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フィル
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固まる俺を前に、バートさんは血を拭いたタオルをダッシュボードに乗せてからこちらを見た。
「お前、喜ばねえのかよ」
バートさんの顔には『つまんねー』と書いてある。
「っあ、いやだって、付き合ってもいいって、マジすか」
「うん」
俺が手をわちゃわちゃ動かしながら確認すると、あっさり肯定したバートさんは俺が取り出しかけていた水を奪って飲む。
(マ、マジなんだ……付き合ってもいいんだ……)
また固まってしまった俺に、バートさんは「でもな」と言って飲み終わったペットボトルを投げ渡した。
「オレは組織外はもちろん、組織内にも敵が多い。オレの相手をするってことは、いつ誰に殺されてもおかしくないってことだ。恋人なんて、オレへの当てつけで殺すには最適な存在だからな」
バートさんに敵が多いのは本当だ。組織外はもちろん、身内にも敵は大勢いる。ドンに気に入られているし、アメリカ系だし、誰にも媚びないし、殺しは仲間にも容赦なく徹底的だからだ。今まで何度も暗殺を仕掛けられているのは有名な話で、バートさんがちょっと可愛がっていた野良猫ですら殺されて、しばらく不機嫌だったのも見たことがある。
「それでもオレがいいのか?」
バートさんは、純粋に俺に問うていた。本当にそれでも俺がいいのかと、不思議に思っているようにも見えた。
「……オレは、元々いつ死んでもおかしくないくらいの雑魚です。バートさんの恋人として死ねるなら……幸せです」
これはまた告白しているようなものなので、照れてしまって声が小さくなる。でも、俺の本心だった。今のまま死ぬより、バートさんの恋人として死ぬ方が何倍もいい。幸福な、人生のハイライトだ。
どう思ったかと恐る恐るバートさんを見ると、目が合う前にバシッと頭を叩かれた。
「いたっ!」
「んだよそれ。お前顔だけじゃなくて性格も幸薄い男だよなホントに」
バートさんは少し笑っていた。いつも無表情な人の笑顔は、俺の心を強く揺さぶる。
「じゃ、付き合うか」
続いた言葉に、既にドキドキしてしまっている心臓がギュッと締まった。今度は聞き間違いか確認せずとも意味はわかる。それでも俺は落ち着きなくバードさんを見たり見なかったりしながら、震える声を出した。
「い、いいんですね?ほんとに。あの、やっぱなしとか言われたら死にたくなるんで、冗談なら今言ってほしいです。ほんとに。ほんとに……!」
「疑い深えな、嘘じゃねえって」
声だけじゃなくて拳も震わせる俺に、バートさんは肩をすくめた。
ということは、どうやら本当に俺たちは、今から恋人らしい。何も実感がなくて、嬉しさと信じられなさが拮抗していた俺は、聞かなくてもいいことを思いついてしまった。
「すみません、そもそも、なんですけど。バートさんはオレのこと好きなんですか……?」
少し驚いたように俺を見たバートさんは、眉を寄せて腕を組んだ。
「あ~……好き、かぁ。そう聞かれるとなんとも。でもなんかヤレたし、そういう意味では──」
「あっ、別に感情なくてもいいです!身体だけの関係でも十分なんで!変なこと聞きましたすみません!」
これ以上深く考えられたら「好きじゃねえな、やっぱ付き合うのやめるわ」とバートさんがすんなり言う未来が見えて、俺は大慌てで話を終わらせようした。しかしバートさんは騒ぐ俺を無視して、考え続けている。
「なんつーか……ないわけじゃない。なんか感情があるっぽい気がする。たぶん」
「な、なるほど。でもあの、もう大丈夫です。ご飯食べに行きましょう!」
「人好きになったことねえんだよな。だから正直よくわからない」
バートさんは俺を無視しながら眉を寄せていたが、ふと思いついたように俺を見た。
「そうだ、お前は?俺の何が好きで、好きになってんだよ」
『頭痛が痛い』のような、なんとなく違和感を感じる文法でバートさんは聞いた。その表情からは、目の前に恋愛感情の手本がいるから聞けばいいんだという純粋な閃きを感じる。俺はそんなことを面と向かって聞かれるのが普通に恥ずかしくて、「え、ええ……?」と目を泳がせた。バートさんといると恥ずかしいことが多い。
「好みのやつを買うのとは違うんだろ」
「そ、それは全然違いますけど……」
「お前、喜ばねえのかよ」
バートさんの顔には『つまんねー』と書いてある。
「っあ、いやだって、付き合ってもいいって、マジすか」
「うん」
俺が手をわちゃわちゃ動かしながら確認すると、あっさり肯定したバートさんは俺が取り出しかけていた水を奪って飲む。
(マ、マジなんだ……付き合ってもいいんだ……)
また固まってしまった俺に、バートさんは「でもな」と言って飲み終わったペットボトルを投げ渡した。
「オレは組織外はもちろん、組織内にも敵が多い。オレの相手をするってことは、いつ誰に殺されてもおかしくないってことだ。恋人なんて、オレへの当てつけで殺すには最適な存在だからな」
バートさんに敵が多いのは本当だ。組織外はもちろん、身内にも敵は大勢いる。ドンに気に入られているし、アメリカ系だし、誰にも媚びないし、殺しは仲間にも容赦なく徹底的だからだ。今まで何度も暗殺を仕掛けられているのは有名な話で、バートさんがちょっと可愛がっていた野良猫ですら殺されて、しばらく不機嫌だったのも見たことがある。
「それでもオレがいいのか?」
バートさんは、純粋に俺に問うていた。本当にそれでも俺がいいのかと、不思議に思っているようにも見えた。
「……オレは、元々いつ死んでもおかしくないくらいの雑魚です。バートさんの恋人として死ねるなら……幸せです」
これはまた告白しているようなものなので、照れてしまって声が小さくなる。でも、俺の本心だった。今のまま死ぬより、バートさんの恋人として死ぬ方が何倍もいい。幸福な、人生のハイライトだ。
どう思ったかと恐る恐るバートさんを見ると、目が合う前にバシッと頭を叩かれた。
「いたっ!」
「んだよそれ。お前顔だけじゃなくて性格も幸薄い男だよなホントに」
バートさんは少し笑っていた。いつも無表情な人の笑顔は、俺の心を強く揺さぶる。
「じゃ、付き合うか」
続いた言葉に、既にドキドキしてしまっている心臓がギュッと締まった。今度は聞き間違いか確認せずとも意味はわかる。それでも俺は落ち着きなくバードさんを見たり見なかったりしながら、震える声を出した。
「い、いいんですね?ほんとに。あの、やっぱなしとか言われたら死にたくなるんで、冗談なら今言ってほしいです。ほんとに。ほんとに……!」
「疑い深えな、嘘じゃねえって」
声だけじゃなくて拳も震わせる俺に、バートさんは肩をすくめた。
ということは、どうやら本当に俺たちは、今から恋人らしい。何も実感がなくて、嬉しさと信じられなさが拮抗していた俺は、聞かなくてもいいことを思いついてしまった。
「すみません、そもそも、なんですけど。バートさんはオレのこと好きなんですか……?」
少し驚いたように俺を見たバートさんは、眉を寄せて腕を組んだ。
「あ~……好き、かぁ。そう聞かれるとなんとも。でもなんかヤレたし、そういう意味では──」
「あっ、別に感情なくてもいいです!身体だけの関係でも十分なんで!変なこと聞きましたすみません!」
これ以上深く考えられたら「好きじゃねえな、やっぱ付き合うのやめるわ」とバートさんがすんなり言う未来が見えて、俺は大慌てで話を終わらせようした。しかしバートさんは騒ぐ俺を無視して、考え続けている。
「なんつーか……ないわけじゃない。なんか感情があるっぽい気がする。たぶん」
「な、なるほど。でもあの、もう大丈夫です。ご飯食べに行きましょう!」
「人好きになったことねえんだよな。だから正直よくわからない」
バートさんは俺を無視しながら眉を寄せていたが、ふと思いついたように俺を見た。
「そうだ、お前は?俺の何が好きで、好きになってんだよ」
『頭痛が痛い』のような、なんとなく違和感を感じる文法でバートさんは聞いた。その表情からは、目の前に恋愛感情の手本がいるから聞けばいいんだという純粋な閃きを感じる。俺はそんなことを面と向かって聞かれるのが普通に恥ずかしくて、「え、ええ……?」と目を泳がせた。バートさんといると恥ずかしいことが多い。
「好みのやつを買うのとは違うんだろ」
「そ、それは全然違いますけど……」
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