無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ

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9話

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 某高級ホテルの一室。
 そこは優成に割り当てられた部屋だった。

「優成~コップもう1個ない?」
「あ、俺部屋から自分の持ってきたから平気」
「さすが高嶺さん。さーて、じゃ注ぎますかね」
「ちょっと待ってください」

 優成はとっさに手を叩いて、ふたりの注意を集めた。ワインボトルを片手に持った仁が『空気読めや』という顔をしてきたが、優成は負けじと表情を引き締める。

「なんで高嶺さんと仁さんが俺の部屋に集まってんですか」
「インスタライブでご飯配信だよ。わかるだろ」
「いや配信してないじゃないですか」

 生放送のテレビ番組でパフォーマンスを終えて、やっと前乗りのホテルに戻ってきたところだった。明日は早朝からロケがあるし、優成は夕飯を抜いて寝ようとしていたのだ。しかし、シャワーを浴びて髪を乾かしたところで、突如部屋にやって来たのが高嶺と仁だった。
 無論、普段からガキ扱いをしている最年少の追い返しになど屈しない年上ふたりは、今では我が物顔で優成の部屋にのさばっている。

「細かいことはさておき。優成のために有名店のステーキを用意したんだぞ」
「このワインもいいやつなんだぞ」

 高嶺が三十路とは思えない顔で口を尖らせて、仁が高嶺の口調を真似ながら上目遣いで見つめてくる。ファンが何万人も咽び泣きそうな絵面だが、優成はファンではなくアイドルご本人様なのでそう簡単には折れない。

「わかりました。ご飯配信ごっこは好きにやってもらっていいんで、俺抜きにしてください」
「ノリ悪いなー」
「でも残念でした。今回の主役は優成です」

 どういうことだ、という感情を全力で顔に乗せると、高嶺が肩をすくめた。

「俺たち、優成の『明樹スキスキ好意駄々漏れ案件』については目を瞑ろうと決めました。あ、俺たちっていうのは翔真も悠人も冬弥も含んだ単位ね」
「お前、言っても1ミリも治らないしね」

 続けて仁も肩をすくめる。小馬鹿にされていることはわかったが、話の全貌が見えないので優成は黙ってふたりを見つめた。

「でもね。もういい加減、自覚くらいはしてほしいのよ」
「だから3人でじっくり話し合おうってことで、集まってるわけ」
「そう言われても別に」

 話し合いたいことはないと続けようとした優成の口に、「シッ」と高嶺の人差し指が伸びた。

「お前、明樹とキスしたことあるよな」

 それは本当のことなので、優成は目をそらした。

「キスしておいて恋愛感情はないと言い続けるなら、オールメンバーで是非を問うORCA家族会議を開くぞ」

 帰国子女大卒の翔真は理詰めがすごいし、悠人は辛辣で毒舌だし、笑い上戸の冬弥は怒ると1番怖いし、そんな3人を加えて会議をやるよりは、今高嶺と仁に付き合った方がマシだと優成の頭は冷静な判断を下す。リーダーの人差し指を掴んで「わかりました」とほとんどため息で構成された声を出した。
 観念した優成の背中をさすった仁は、コップに赤ワインを波々とつぎ、優しい笑顔と共に差し出す。

「改めて聞くけど、明樹のことどう思ってる?」
「どうって……一緒にいて楽しいですけど。あとカッコいいし可愛いと思います」
「さらにキスしたくなるんだろ?」
「いや、まぁ、はい」
「好きじゃん。ハイ、証明終了」

 仁が指差してくる。

「ま、待ってください。キスの案件は明樹さんからしようって言われたこともあるんです。俺だけ詰められるの不公平じゃないですか」
「ほー、じゃ明樹に『どんな気持ちで優成とキスしてるの?』って聞いて、答えが『別にただの遊びだよ爆笑』でも耐えられるんだ?」

 仁が発した仮想の言葉が優成の心に深々と突き刺さった。

(遊びだよ爆笑?いや、全然耐えられない。たぶん言われたら暴れまわる)

 しかしそれを口にしたら負けな気がして優成は咳き込んだ。
 ふたりに詰められなくとも、明樹との関係が普通ではないことくらい優成もわかっている。明樹への気持ちが、ただの仲間愛ではないのだろうということにも。でもそれが、恋愛感情だと認める決定打はない。優成はそう思っていた。

「耐えられるかは実際言われてみないとわからないので、置いておいて」

 落ち着けと言いたげに優成が手をかざすと、高嶺が無慈悲にその手を払う。

「優成さ、いまだに明樹への好きとそれ以外への好きが同じだと思ってるのか?」
「……それは、さすがに違うんだろうと思い始めました。明樹さんに感じている好きは、なんか……『愛』って感じ?」
「えっ!大進歩してんじゃん!もうそんなの自覚したようなもんや」

 笑顔の仁が、バシバシと優成の肩を叩く。

「それで、愛について調べてみたんですよ。色々考えた結果、これってアガペーかなって……」

 優成が頭を捻り続けて産み出した答えを、高嶺と仁は険しい顔で受け止めた。

「……『アガペー』とは。無償の愛、自己犠牲的愛のこと」
「ほぉ~、じゃ明樹に愛しい恋人ができて、優成に見向きもしなくなっても、全然気にせず全く嫉妬せず幸せを願って愛し続けるんだな?」

 Googleの検索結果を読み上げる仁と、ステーキを切り始めた高嶺には呆れの空気が流れていた。ちなみに明樹に愛しい恋人ができて相手にされなくなったときのことについては、
脳が拒否したので優成には想像できなかった。
 黙り込む優成を前に、高嶺が仁を顎でしゃくる。それは『次行け』という合図だった。

「アガペーと違って恋愛にはさ、愛する気持ちという綺麗な面の裏に性欲がくっつき回るっしょ」

 仁は自分のコップにワインを注ぎながら優成を見る。

「恋愛ってのがそういうものなのはわかってます」
「つまり、好きという感情に性欲が伴えば恋だよな」
「まぁそうですね」

 優成の肯定を聞いて、仁は注いだばかりのワインを水のように飲み干した。

「こんなことを、親友の立場としては聞きたくないんだけど」

 喉に何かが引っ掛かっているような顔で、仁が己の胸に手を置く。

「明樹で、抜ける?」
「……何をですか?」
「ナニを抜けるかって話だよ」
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