性奴隷を拒否したらバーの社畜になった話

タタミ

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 ジウの焦り声につられて俺も自分のスマホを見る。いつも食事は長くても10分程度のため、確かに喋りすぎていた。

「大した用じゃないって言ってたし、ちんたらしてっとイズキさん帰ってきちゃうぞ」
「ルアン!今すぐ店の掃除に行こう。仕事してないのがイズキさんにバレたら殺される」
「は、はい。がんばります。ごはんありがとうございました」

 立ち上がってジウにお辞儀をするルアンを半ば置き去りに、俺は店への階段を2段飛ばしで上り始めた。話に夢中で店の掃除が終わりませんでした、なんてことになったらイズキに何をされるかわからない。
 息を弾ませてエルムンドに入るとすぐに掃除用具を取り出し、遅れてたどり着いたルアンを呼んで一式を手渡した。

「掃除したことある?このモップで床を拭いて、こっちの布巾でテーブルとか椅子を磨く。舐められるくらい綺麗にしないと殴られるから気を付けて」
「そうじできます。お任せください」
「わからないことあったら聞いて。水は普通にカウンターの蛇口使ってOK」

 シンクを指差すとルアンは俺に頭を下げて掃除用具を受け取り、早速バケツに水を汲みに行った。俺はしばらくルアンを見守ろうとカウンターでグラスやカトラリーの点検をしながらその仕事ぶりを確認していたが、脚を怪我しているにしてはしっかり掃除をこなしていた。言動から想像させるほどの無能ではないらしい。

(それか月見に掃除は叩き込まれたのかもな。ペットの檻の掃除を月見がやるとは思えないし)

 ルアンが磨いているテーブルと椅子をチェックして「ここ曇ってるから丁寧に」などと先輩面でアドバイスをした俺は、時刻を確認してトイレ掃除を優先することにした。グラスとカトラリーは客が少ないうちに磨けば最悪間に合うが、トイレはオープンしてからでは掃除の隙などない上にイズキのチェックが厳しい。前にトイレットペーパーの補充が甘かった時に背中を蹴り上げられたのが蘇る。

「じゃ俺はトイレ掃除してくる。カウンターの酒は高いから触らないで。飲んだり割ったりしたらたぶん殺されるよ」
「わかりました。こっちだけやります」

 フロアの方を指差すルアンに頷いて、俺はトイレに向かった。
 エルムンドのトイレは個室が2つあるのみで、男女で分かれていない。ごく少数の女性客を無視した男社会仕様だが、内装は大理石を使用した豪華なものだった。イズキの目が届かない場所ということで客同士の喧嘩が起こりやすく、ゲロ塗れだったり血塗れだったりすることもある従業員泣かせのエリアだ。

(ここの掃除をルアンができるようになったら助かるよな~。今日の閉店後に教えよう)

 舐めろと言われたら舐められる程度にトイレを整えて──閉店後に一度掃除しているので元からキレイだが──俺はルアンの様子を見に店内へと戻る。ちょっとは掃除が進んだかとフロアに入ると、入ってすぐの床にルアンが正座をしていた。そしてそれを仁王立ちで見下ろすイズキがいて、俺は反射的に立ち止まった。
 掃除を始めてから大して時間は経っておらず、イズキが既に帰っているなんて想像できていなかった俺は、大股でこちらに来るイズキに半笑いを向けるしかなかった。

「お、おかえりなさ──」

 バギッ!

 無言のままイズキが俺の頭をぶん殴り、俺は声も出せずにしゃがみこんだ。

「ルアンから目離すなって言っただろうが。バカが」
「っ、す、すんません……っ。トイレ掃除行ってて」
「言い訳すんじゃねえ。なに気許してんだよ」

 今度は蹴りを入れられてうずくまると、俺に制裁を加え終わったらしいイズキは「おい、掃除再開しろ」とルアンに命じた。
 暴力が終わってホッとする間もなく、離れるイズキと入れ替わりに俺に近づく足音がした。甘い匂いがする。香水とお香が混ざったような匂いだ。

「やはり人手が足りていなそうですね。須原くんにマルチタスクは無理です。彼の安さではエルムンドに見合ってないと思いませんか?どう見ても安かろう悪かろうでしょう」

 三ツ木さんの声だった。また来たのかとうんざりしつつ顔を上げると、三ツ木さんの横にもう一人立っていた。誰だか分かった瞬間、肌が粟立った。三ツ木さんとエルムンドで会った時とは理由の違う恐れが全身を走った。
 真っ暗な瞳が俺を見て離さない。

「……さあ。長生きでいい買い物だったと俺は思うが」

 無機質に答えながら、ノウリが俺を見下ろしていた。
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