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フィル
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バートさんが人を好きになったことがないのは本当なんだろう。ウォルトさんと女を買っただのという話は聞いたことがあるが、真剣な色恋沙汰のイメージはまったくない。
「つまり、なんというか。娼婦との違いを言えば、好きな人とはセックスしたいだけじゃないんですよ。もちろん性欲は付き物ですけど、好きっていうのは、一緒にいたいと思う段階がまずあって。それから大切にしようっていう、他の人とは違う特別な気持ちを抱くんです」
「ふーん、特別な気持ちを」
わかったような、わかってないような声でバートさんが相槌を打つ。俺は恥ずかしさを拭いきれないままだったが、とにかくきっちり言葉にしようと決めて、バートさんに初めて会った時を思い出した。
「オレがバートさんの何が好きなのか、ですが。オレ、実は組織に入る前に街でバートさんと会ってるんです。抗争か何かで銃撃戦が始まって、オレ巻き込まれちゃって。逃げるオレを撃とうとした男を止めてくれた人がいて、それがバートさんでした」
普通に一般人として冴えない人生を送っていた俺にとって、銃撃戦に巻き込まれた上に助けてもらったというのは今後も代えがたい最大のイベントだった。助けてくれた人がとてもかっこよく見えて、その後忘れられなくなってしまったのも仕方のないことだ。
「また会いたいと思って、探したんです。それで色々調べるうちにバートさんがマフィアだと知りました。組織の人間と接触したら、部外者が探るなと釘さされたので、内部の人間になるしかないかと思って、それで」
お前みたいなのはすぐ死ぬぞなどとめちゃくちゃ言われながら組織に入った。実際仕事はハードどころか常に命の危険がつきまとうし、バートさんは組織の殺しを一手に担う特殊なポジションで俺のような下っ端と一緒に仕事などしないし、なかなかうまくいかなかったがそれでも俺は死なないうちに気持ちを伝えられただけ嬉しかった。
「お前、まさか俺に会うためにウチ入ったのか?バカじゃねえの」
「バッ、そんな言い方しなくても……!一大決心だったんですよ!」
「だってバカだろ。ちゃんと堅気でいろよ、マフィアなんてなりたくてなるもんじゃない」
バートさんの言い方は真剣で、俺は大きく言い返すことができなくなる。ただの非情なマフィアではない、こういう隠しきれない人間味を知ってしまうと、どんどん抜け出せなくなる。
「……でも、そしたらオレはバートさんと会えなかったしこうして話すこともできなかったので……後悔はしてません。俺は、どうしてもバートさんに会いたかったんです。死んでもいいと思って組織入りしました。つまりええっと、結局バートさんの何が好きかというと、正直全部好きですけど、1番はオレみたいなやつの命を助けてくれた人柄が好き、です」
今だってバートさんに会えたことと引き換えに死んでもいいと思っている。バートさんに会える日々は、そのくらいかけがえのないものだ。
俺が思いの丈を伝えきって黙ると、頬杖をついていたバートさんに頭を小突かれた。
「いや重いな、お前」
「今の聞いて一言目それですか!?」
頭を押さえた俺に、バートさんは少し口元を緩める。
「正直オレにはお前ほどの気持ちはねえけど、お前が殺されたらちゃんと報復してやる。そのくらいの気持ちはある」
「え……」
バートさんの『そのくらいの気持ち』は、俺にとってはとても大きいものだった。
(俺、殺されたらバートさんに報復してもらえるんだ)
俺のためにそんなことをしてくれる人なんて、誰もいなかった。あのバートさんが、俺のために。
「う、嬉しいです……」
「お前を殺したやつはお前の墓の前に飾ってやるよ」
物騒なことを楽しげに言ったバートさんは、機嫌が良さそうだ。
「じゃあ、オレは本当に付き合ってもらえるんですね……?」
「最初からそう言ってるだろ。もう疑うなよ、ダリィから」
「あ、ありがとうございます……ほんと嬉しいです、ほんとに」
暴れそうなくらい喜びを感じていたが、この場での適切な表現方法が分からない。感情の行き場をなくして自分の腕を掴んでいると、バートさんが座り直して俺の顔を覗いた。
「お前さ、なんでいつもマスクしてんの」
「ああ、オレ口に傷があるじゃないですか。昔怪我した傷なんですけど、それ隠せるんで──」
「あ~、この傷か」
俺のマスクを雑に剝いで、バートさんは傷跡を撫でた。口の端から顎下まで伸びる跡は、昔抗争相手にナイフで切られたものだ。傷は深く、生々しい跡がいまだに残ってしまっている。
バートさんは口端から指を滑らせて、唇に触れた。反射的に心臓が脈打つ。
「傷見えてたほうが男らしくていいだろ。これからはマスクするなよ」
「いやでも傷、気持ち悪くないですか。結構グロいし」
「グロくねえよこんなの。普通にキスしにくいからやめろ」
「えっ、はい、すみませ──」
言いかけていた唇が塞がれた。2、3度弱く食むようにしてからバートさんは離れていったが、俺は終始目を開いたまま固まっていた。こんな公の場でキスされるとは思わなくて、動けなかった。
「お前照れすぎだろ。今更このくらいのことで」
「いや、だって、照れるしかないじゃないですかっ……」
熱い顔を手で押さえる俺を、バートさんはしばし見つめた。
「……飯行くって言ったが、やっぱ戻るか」
「あっはい。ドンに仕事の報告しないとですもんね」
「は?」
「え?」
バートさんが目を大きくして、それを見て俺も目を大きくした。驚き顔のバートさんは少し幼い感じが出て、新鮮で貴重だなとか思っているうちにバートさんの顔から可愛げは消え、不味いものでも食ったような顔になった。
「なんでジジイに会わねえとなんだよ。お前とヤるからに決まってんだろ」
「え!?あ、マジですか……!?」
思ってもみない決定に、収まっていた顔の熱さが一気に戻ってくるのを感じた。付き合ってもいいと言われ、キスしてもらえて、さらにセックスまでできるなんて俺に都合が良すぎる。今日が命日なのかもしれない。
「嫌なら今言えよ」
「いいい、嫌じゃないです……!全然、あの、お願いします……!」
俺は何度も頷いて、焦る手でハンドルを握った。何分で屋敷につくか、このあと仕事はなかったか、目まぐるしく考えながらアクセルを踏み込んだ。
「つまり、なんというか。娼婦との違いを言えば、好きな人とはセックスしたいだけじゃないんですよ。もちろん性欲は付き物ですけど、好きっていうのは、一緒にいたいと思う段階がまずあって。それから大切にしようっていう、他の人とは違う特別な気持ちを抱くんです」
「ふーん、特別な気持ちを」
わかったような、わかってないような声でバートさんが相槌を打つ。俺は恥ずかしさを拭いきれないままだったが、とにかくきっちり言葉にしようと決めて、バートさんに初めて会った時を思い出した。
「オレがバートさんの何が好きなのか、ですが。オレ、実は組織に入る前に街でバートさんと会ってるんです。抗争か何かで銃撃戦が始まって、オレ巻き込まれちゃって。逃げるオレを撃とうとした男を止めてくれた人がいて、それがバートさんでした」
普通に一般人として冴えない人生を送っていた俺にとって、銃撃戦に巻き込まれた上に助けてもらったというのは今後も代えがたい最大のイベントだった。助けてくれた人がとてもかっこよく見えて、その後忘れられなくなってしまったのも仕方のないことだ。
「また会いたいと思って、探したんです。それで色々調べるうちにバートさんがマフィアだと知りました。組織の人間と接触したら、部外者が探るなと釘さされたので、内部の人間になるしかないかと思って、それで」
お前みたいなのはすぐ死ぬぞなどとめちゃくちゃ言われながら組織に入った。実際仕事はハードどころか常に命の危険がつきまとうし、バートさんは組織の殺しを一手に担う特殊なポジションで俺のような下っ端と一緒に仕事などしないし、なかなかうまくいかなかったがそれでも俺は死なないうちに気持ちを伝えられただけ嬉しかった。
「お前、まさか俺に会うためにウチ入ったのか?バカじゃねえの」
「バッ、そんな言い方しなくても……!一大決心だったんですよ!」
「だってバカだろ。ちゃんと堅気でいろよ、マフィアなんてなりたくてなるもんじゃない」
バートさんの言い方は真剣で、俺は大きく言い返すことができなくなる。ただの非情なマフィアではない、こういう隠しきれない人間味を知ってしまうと、どんどん抜け出せなくなる。
「……でも、そしたらオレはバートさんと会えなかったしこうして話すこともできなかったので……後悔はしてません。俺は、どうしてもバートさんに会いたかったんです。死んでもいいと思って組織入りしました。つまりええっと、結局バートさんの何が好きかというと、正直全部好きですけど、1番はオレみたいなやつの命を助けてくれた人柄が好き、です」
今だってバートさんに会えたことと引き換えに死んでもいいと思っている。バートさんに会える日々は、そのくらいかけがえのないものだ。
俺が思いの丈を伝えきって黙ると、頬杖をついていたバートさんに頭を小突かれた。
「いや重いな、お前」
「今の聞いて一言目それですか!?」
頭を押さえた俺に、バートさんは少し口元を緩める。
「正直オレにはお前ほどの気持ちはねえけど、お前が殺されたらちゃんと報復してやる。そのくらいの気持ちはある」
「え……」
バートさんの『そのくらいの気持ち』は、俺にとってはとても大きいものだった。
(俺、殺されたらバートさんに報復してもらえるんだ)
俺のためにそんなことをしてくれる人なんて、誰もいなかった。あのバートさんが、俺のために。
「う、嬉しいです……」
「お前を殺したやつはお前の墓の前に飾ってやるよ」
物騒なことを楽しげに言ったバートさんは、機嫌が良さそうだ。
「じゃあ、オレは本当に付き合ってもらえるんですね……?」
「最初からそう言ってるだろ。もう疑うなよ、ダリィから」
「あ、ありがとうございます……ほんと嬉しいです、ほんとに」
暴れそうなくらい喜びを感じていたが、この場での適切な表現方法が分からない。感情の行き場をなくして自分の腕を掴んでいると、バートさんが座り直して俺の顔を覗いた。
「お前さ、なんでいつもマスクしてんの」
「ああ、オレ口に傷があるじゃないですか。昔怪我した傷なんですけど、それ隠せるんで──」
「あ~、この傷か」
俺のマスクを雑に剝いで、バートさんは傷跡を撫でた。口の端から顎下まで伸びる跡は、昔抗争相手にナイフで切られたものだ。傷は深く、生々しい跡がいまだに残ってしまっている。
バートさんは口端から指を滑らせて、唇に触れた。反射的に心臓が脈打つ。
「傷見えてたほうが男らしくていいだろ。これからはマスクするなよ」
「いやでも傷、気持ち悪くないですか。結構グロいし」
「グロくねえよこんなの。普通にキスしにくいからやめろ」
「えっ、はい、すみませ──」
言いかけていた唇が塞がれた。2、3度弱く食むようにしてからバートさんは離れていったが、俺は終始目を開いたまま固まっていた。こんな公の場でキスされるとは思わなくて、動けなかった。
「お前照れすぎだろ。今更このくらいのことで」
「いや、だって、照れるしかないじゃないですかっ……」
熱い顔を手で押さえる俺を、バートさんはしばし見つめた。
「……飯行くって言ったが、やっぱ戻るか」
「あっはい。ドンに仕事の報告しないとですもんね」
「は?」
「え?」
バートさんが目を大きくして、それを見て俺も目を大きくした。驚き顔のバートさんは少し幼い感じが出て、新鮮で貴重だなとか思っているうちにバートさんの顔から可愛げは消え、不味いものでも食ったような顔になった。
「なんでジジイに会わねえとなんだよ。お前とヤるからに決まってんだろ」
「え!?あ、マジですか……!?」
思ってもみない決定に、収まっていた顔の熱さが一気に戻ってくるのを感じた。付き合ってもいいと言われ、キスしてもらえて、さらにセックスまでできるなんて俺に都合が良すぎる。今日が命日なのかもしれない。
「嫌なら今言えよ」
「いいい、嫌じゃないです……!全然、あの、お願いします……!」
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