性奴隷を拒否したらバーの社畜になった話

タタミ

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 男はまだ意識が鈍いのか、目の前のイズキを見上げて黙っている。ここは弱者に優しく問いかけてくれる環境ではないので、イズキはすぐに大きく床を踏み鳴らして「名前、国籍、性別を言え」と繰り返した。大きい音にびくりとした男は、やっと口を開く。

「名前……る、ルアンです。こくせき……は、わからないけど、男。……です」

 男──ルアンの声はかなり低かったが、弱く震えている。国籍不明でもアジアのどこかだろうと思わせる顔だ。

「なんでウチに来たかわかるか」
「月見さまが、ルアンいらなくなったから。使えないから、あなた、えっと、い、い、イズキさまにあげました」

 低い声と雄々しい身体に反して、ルアンの話し方はかなりたどたどしかった。そのちぐはぐな痛々しさは、助からない動物がもがくのを見たときのような気持ちにさせた。

「大体認識は合ってんな。俺がお前の新しい主だ。俺の言うことは絶対守れ。命令に背いたらすぐに殺して捨てる。いいな」
「はい、イズキさま、もちろんです」

 何度も頷いているルアンに、イズキの後ろにいたジウが近づく。

「頭弱そうだね。元からなのかな」
「あ、も、もうちょっとしたら、マシになります」
「薬のせいだろ。抜けてどの程度になるのか期待はできねえが、予想よりまだ“人間”だな」
「じゃ、すぐには殺さない?」
「店に出してから決める。最悪客のオモチャにでもなれば、多少こっちの対応は減るからな」

 ジウが顔を覗き込むのをやめてイズキと物騒な会話をし始めても、ルアンはじっとジウを見ていた。視線に気づいたジウが怪訝な顔で振り返る。

「なに、俺の顔ばっか見てっけど」
「あ、きれい。きれいだから。トッキュウですか」

 トッキュウと言われたジウが少し嫌な顔をして、手元の書類を読んでいたイズキはルアンを見た。俺はそのふたりの反応に気づく前にルアンに聞き返してしまっていた。

「とっきゅうって?」
「いちばん、1番いい顔のひとたちのこと、です。すごい、会えるなんて」

 言いながらルアンはまたジウに羨望のまなざしを向ける。ジウの顔がいいのはわかるが、ルアンがジウに会えただけで喜ぶのはなんだかよくわからない。どういうことだという意味を込めてジウを見ると、ジウは肩をすくめた。

「特級ってのは、互助三家専用の夜職で使われる顔面基準の最上位のこと。三級、二級、一級、特級があって、レベルが上がるほど高値で取引される」
「ルアンはニキュウっていわれてました。トッキュウはすごく高級でめずらしくて、大人気のスゴイ人です」

 ジウを見るルアンは、ヒーローに会えた子どものように純粋に憧れているようだった。いや、有名キャバ嬢や有名セクシー女優に憧れてしまう可哀想な女の子の方が近いか。

「二級として仕事してたってことなら、月見は水商売の男を買い取って好き放題遊んでるんだろうね。にしても相当金のかかる趣味だよ」
「客がついてる現役を買うなら高いが、用済みのならそれなりに手頃だろ。ま、月見は金額なんぞ気にするような小物じゃないが。それより、互助用の夜職はすべて双岩の経営だ。そこと月見が懇意だとすれば……」

 ここでイズキが書類をテーブルに置いておもむろに腰に手を伸ばした。俺はなんの警戒もなくそれを見ていたが、次の瞬間手にはハサミが握られていて、1秒の間もなくイズキはルアンの脚にハサミを突き刺した。

「っあ!?ぐ、ああ……!!」
「!?な、何してんですか!」
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