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バート

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「ぇえ?いやいや、オレはあいつの裸も見たこと」
「手を出すってのには抱く以前のことも含まれるからな」

 被せるように言われて、ここに来る前わりと強引にフィルの唇を食ったことを思い出した。言葉に詰まると、「してんじゃねえか」とドンは首を振った。

「惚れた弱味につけ込んでんだろ、まったく。フィルはその辺の商売女とは違うんだぞ」
「……わかってます」
「いや、わかってねえ。お前に惚れてるのはお前が『死ね』と言ったら死ぬしかない下っ端だ。圧倒的な力関係がある格下を弄ぶのはやめろ」
「別に弄んでるわけじゃ」

 言いかけて、言い訳するのをやめた。
 俺にはフィルを弄んでいるつもりはなかったが、端から見れば弄んでいるように見えるに違いない。弁明しようと説明すればするだけ、自分が悪者になりそうなので閉口した。

「お前とウォルトはファミリーの優秀な狂犬だ。だから幹部連中も陰で『アメリカ産のビッチども』と言うだけで手出しはしてこない。返り討ちに遭うのがわかっているからな」

 ファミリーの構成員は、ほとんどが純正のイタリア産だ。
 アメリカ系への差別意識は元々強く、俺やウォルトのようにドンに気に入られたアメリカ系の地位が上がれば目の敵にされるのは世の摂理だった。

「お前に恋人でも愛人でもできれば、ちょうどいい弱みとして確実に利用される。フィルをどんなことからも守りたいほどの愛がないなら、妙なことはするな。連中にデキてると誤解されたら次の日にはフィルの死体がお前のベッドに飾られるぞ」

 フィルを好きかどうかは関係なしに、そんなことされたらとりあえず首謀者の死体も俺のベッドに飾ってやる。

 そんなことを思って実際そう口にしようとした瞬間、俺の胸ぐらがものすごい力で掴まれた。

「オレは内輪揉めが1番嫌いだ。知ってるよな」

 至近距離で俺をとらえる据わった目を見て、俺は言おうとしていたことを変更した。

「……わかりました。善処します」

 ホールドアップしてそう答えると、ドンは満足そうに俺の胸ぐらを開放した。

◆◇
 ドン・アポリナーレからフィルの扱いについて注意を受けてから、俺はフィルにキスするのをやめた。
 善処すると約束した手前、ちゃんと善処していた。
 フィルとの関係からキスがなくなっただけだ。大体がフィルにキスするようになっていたのがおかしかったのだ。
 俺は仕事中にそんなことを繰り返し考えていた。

「バートさん、最近殺しに勢いがありますね」
「そうか?自分じゃわかんねーな」

 血で濡れた拳銃をタオルで拭きながら、ウォルトからの指摘に首をひねる。

「絶対そうですよ!鬼気迫る感じが増してます!」

 殺した相手の頭を持ったまま血みどろの身体を大きく動かして楽しそうに喋るウォルトは、純粋に狂気的で元気だ。自分がいるべき世界はこっちだし、合ってるのもこっちだと俺は思う。本来色恋などとは縁遠い人生だ。
 それでもなぜか、仕事中にフィルのことを考えてしまうのが自分でもわからなかった。
 オレはそんなに口寂しいやつだったのか?と指で唇に触れても、血の味がするだけで答えは出ない。

「あ、そういやバートさん。フィルになんかしました?」
「なんだよ急に」
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