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シャワーを浴びる人間の監視、そして他人のケツに指を突っ込むという2つの初体験を終えた俺は、従業員の格好をしたルアンを従えてげっそりとした表情で部屋を出た。
「なんにもなかったよ……」
「おつかれ~。はい、飯。イズキさんがいない今のうちにちゃんと食べとけ」
椅子に座ってスマホをいじっていたジウはテンションの低い俺に軽いねぎらいを返して、テーブルを指差した。そこにはスクランブルエッグとトースト、サラダがワンプレートになって置いてある。なんともおしゃれな朝食だ。さっきスマホを見たら17時過ぎで、まったく朝ではなかったけれど。
俺が低いテンションのまま礼を言って座ると、ジウは立ったまま黙っているルアンに目を向けた。ルアンはシャワー室で俺に何をされても何も聞かず無抵抗で、従順を超えたその姿は昨日とは違う意味で怖かった。
「ほら、お前の分もある。食べな」
「い、いいんですか、一緒にたべて」
「いいよ別に。なに、普段は犬みたいに床で食ってたとか?」
「はい。ルアンはニンゲンじゃないので」
ルアンが当然だと頷いて、半笑いだったジウの顔から笑みが消える。かといって失言したという申し訳なさもなく、ジウは肩をすくめた。
「じゃ、これからはちゃんと一般的なマナーで、テーブルと椅子使って飯食って。犬食いは禁止」
「わ、わかりました」
恐る恐る、ルアンはジウの顔色を窺いながらぎこちなく着席した。俺はそんなルアンを待つ余裕はなく既に食べ始めていて、なんなら既に大方食べ終えて水を飲んでいた。イズキが帰って来たらそう簡単に水分補給などできないので、今のうちに飲めるだけ飲んでおきたいのだ。
俺の横で静かにプレートを凝視しているルアンをしばし見ていたジウが、唐突に「よし!」と言った。びっくりして顔を向けると、ルアンはせきを切ったように料理を食べ始め──その様は椅子に座っただけの犬だったが──俺を追い上げる勢いで皿が空になっていく。「ホントに犬の躾されてるんだな」と眉を上げたジウは、ルアンの前で手を叩いた。
「ちょっとルアン。せめて手使え、手!犬食い禁止っつったでしょ」
「す、すみません、ごめんなさい」
ルアンはオドオドと皿から顔を上げ、もう残り少ないスクランブルエッグを手で掴むと幼児のように口に運ぶ。彼の言動から滲み続ける『可哀想』という雰囲気は、俺にあの男を思い出させた。
「ルアンってキョウコさんに好かれそうじゃない?」
エルムンドでイズキに嫌われて殺されるよりは、キョウコに拾ってもらった方がまだいいのではないかと思ったのだが、ジウの反応は悪かった。
「え~?どうだろ。ルアンは作り上げられすぎっつーか、前の飼い主がちらつくじゃん。キョウコさんはもっと素人っぽいのが好きだよ。あと根っからの低知能じゃなくて、恵まれなかった健常者ってのが大事。自分の不幸をしっかり認識できてるヤツじゃなきゃ嫌みたいよ。それこそ幸太みたいな」
俺を指差して、ジウはキョウコから送られてきた高級チョコレートを3個まとめて口に入れた。キョウコからの差し入れは不定期に時折届いており、今回の差し入れでは俺宛にまた楽譜が入っていた。正直楽譜よりチョコのほうが欲しかったが、届く内容はキョウコ次第なので仕方がない。
「あ、そういえばキョウコさんそのうち店来るから幸太も同伴しろってさ。またピアノ弾いて金稼ぎなよ」
「あー……でも俺いなくなったら店回らなそうだからなぁ。最近混んでるし」
「元々イズキさん1人で回してたんだからちょっとくらいヘーキだよ。それに今はルアンもいる。コイツが使えるかはわからないけど」
言外に『キョウコと過ごしたくない』というのを出してみたものの、ジウはあっさりスルーして再びチョコをつまむ。しかし口に入れる前にルアンを見た。皿を空にしたルアンが、ずっとジウを見つめていたからだ。
「食いたいなら言えよ。察してちゃんウザいから」
「ちが、ちがいます。ごめんなさい、キレイだから」
サッとジウから顔をそらす様は、風俗上がりとは思えないほど純情だった。
「あっそ。俺見てる暇あるなら口と手拭け。汚い格好で店出たらイズキさんに殺されるぞ」
褒め言葉に興味のないジウはルアンに布巾を投げ渡すだけだったが、俺はスルーできなくて首を突っ込んだ。
「ルアンってジウのことマジで好きなの?」
「えっ、あっ、あの、ルアンは──」
「幸太!答えさせるなって。どう考えても月見とデキてたはずだろ、俺は関係ない」
「月見さま、ルアンがダメで使えないので、あまりお相手しませんでした。いつものご命令では、ルアンが──」
「やめろやめろ、詳しく聞きたくない」
オエーと舌を出されて黙ったルアンを、ジウはさっきの仕返しと言わんばかりにじろじろ見る。
「てかさ~、どうやって鍛えたらそんな筋肉つくわけ?」
話を自分のことからそらしながら自分の腕とルアンの腕を比べて「太すぎる」と呟いた。ジウも鍛えられた腕をしているが、ルアンの腕はそういうレベルではない。3Lのシャツが破れんばかりだ。
「なにも、してないです。ご命令もないです」
「ウソつけ。何もしないでそんな身体になるわけないだろ」
「ほ、ホントです。毎日、月見さまが会いにきてくださるのを待って、ごはんはその時にもらえて、あとはお相手か躾か、それだけです」
ルアンが嘘を言っているようには見えなかった。元より月見は囲いの男たちを人間扱いしないのだから、筋トレの時間など与えられない気がする。
「あれじゃない?ドーピングってやつ。飯にヤバい薬盛られてたんだよ、たぶん」
エルムンドに配送されてきた時も薬で廃人のようになっていたわけだし、他にも色々飲ませられていても不思議はない。俺は妥当なことを言ったつもりだったが、ジウは首を横に振った。
「俺、キョウコさんから違法の増強剤もらって鍛えてるけど、ルアンみたいにはなってない。飲むだけでこんな身体になる薬なんて聞いたことないよ。そんなもんを美好が作れるなら売るだろうし──」
ジウのスマホが震えた。チラ見しただけでジウは話に戻ろうとしたが、すぐに画面の時刻を二度見した。
「うわ!喋りすぎた、時間ヤバい!」
「なんにもなかったよ……」
「おつかれ~。はい、飯。イズキさんがいない今のうちにちゃんと食べとけ」
椅子に座ってスマホをいじっていたジウはテンションの低い俺に軽いねぎらいを返して、テーブルを指差した。そこにはスクランブルエッグとトースト、サラダがワンプレートになって置いてある。なんともおしゃれな朝食だ。さっきスマホを見たら17時過ぎで、まったく朝ではなかったけれど。
俺が低いテンションのまま礼を言って座ると、ジウは立ったまま黙っているルアンに目を向けた。ルアンはシャワー室で俺に何をされても何も聞かず無抵抗で、従順を超えたその姿は昨日とは違う意味で怖かった。
「ほら、お前の分もある。食べな」
「い、いいんですか、一緒にたべて」
「いいよ別に。なに、普段は犬みたいに床で食ってたとか?」
「はい。ルアンはニンゲンじゃないので」
ルアンが当然だと頷いて、半笑いだったジウの顔から笑みが消える。かといって失言したという申し訳なさもなく、ジウは肩をすくめた。
「じゃ、これからはちゃんと一般的なマナーで、テーブルと椅子使って飯食って。犬食いは禁止」
「わ、わかりました」
恐る恐る、ルアンはジウの顔色を窺いながらぎこちなく着席した。俺はそんなルアンを待つ余裕はなく既に食べ始めていて、なんなら既に大方食べ終えて水を飲んでいた。イズキが帰って来たらそう簡単に水分補給などできないので、今のうちに飲めるだけ飲んでおきたいのだ。
俺の横で静かにプレートを凝視しているルアンをしばし見ていたジウが、唐突に「よし!」と言った。びっくりして顔を向けると、ルアンはせきを切ったように料理を食べ始め──その様は椅子に座っただけの犬だったが──俺を追い上げる勢いで皿が空になっていく。「ホントに犬の躾されてるんだな」と眉を上げたジウは、ルアンの前で手を叩いた。
「ちょっとルアン。せめて手使え、手!犬食い禁止っつったでしょ」
「す、すみません、ごめんなさい」
ルアンはオドオドと皿から顔を上げ、もう残り少ないスクランブルエッグを手で掴むと幼児のように口に運ぶ。彼の言動から滲み続ける『可哀想』という雰囲気は、俺にあの男を思い出させた。
「ルアンってキョウコさんに好かれそうじゃない?」
エルムンドでイズキに嫌われて殺されるよりは、キョウコに拾ってもらった方がまだいいのではないかと思ったのだが、ジウの反応は悪かった。
「え~?どうだろ。ルアンは作り上げられすぎっつーか、前の飼い主がちらつくじゃん。キョウコさんはもっと素人っぽいのが好きだよ。あと根っからの低知能じゃなくて、恵まれなかった健常者ってのが大事。自分の不幸をしっかり認識できてるヤツじゃなきゃ嫌みたいよ。それこそ幸太みたいな」
俺を指差して、ジウはキョウコから送られてきた高級チョコレートを3個まとめて口に入れた。キョウコからの差し入れは不定期に時折届いており、今回の差し入れでは俺宛にまた楽譜が入っていた。正直楽譜よりチョコのほうが欲しかったが、届く内容はキョウコ次第なので仕方がない。
「あ、そういえばキョウコさんそのうち店来るから幸太も同伴しろってさ。またピアノ弾いて金稼ぎなよ」
「あー……でも俺いなくなったら店回らなそうだからなぁ。最近混んでるし」
「元々イズキさん1人で回してたんだからちょっとくらいヘーキだよ。それに今はルアンもいる。コイツが使えるかはわからないけど」
言外に『キョウコと過ごしたくない』というのを出してみたものの、ジウはあっさりスルーして再びチョコをつまむ。しかし口に入れる前にルアンを見た。皿を空にしたルアンが、ずっとジウを見つめていたからだ。
「食いたいなら言えよ。察してちゃんウザいから」
「ちが、ちがいます。ごめんなさい、キレイだから」
サッとジウから顔をそらす様は、風俗上がりとは思えないほど純情だった。
「あっそ。俺見てる暇あるなら口と手拭け。汚い格好で店出たらイズキさんに殺されるぞ」
褒め言葉に興味のないジウはルアンに布巾を投げ渡すだけだったが、俺はスルーできなくて首を突っ込んだ。
「ルアンってジウのことマジで好きなの?」
「えっ、あっ、あの、ルアンは──」
「幸太!答えさせるなって。どう考えても月見とデキてたはずだろ、俺は関係ない」
「月見さま、ルアンがダメで使えないので、あまりお相手しませんでした。いつものご命令では、ルアンが──」
「やめろやめろ、詳しく聞きたくない」
オエーと舌を出されて黙ったルアンを、ジウはさっきの仕返しと言わんばかりにじろじろ見る。
「てかさ~、どうやって鍛えたらそんな筋肉つくわけ?」
話を自分のことからそらしながら自分の腕とルアンの腕を比べて「太すぎる」と呟いた。ジウも鍛えられた腕をしているが、ルアンの腕はそういうレベルではない。3Lのシャツが破れんばかりだ。
「なにも、してないです。ご命令もないです」
「ウソつけ。何もしないでそんな身体になるわけないだろ」
「ほ、ホントです。毎日、月見さまが会いにきてくださるのを待って、ごはんはその時にもらえて、あとはお相手か躾か、それだけです」
ルアンが嘘を言っているようには見えなかった。元より月見は囲いの男たちを人間扱いしないのだから、筋トレの時間など与えられない気がする。
「あれじゃない?ドーピングってやつ。飯にヤバい薬盛られてたんだよ、たぶん」
エルムンドに配送されてきた時も薬で廃人のようになっていたわけだし、他にも色々飲ませられていても不思議はない。俺は妥当なことを言ったつもりだったが、ジウは首を横に振った。
「俺、キョウコさんから違法の増強剤もらって鍛えてるけど、ルアンみたいにはなってない。飲むだけでこんな身体になる薬なんて聞いたことないよ。そんなもんを美好が作れるなら売るだろうし──」
ジウのスマホが震えた。チラ見しただけでジウは話に戻ろうとしたが、すぐに画面の時刻を二度見した。
「うわ!喋りすぎた、時間ヤバい!」
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