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御厨涼真

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「リョウマ、今日どうしたん?」

  ぽん、と頭の上に手を置かれて、俺は顔を上げた。
  前髪を結んだ翔太郎さんが首をかしげて立っている。

「え……いや、別になにも」

  目線を床に戻しながら言うと、翔太郎さんは俺に並ぶように練習室の床に座った。

「誤魔化すなよ~。簡単なフリ、何度も間違えるなんて普段のリョウマならないじゃん」

  翔太郎さんの言葉に、頼さんとトイレから戻った後、先程まで行われていた練習で凡ミスを繰り返したことが思い出される。
  顔を翔太郎さんに向けると、その後ろで頼さんが颯と丈さんを連れて練習室を出ていくのが見えた。休憩中は颯と俺を別の場所にいさせようという配慮を感じて、俺は感謝と申し訳なさを感じる。

「……ちょっとあのフリ苦手で」
「あんなフリ、リョウマにとって苦手もなにもないやつでしょ」

  肩をすくめる翔太郎さんは、茶化してるようで真剣な目をしていた。

「せっかく買ったアイスも、結局全然食べてなかったし。ジョーはアイスもらえて嬉しそうだったけどさ」

  トイレから戻った後は食欲なんてなくなってしまっていて、俺はコンビニで買ったアイスをほとんど丈さんにあげていた。

「……なんか、なんていうか、気持ちが下がってて。すみません、切り替えます」

  翔太郎さんに頭を下げると、彼は前髪を縛っていたゴムを取って頭を振った。

「あー詰めたみたいになってごめん。無理はしなくていい。僕に話せることあるなら相談乗るよって言いたかったの」

  翔太郎さんは俺の頭を撫でてくる。
  今日は颯とのことが頼さんに露見して、そのことで頭がいっぱいだった。今は『今日中に颯から肉体関係の解消を言い渡される』という予定に胸がざわついて練習に全然集中できていない。

  本当に、今は気持ちを切り替えないと。

  そう思って、颯の件がなければ1番頭を悩ませていたであろう仕事の悩みを、翔太郎さんに話そうと決めた。

「そしたら、1個相談いいですか」
「おっ、いいね。なんでも言ってよ」
「今回のダンスって、セクシー系でジャンル的に絶対ショウタロウさんの方が映えるじゃないですか」
「え~リョウマに褒められるなんて嬉しい。俺こう見えて過激なダンス得意だからねっ」

  翔太郎さんはわざと元気に言ってピースを作る。
  顔が甘くて可愛いから『可愛いアイドル』をやっているだけで、翔太郎さんはいかにも可愛いダンスよりヒップホップや刺激的なフリが得意だ。表情や仕草で色気を出すのは、翔太郎さんの方が俺よりもずっと上手い。

「間奏の目立つダンスパート、俺とハヤテでやることになってますけど、いいんですかね。ハヤテがやるのはわかるんですよ、あいつセクシー担当の肩書きあるし。でも、一緒に出るのが俺ってどうなのかなって思ってて。ショウタロウさんの方が技術的にも相応しいというか」
「うわぁ、すごい優しい悩み」

  翔太郎さんは鼻にシワを寄せて首を振った。

「リョウマは優しすぎるよ。前から言ってるけど、アイドル業には切っても切り離せないメンバー人気ってのがあるわけ」

  デビュー間もない頃は、JETにはセンターが固定されておらず曖昧だった。華々しい結果を残せないJETのテコ入れに躍起になった事務所が、メンバーの人気とスキルを残酷なまでに再三分析し、結果として平等に近かったパート割に格差が生まれて、俺が固定のセンターになった。
  その後JETは飛躍的に売れ始めたのだから、事務所の采配は正しかったと言えるのかもしれない。でも、いまだに俺がセンターで良いのかはわからなかった。

「昔は嫌ってほど突き付けられてたでしょ、グッズの売り上げ順位とか。今は俺たちがまとめて十二分に売れてるから、事務所も焚き付けるようなことしてこないけどさ。それでも昔からお前かハヤテが1番人気なのは変わらない。不動だよ」

  翔太郎さんはお手本のようなアイドルをやっているけど、1番現実的でアイドルという存在を俯瞰で見ている。

「俺が運営だったとしても、盛り上がるダンスは2トップのハヤテとリョウマにさせる。このくらいのことじゃ不公平とも思わないし、そもそも公平ならいいってわけでもない」
「……ショウタロウさんはほんと、大人ですね」

  俺が呟くと、翔太郎さんは俺の背中を叩いた。

「リョウマの課題は自信を持つこと。もっと自信持って堂々としてな」

  肩を掴まれて揺らされる。こうして励ましてくれる存在をありがたく思って、俺は翔太郎さんに「……はい」と微笑みを返した。

「でもさ正直その2人のパート、休憩終わってからずっと噛み合ってなかったよね。ハヤテとなんかあったんでしょ」

  突然翔太郎さんが芯を食ったことを言って、俺は微笑みのまま固まった。
  言い淀む俺を、翔太郎さんは笑顔で見つめていた。
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