性奴隷を拒否したらバーの社畜になった話

タタミ

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 湿度が高くてジメジメしている冷たい部屋に入ると、ルアンは全体を見渡した。全体と言っても、部屋自体狭いしみすぼらしい布団が敷かれているだけなのですぐに見終わってしまう。部屋の奥にある扉でルアンの視線が止まったので、「あそこはシャワー室」とだけ説明した。

「あとでルアン……さん、の分も布団もらえるか聞いてみますね」

 呼び捨てにするか迷って結局敬語を使った。エルムンドにおけるルアンのポジションはおそらく俺より下だが、自分よりずっと大柄な男と密室で過ごす恐怖心が勝った。ルアンはぎこちない笑みを浮かべる俺を見て、そわそわと何か言いたげに口を動かす。

「う、あ~。うと、な、なまえ。お名前は……」
「あ、俺の?俺は須原幸太。須原って呼んでください。さっきいた綺麗な男はジウ、エルムンドで一番偉いのはイズキ」

 ついでに付け足すとうんうんとルアンは何度か頷いて、「すはらさま、じうさま、いずきさま。わ、わかりました」と言った。

「けいご、いらないです。ルアンはニンゲンじゃないので、けいごダメです」
「え……。いやでも──」
「イヤですか、ダメですか。お、怒る、ですか」

 ルアンは身体を緊張させて、耐えるような顔をした。俺に殴られると思っているらしい。
 筋骨隆々の大男が俺みたいな痩せた男にここまで弱く出るのが不思議で、何をどう叩き込まれたらこうなってしまうのかと想像しかけてやめた。少なくとも人間扱いはされてこなかったというのは十分わかる。俺はルアンに対して恐怖より同情が大きくなるのを感じた。

「そういうわけじゃないけど……そっか、うん。わかった。やめるよ、敬語」
「あ、あり、ありがとう、ございます。す、すはらさま」
「いや全然。あ、座ったら?脚痛いだろうし、今日はもう寝ても平気なはずだから」

 椅子のひとつもない部屋なのでとりあえず床を指すと、ルアンはイズキに刺された片脚を引きずりながら隅まで行って腰を下ろした。大きい身体を小さくまとめて目を閉じ、動く気配がない。動かないでいると本当に石像のようだ。

(座ったまま寝る気かな。というか、布団以前に服貰わないと……。全裸でいられるのは困る)

 言われた通りに寝る体勢に入ったらしいルアンを横目に、俺はとりあえず自分用のシャツを1枚持ってこようとシャワー室に向かった。



++
「幸太、起きて!」
「っ、!?」

 突然耳元で大声がして、俺はせんべい布団から飛び起きた。目の前でジウが俺を覗き込んでいて、髪色はピンクから紫になっている。

「ジ、ジウ!?なに、俺寝坊した!?」

 慌ててスマホを見ようとする俺を制したジウは、「違う違う」と首を振って立ち上がって部屋の隅を指差した。そこにはルアンが寝る前と全く同じ体制で座り込んでいて、その足元には俺が置いておいたシャツがこれまた微動だにせず置かれたままになっていた。要するにルアンは全裸のままで、俺のシャツは着てくれていなかった。まぁたぶんサイズが違い過ぎてまともに着られないとは思うけど。

「アイツの身なり整えるから手伝って。着替えて飯食ったら店の清掃を教えておけってイズキさんが。あ、イズキさんは用事あって今出かけてる。戻って来たら開店」

 つらつらと説明されながら立ち上がり、俺はジウと一緒にルアンに近づいた。ルアンは俺とジウ──主にジウに目を奪われているようだが──を見ているだけで、口は開かない。

「薬抜けたかと思ったけど、喋れなくなってる?」
「いや、どうだろう。おはよう、ルアン。話せる?」
「あっ、おはようございます。許可ありがとうございます、話せます、話します」

 俺が話しかけると途端にルアンは正座をして返事をした。脚の怪我が治っているわけはないので、かなり無理やりな正座だ。

「いちいち許可しないと行動できないの?」
「す、すみません。許可なしはぜんぶ禁止、躾なので……」
「へえ~月見は徹底してるね。でも喋るくらい自由にしていいよ。ね、幸太」
「うん。俺たちだけでも会話は自由にしよう。そういうことで、自由に喋っていいよルアン」

 ジウと俺から許可を得たルアンは驚いたように目を大きくしたが、すぐに「ありがとうございます」と頭を深く下げた。

「あの。き、きれいです。髪」

 そして顔を上げたルアンは開口一番ジウにそう言った。今度はジウと俺が目を大きくする番だ。

「髪、色が変わりました。キレイです、にあってます」
「ああ、ありがと。さっき染めたんだよね」

(喋っていいと言われたら、最初に言いたいことがそれなのか)

 ルアンは思っていたよりジウにご執心らしい。見過ぎたら失礼だという配慮はあるようで、ルアンはさっきから視線をジウから離そうとしているが、結局我慢ならずにジウに目が戻って行っている。俺を前にした時とはまったく異なる反応だ。

「ま、昨日よりは受け答えもマシになってんね。じゃあ、あっちでシャワー浴びてきて。幸太は監視お願い」

 褒められたジウは褒められ慣れているのでまったく照れもなく、ルアンの言葉と視線をあっさりと流して俺にルアンの着替えを手渡した。

「シャワー中も監視?」
「昨日吐かせたから胃には何も隠してなかったけど、ケツに何か隠してるかもしれないでしょ」

 ジウは冷めた目でルアンを見ていた。俺はルアンに同情し始めていたが、ジウはそうではないようだ。態度にイズキのような用心深さが滲んでいる。
 寝ている俺を殺そうとしなかったという時点でわりとルアンへの恐怖が薄れている俺は、まだまだ甘いんだろう。なんてことを考えながらルアンをシャワー室に誘導しようとすると、着替えの上にゴム手袋が追加された。

「コレ使って。指突っ込んで確認してね」

 一瞬何を言われたのか考えて、どういうことか聞かずともすぐに思い当たってしまって顔が引きつる。

「え!?俺が!?」
「だって、他に誰が?」

 ジウに聞き返されて、返す言葉はない。やるなら俺しかいないけど、いや、そうだけど。
 昨日、ルアンに水を飲ませるだけでビビっていた自分が懐かしい。俺は覚悟を決めてやるしかないと自分に言い聞かせながら、従順に立ったまま俺を待っているルアンをシャワー室に入れ込んだ。
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