れちゃってるみたいですね。ちゃんと消毒しないと膿んじゃうかも」
「いや無理、ムリだって!これホントに痛い……!」

  目を潤ませて首を振る姿は同情をそそるが、俺は心を鬼にした。商売道具の顔に跡が残ったりしたら大変なはずだ。

「それなら俺がやります。痛くてもちょっとの辛抱ですから」
「えっ!?いやでもそれはそれで怖いというか、ちょっと待って清永さん、あっ」

  脱脂綿を片手に顎を掴むと杉崎久遠は急に大人しくなる。観念の顔で俺を見上げた。

「いきますよ」
「~~ッ!イッ……!も、ダメダメ痛い!」
「暴れないでください……!」

  顎を掴む俺の手を剥がそうとしていた杉崎久遠の手は、消毒が終わる頃にはしがみつくようになっていた。半泣きで息をあげられると、俺が悪いことをしているようで居心地が悪い。
  それになんというか、半泣きのイケメンにしがみつかれると背徳感があって動揺した。

「ッはぁ…………終わった……?」
「えっと、あとは乾くの待って絆創膏貼れば終わりです」
「あ~よかった……しぬかと思った……。清永さん結構力強いですね」
「趣味が筋トレで。あ、もしかして掴むの痛かったり……」
「いやいや、消毒と比べたら何も痛くないですよ」

  脱力して壁にもたれかかって手をヒラヒラと振る杉崎久遠を横目に消毒液を片付ける。
  人懐っこい性格、というのだろうか。
  笑顔も性格も人の懐にするりと入り込んでくるようで、コミュニケーション力が高い。俺が知らない男に消毒されたら、終始黙って痛みに耐えているだろうし、わざわざ会話しようとしないだろう。なんなら痛みにキレて不機嫌になっていてもおかしくない。杉崎久遠の言動1つ1つが、杉崎久遠の人の良さを感じさせていた。
  出会ってからまだ1時間程度だが、正直彼が一方的に殴られていい理由があるとは思えない。
  俺は嫌な話を蒸し返すために杉崎久遠に近づいた。

「それで……やっぱり警察には連絡したくないですか」

  脱力していた杉崎久遠は俺の方に目だけ向けて数回瞬きをする。沈黙を経て、壁から身を起こした。

「……うん。いろんな人に迷惑かけるし、俺も悪いとこあるし。もちろん、清永さんには感謝してますよ」
「警察に言わないとしても、顔の怪我は仕事で追及されません?」
「うーんまぁ、今までこけたって言っとけば平気だったし。それに明日から数日オフだから治るかなって」

  虐待されてる子供が言いそうな言葉に俺は困ってしまった。
  深追いすべきか、絆創膏でも渡してこれっきりにすべきか。一瞬悩んで、俺は杉崎久遠が着ているシャツを掴んだ。

「えっ、なに」
「腹も怪我してますよね。もしかしたらそれ以外にも」

  アザが見えた箇所をシャツの上から手のひらで押さえるとビクリと身体が震えた。

「またこういうことがあったら、俺はあの西野って人を通報します。流石に2度あったらスルーできません」

  素人の手当てしか施せない俺より、警察の方がはるかに頼りになる。迷惑だと批判されてもやめる気はない。他人事で片付けられるほど俺は都会的な人間じゃないのだ。
  杉崎久遠は黙って俺を見つめ返していて、やがて「優しいですね」と呟いた。

「友達になってくれません?」
「え、はい?」

  予想していた言葉とは全く違うことを言われて、俺は真剣な表情のまま裏声を出した。

「西野も俺に別の友達ができれば察するというか、多少距離を作るきっかけになると思うんですよ。それに清永さんイイ人だし、西野のことがなくても普通に友達になりたいなって」
「あー、なるほど……?」

  理解が追い付いていないだけの俺の相槌を肯定と受け取ったらしい杉崎久遠は、急に軽やかな雰囲気をまとって俺に笑顔を近づけた。

「それじゃ一太くんって呼んでいい?一太くんも俺のこと名前で呼んで」
「えっ、えーっとじゃあ、久遠さんて呼びます……?」
「久遠くんでも久遠でもいいよ。あと敬語もやめてタメ語にしようよ。あ、そうだ」

  展開についていけない俺が曖昧に返すうちに、杉崎久遠──ではなく久遠さんは、ズボンからスマホを取り出した。

「はい、これLINEのコード」
「あ、LINEの……?」
「IDのがよかった?」
「あ、いやコードで、大丈夫です」

  相変わらず曖昧な返答をしながら流されるまま俺はコードを読み取った。杉崎久遠が微笑むアイコンの『Sugisaki Kuon』というアカウントが表示される。
  俺のLINEに芸能人が初めて追加された瞬間だった。
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