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御厨涼真

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  JETの事務所は、都内の一等地に建っている。
  去年建て替えられたばかりの新家屋は、有名な建築家がデザインしたとかで洗練された外観だ。
  しかし1番力を入れているのは見た目ではなくセキュリティで、どの入り口にも警備員が配置され、来客が入れるエリアはごく一部に限られる。社員も入館するには二段階認証が必要だった。
  元から予定されていたものではなく、ハヤテの事件があって急遽セキュリティを増やしたらしいのでかなり付け焼き刃だが、あるだけでもハヤテが安心していそうだったのを覚えている。
  何室もある会議室のうち、事務所幹部と幹部候補マネージャー、そしてJETメンバーしか入ることのできない最上階の角部屋で、俺は焦燥を噛み殺していた。

「つまり、今週には吉岡は仮釈放になるってことなんですか?」

  マネージャーからの説明を一通り受けて、頼さんが確認を述べる。

「ああ。決定事項だ」
「は、ありえねー……」

  静かにうなずくマネージャーの横で、丈さんが口許を歪ませて呟いた。
  ずっと無表情の翔太郎さんは21時過ぎの時計を見ながら「意味わかんないね」と、誰に向けたわけでもなく言う。
  重苦しい空気が会議室に充満していた。

「納得行かないのはわかる。はっきり言って胸くそ悪いし最悪だ。だが、俺たちが吉岡の出所を阻む手だてはない」

  何かしなきゃと焦るだけで何もできない自分が悔しくて、ただ両手を握りしめる。

「服役中の態度がいいと、ホントにさっさと出てこれるんですね。ドラマだけの話かと思ってました」

  頼さんが淡々と言って、それで会話が途切れる。
  ここで何を批難しても、どうにもならないことを全員がわかっていた。それゆえ重い沈黙があった。

「とにかく最優先は立花だ。立花に危険が及ばないように全力を尽くす。だから協力してほしい」

  マネージャーが頭を下げて、「それはもちろん」と頼さんが俺たちの総意として受け答える。脱力するように椅子に座っていた丈さんが、身体を起こしてマネージャーを見た。

「具体的にはどうするんです。何か起きない限り警察は動いちゃくれませんよ」
「まず立花がひとりになることがないよう、必ずメンバーの誰かとスケジュールを合わせる。立花がトイレに行くときでも、出来る限り同行してほしい。事務所としては移動時のボディガード増員とスケジュール共有の最小限化を行い情報漏洩を防ぐ」

  狂信的なファンというのは恐ろしいもので、JETが泊まるホテルも乗る飛行機も行く店も把握しているし、電話番号が出回ったこともある。ファンの情報網から逃れるのは至難の技で、事務所がどう頑張ろうと何らかの情報漏洩は起きてしまうだろう。

「寮の場所は一部のファンにバレてるし、ハヤテちゃんが寝泊まりするところ変えた方がいいんじゃないですか」

  翔太郎さんが提案し、同意見だったので俺はマネージャーを見て頷いた。

「それについても協力してほしいと思ってる。立花にはしばらく都内のホテルを転々とさせる。その際、1人以上のメンバーに立花と泊まってもらいたい」

  JETにはその頼みを嫌がるメンバーなどいない。
  しかし、それでハヤテが安全と言えるのかはわからなくて、みんなの反応は頷くにとどまった。

「スケジュール諸々、詳しくは決まってから伝える。他になければ解散にする」
「あの、ハヤテには全部伝えるんですか?仮釈放について」

  俺はやっとそう発言した。
  この会議室に来てから、初めて口を開いた。

「隠すのは悪手だ。トラブってからじゃ遅い。立花にはこれから話す予定だ」
「俺も──俺たちもいる場で話してくれませんか」

  ハヤテがひとりで辛い話を聞くのは避けたくて、前のめりになっていた。頼さんの手が落ち着かせるように俺の背に触れるのがわかる。
  マネージャーは少し考える仕草をしてから腕時計を見た。

「立花の仕事は22時〆で、俺が迎えに行くことになってる。集まれるなら、寮に23時集合で」
「わかりました」

  俺の代わりに頼さんが答えて、丈さんと翔太郎さんが立ち上がる。

「俺はもう寮行くわ」
「僕も。ハヤテちちゃん待たせたくないし。ライとリョウマは?」
「俺たちも一緒に行く。な?」

  頼さんの伺いに頷きながら、吉岡の件を聞いた颯がどんな顔をするだろうという暗い想像に、俺の意識は使われていった。
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