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御厨涼真

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 颯がホテルを転々とするようになって数週間。
 仮釈放された吉岡が現れることはなく、緊張感がありながらも日常に近い状況が続いていた。
 颯は吉岡の件を伝えられたあの夜以降、涙どころか辛い表情すら見せなかった。

『許してにゃんにゃん♡許してにゃん♡』
「ダハハハッ!!」

 通常通りに仕事をこなすJETは、現在SNS用の動画を撮影している。俺がネコ語の曲に合わせてぶりっこな振り付けをやると、撮影していた颯がおじさんのような声で爆笑した。綺麗な顔をしてガサツな笑いというギャップはファンが好むので、この動画が採用だろうと思いながら俺はにゃんにゃん振り付けをやり終える。

「本当にリョウマはぶりっこ似合わないな」
「頼さん、まず俺の頑張りを褒めてください」
「ハハッフハッ、に、にゃんにゃアハハハッ」
「ハヤテは笑い過ぎだから」

 未だに笑い続ける颯の肩を叩くと、颯が笑ったまましなだれかかってくる。
 『気まずいのはやめたい』とお願いしたことで、颯との距離感は以前のように戻りつつあった。ありがたい反面、当然今も颯を好きなので勝手に苦しくなる胸を叩いて直す。

「次ジョーだよ」
「リョウマでウケてるけど、普通に俺のほうがキツイだろこれ」
「ジョーさんは悪い目つきやめれば、ちゃんと可愛い顔だからイケるよ」
「フン、どうせ俺は可愛くないッスよ……」

 丈さんは背が大きくて無愛想なので目立たないが、俺より可愛いが似合う顔だ。そもそも人工的な可愛さが圧倒的に似合わないのは俺だ。何度もアイドル顔じゃないと悪意なくネットに書かれてきた。
 それは重々わかっているので冗談で拗ねてみただけだったが、拗ねついでに壁際でスマホをいじっていたら颯がいつの間にか隣にいた。壁際にはお菓子コーナーがあったので、食べに来たのかと思って特に反応せずにいると、つんと服の裾を引かれた。

「リョウマ」
「なに?」
「リョウマはさ、あの~、可愛いよ」
「え?」

 こっそりといった調子で颯が囁いてきて、俺の口は半開きになった。

「俺はお前が可愛いからこそ、笑ってたんだし……。だから怒るなよ」

 突然のデレにびっくりするだけで忙しくて、俺は『可愛い』と褒めてもらえたことに反応できなかった。

「いやてか、全然怒ってないよ」
「ウソ言うな。傷ついた顔してた」

 アイドルとして可愛いが似合わないことを100%気にしていないと言えば嘘になるが、こんな繊細な気遣いは初めてだった。

「ハヤテどうしたの。前はこのくらいのこと気にしてなかったくせに」

 歯に衣着せぬ、という言い合いをしあって仲が悪くならないのがJETだ。顔が綺麗なだけで普通に男の集団なので、普段から大してデリカシーはない。
 颯は俺を見てから視線を外すと、少し気恥しそうにした。

「……だって、気まずい原因作るの嫌だから」

 また颯はチラッとこちらを見る。

「…………」

 昔だったら可愛いだのなんだのと大声を出していたと思うが、俺は失恋後に自制心の塊となっていたので我慢できた。

「おい、ハヤテ。リョウマとイチャついてないで撮影手伝え」
「イチャついてないですけど~?」

 俺が我慢のためにグッと奥歯を噛んでいる間に、丈さんが手招きしながら言って、颯は肩をすくめて俺の前から去っていった。
 颯の後ろ姿を見つめていると、すれ違うようにやってきた頼さんが俺の目の前で止まる。

「呆けてるとこ悪いけど」
「ほ、呆けてないですよ」

 俺が真顔に表情を戻すと、頼さんが少し顔を寄せてきた。

「ハヤテ、大丈夫そう?」
「普通そうにしてますけど、どうですかね……」

 吉岡が不審な動きを見せることもなく話題にもならないし、颯は表面上なら至って普通だった。

「今日ハヤテと泊まるのリョウマだよな」
「あ、そうです」

 俺は単独仕事が多いこともあってなかなかスケジュールが合わず、ハヤテと泊まるのは久しぶりだった。

「お前泊まり担当少ないから知らないかもだけど、ハヤテあんま寝れてなさそうなんだよ」
「えっ、そうなんですか」

 頼さんの顔には不安が現れていた。

「ちょっと気にかけてみてほしい。リョウマ相手ならハヤテも素直になるだろうから」

 俺は頷きながら、頼さんの向こう側にいる颯を見た。
 翔太郎さんを撮影する颯は、ただ楽しそうに見えた。
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