性奴隷を拒否したらバーの社畜になった話

タタミ

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 美好月見がエルムンドに来てから1週間。イズキが月見からの人員提供についてハナビに説得されたのか、されていないのかまったく不明だったが、月見の話題も提供される従業員の話題も一切出なかった。そもそもイズキと俺の間に一般的な会話など発生しないので、事情がよくわからないのは仕方のないことだったが。
 エルムンドは確かに人手が足りていない。バーなので居酒屋などと比べれば注文量はマシにせよ、客は普通に都内のスタバくらい来る。互助四家の幹部クラスが来ればいつの間にか皆退店しているが、幹部などそう来ないので店は大抵混んでいる。提供が遅れて客にキレられどつかれるくらいは日常で、その程度の騒ぎではイズキはまったく動かない。ついさっきも客のひとりに蹴り飛ばされてグラスが割れまくったけど、イズキはカウンターで酒を作っているだけだった。

(俺がどうにか死なずに済んでるから回ってるけど、イズキしかいなかった頃はどうやって経営してたんだよ)

 ジウに働いてもらえば多少マシだろうに、やはりイズキはジウを店に出す気はないようで、どれだけ混んでいてもジウをヘルプに使うことはなかった。

「おい」

 バッシングと提供をこなしながら割れたグラスを片付けて、破片を厨房のゴミ箱に捨てようとしたところでイズキが俺を呼んだ。片手にスマホを持っている。

「荷物が届いた。取りに行け」

 顎で店のドアを指し示して、スマホの画面を操作しながらカウンターに戻っていく。この店のセキュリティがどうなっているのかよくわからないが、おそらく来客や施錠などイズキのスマホで一括管理されているのだろう。随分ハイテクな仕組みだ。吉春が金を出したのだろうか。
 そんなことを考えながら扉を開けた。ちりん、と軽くベルが鳴って、俺は初めて店の外に出た。とは言っても、もちろん出入口を出てもシャバではない。窓のない壁にムーディな明かりが点々とついていて、突き当りにエレベーターがあった。どうやらまだまだ地下らしい。何階まであるのかとか、あれに乗ればここから出られるのかとか色々と知りたかったが、ドアを出たすぐそこに黒服の大男が数人立っており、俺は自由な身動きなど取れなかった。

「こ、こんばんは~……」

 どう見ても宅配業者ではない男たちに愛想笑いを向けて無視される。男たちは無言のまま背後にあった大きな白い箱を俺の前に押して寄越した。冷蔵庫でも入っていそうな大きさだ。

「えっと、何の荷物ですか?」
「これを店主に渡せ」

 俺の質問は無視され、一人の男が白い封筒を差し出す。反射的に受け取ると、仕事が終わったらしい男たちは即踵を返してエレベーターに戻って行ってしまう。

「あの、荷物は誰宛ですかっ──」

 声を張り上げている途中で、男たちはエレベーターに運ばれて上へと消えた。はぁ、とため息を吐いて、俺は一旦横に並んだ箱を見上げる。どう見ても俺1人で運べる荷物じゃない。しかし、ドアの正面に置いたままでは客の邪魔になるので、せめて隅に寄せようと押してみた。

「ぐっ……重……!なんだよこれ、家具か?」

 案の定、俺の全力でも箱は1㎝ほどしか動かなかった。本当に冷蔵庫でも入っているのかもしれない。イズキを呼んでも助けてくれるわけはないので、俺は呻き声を上げながらじりじりと箱を壁に寄せて行った。
 15分ほど箱と格闘してどうにか通行の邪魔にならないようにして、荒い息のままイズキの元へ戻るとまず一発頭を殴られた。

「っイッ……!」
「遅い。あとこのくらいで声出すんじゃねえ」

 そう言ってすぐもう一発殴られ、俺はどうにか声を我慢した。頭に痛みが残るまま、先ほど男たちに渡された封筒をイズキに見せる。

「これ、イズキさんに渡せって言われました。荷物はデカくて重くて、客がいるうちは運ぶのも邪魔になると思ったので外の壁際に置いてます」

 俺の報告を聞きながら封筒を開けたイズキは、高級そうな厚紙──おそらくメッセージカードを取り出した。ほんの一瞬眺めたのち、俺にそのカードを投げ渡してスマホを触る。

「あと1時間で閉店にする。そしたらここに運んで来い」

 イズキが踵を返すと店の中に鐘の音が響いた。ラストオーダーを告げる鐘だ。
 席を立つ客が出始め、俺はバッシングに向かう。道すがらイズキに投げ渡されたカードを見ると、

『約束の人材です』

 それだけが美しい筆跡で書かれていた。
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