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フィル
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バートさんと寝てから、1カ月ほど経った。
あのバートさんと関係を持つなんて思ってもみなかったので、しばらく俺は都合のいい夢を見たんだと思っていた。
「よ、愛人ちゃん。何してんだよここで」
長身の男前──ウォルトさんが俺に向けて手を振りながら狭い路地を歩いてくる。
バートさんが俺と寝たことはウォルトさんに筒抜けのようで、彼に「愛人ちゃん」と呼ばれるようになってやっと、そんなポジションになれたのかと実感が沸いたのだった。
「ウォルトさんとバートさんをお迎えに来ました。抗争で車壊されたって」
「あ~なるほど。オレ今から別件で移動になったからバートさんだけ連れて帰ってくれればいいよ。あっちで死体の山に座って休憩してるから」
路地の向こう側を指さしてから、ウォルトさんは俺の肩に手を置いた。
「てかさぁバートさんと最近どうなの。お盛んか~?」
「えっ。えーっと、あはは」
期待に満ちた野次馬顔のウォルトさんから俺は目をそらす。
実はバートさんと寝た初回以降、まったく手を出されていない。『愛人ちゃん』などと呼ばれているが、別に愛人らしいことは何もできていなかった。
「な、なにもしてないですね。あはは」
「なにもってお前、んなわけないだろ。照れるなよ大人の男が」
「いや、本当なんです。なにもしてないというか、なにもされてないというか……」
ここまで伝えるとウォルトさんは茶化す表情を消して「マジ?」と眉を寄せた。
「でもバートさん、前と比べたら当社比100倍くらいお前の話してるぞ」
「ま、まぁ、前と違ってご飯連れていってもらったりしてるので、そのせいかと」
ご飯には誘われるようになったし、仕事以外で喋ることのなかった以前と比べれば交流はかなり増えた。
でも、それだけだ。俺たちの関係からはセックスどころかキスもなくなっていた。
1回寝たけど、2回寝るほどの興味はないんだよ。
薄暗いことを考えるもうひとりの俺が、頭の中でそう囁く。実際そうなんだろうなと思うけど、ご飯に誘われるのは嬉しくて、俺は波風立てないように現状に甘んじていた。
「はぁ~、なるほどわかった。バートさんってあの成りで奥手なんだな」
目を伏せる俺の肩を抱いたウォルトさんは、そう言って大きくため息を吐く。
「え?全然奥手とかじゃないと思いますけど。バートさんは常にオラオラじゃないですか」
「いやいや、あの人恋愛はダメでしょ。人殺しに能力全降りしてるから。となるとやっぱバートさんはお前を──」
「なに勝手にオレの話してんだ、ウォルト」
長身のウォルトさんの後ろ、さらなる高みから顔を出したのはバートさんだった。
俺は音もない登場に驚いたが、ウォルトさんは何の動揺もない様子で「今ちょうど楽しい噂話を──」とニヤニヤしながら振り返る。すると、バートさんは咥えていたタバコをウォルトさんの肩に押し付けた。
「あー!!これ新しいスーツなのに!」
「勝手にオレの噂話した罰だ。あと今の顔が気に入らなかった」
淡々と返すバートさんを前に、ウォルトさんは大袈裟に天を仰いだ。
「まったくヤキモチ焼きなんだから!邪魔者はもう消えますよ!お幸せに!!」
「声がでけえよ、うるせえな」
バートさんの文句を無視したウォルトさんは俺の身体をバートさんに押しやって、「いつもの店で晩飯食う約束、フィル連れてきてもいいですからね!」と大声で言いながら本当に消えるようなスピードで路地から去った。
彼に去られてしまうと俺とバートさんの間に会話がなくなり、俺は沈黙をどうしようと焦りを感じた。
「お前が来たのはドンの采配か?」
今日も血塗れですねとか、意味不明な世間話をしようとした矢先、バートさんが俺を見下ろしながらそう聞いた。
「あ、はい。オレが行くようにと直接指示がありまして」
俺にとっては嬉しい命令だったが、バートさんは「あの好色ジジイ」と無礼極まりないことを呟いて壁にタバコを投げつける。
また沈黙が落ちて、俺はさっきまでウォルトさんと話していた内容を思い返してしまって、なんとなく気まずさが増したのでわざと咳払いをしてから仕事を進めようとした。
「えぇーと、そうだ。迎えの車あっちに止めてあるんですけど──」
「そういえばお前って、結局俺とどうなりたいの」
「ッ!?」
「そういえば」で始まるとは思えない、予想だにしない問いを受けて衝動的に振り返った俺は、勢い余って壁に頭をぶつけていた。
あのバートさんと関係を持つなんて思ってもみなかったので、しばらく俺は都合のいい夢を見たんだと思っていた。
「よ、愛人ちゃん。何してんだよここで」
長身の男前──ウォルトさんが俺に向けて手を振りながら狭い路地を歩いてくる。
バートさんが俺と寝たことはウォルトさんに筒抜けのようで、彼に「愛人ちゃん」と呼ばれるようになってやっと、そんなポジションになれたのかと実感が沸いたのだった。
「ウォルトさんとバートさんをお迎えに来ました。抗争で車壊されたって」
「あ~なるほど。オレ今から別件で移動になったからバートさんだけ連れて帰ってくれればいいよ。あっちで死体の山に座って休憩してるから」
路地の向こう側を指さしてから、ウォルトさんは俺の肩に手を置いた。
「てかさぁバートさんと最近どうなの。お盛んか~?」
「えっ。えーっと、あはは」
期待に満ちた野次馬顔のウォルトさんから俺は目をそらす。
実はバートさんと寝た初回以降、まったく手を出されていない。『愛人ちゃん』などと呼ばれているが、別に愛人らしいことは何もできていなかった。
「な、なにもしてないですね。あはは」
「なにもってお前、んなわけないだろ。照れるなよ大人の男が」
「いや、本当なんです。なにもしてないというか、なにもされてないというか……」
ここまで伝えるとウォルトさんは茶化す表情を消して「マジ?」と眉を寄せた。
「でもバートさん、前と比べたら当社比100倍くらいお前の話してるぞ」
「ま、まぁ、前と違ってご飯連れていってもらったりしてるので、そのせいかと」
ご飯には誘われるようになったし、仕事以外で喋ることのなかった以前と比べれば交流はかなり増えた。
でも、それだけだ。俺たちの関係からはセックスどころかキスもなくなっていた。
1回寝たけど、2回寝るほどの興味はないんだよ。
薄暗いことを考えるもうひとりの俺が、頭の中でそう囁く。実際そうなんだろうなと思うけど、ご飯に誘われるのは嬉しくて、俺は波風立てないように現状に甘んじていた。
「はぁ~、なるほどわかった。バートさんってあの成りで奥手なんだな」
目を伏せる俺の肩を抱いたウォルトさんは、そう言って大きくため息を吐く。
「え?全然奥手とかじゃないと思いますけど。バートさんは常にオラオラじゃないですか」
「いやいや、あの人恋愛はダメでしょ。人殺しに能力全降りしてるから。となるとやっぱバートさんはお前を──」
「なに勝手にオレの話してんだ、ウォルト」
長身のウォルトさんの後ろ、さらなる高みから顔を出したのはバートさんだった。
俺は音もない登場に驚いたが、ウォルトさんは何の動揺もない様子で「今ちょうど楽しい噂話を──」とニヤニヤしながら振り返る。すると、バートさんは咥えていたタバコをウォルトさんの肩に押し付けた。
「あー!!これ新しいスーツなのに!」
「勝手にオレの噂話した罰だ。あと今の顔が気に入らなかった」
淡々と返すバートさんを前に、ウォルトさんは大袈裟に天を仰いだ。
「まったくヤキモチ焼きなんだから!邪魔者はもう消えますよ!お幸せに!!」
「声がでけえよ、うるせえな」
バートさんの文句を無視したウォルトさんは俺の身体をバートさんに押しやって、「いつもの店で晩飯食う約束、フィル連れてきてもいいですからね!」と大声で言いながら本当に消えるようなスピードで路地から去った。
彼に去られてしまうと俺とバートさんの間に会話がなくなり、俺は沈黙をどうしようと焦りを感じた。
「お前が来たのはドンの采配か?」
今日も血塗れですねとか、意味不明な世間話をしようとした矢先、バートさんが俺を見下ろしながらそう聞いた。
「あ、はい。オレが行くようにと直接指示がありまして」
俺にとっては嬉しい命令だったが、バートさんは「あの好色ジジイ」と無礼極まりないことを呟いて壁にタバコを投げつける。
また沈黙が落ちて、俺はさっきまでウォルトさんと話していた内容を思い返してしまって、なんとなく気まずさが増したのでわざと咳払いをしてから仕事を進めようとした。
「えぇーと、そうだ。迎えの車あっちに止めてあるんですけど──」
「そういえばお前って、結局俺とどうなりたいの」
「ッ!?」
「そういえば」で始まるとは思えない、予想だにしない問いを受けて衝動的に振り返った俺は、勢い余って壁に頭をぶつけていた。
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