性奴隷を拒否したらバーの社畜になった話

タタミ

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 三ツ木さんを見送って、俺は店内の掃除を始めた。客たちのグラスを回収して洗って磨き、次いでテーブルを拭いていく。その間、結構な時間が経過していたが、ハナビはいまだ退店せずにイズキと会話を続けていた。

(小声過ぎて何喋ってるのかはわかんないな……)

 月見からペットを譲り受けることをハナビはかなり嫌がっているようだが、使えなければ殺してよいという条件なら、どれだけ説得してもイズキが断るとは思えなかった。ハナビは月見とイズキに関わりができることが嫌なだけ、つまりは嫉妬なのだろうか。
 そういった予想が当たっているか知りたくて、仕事をしながら聞き耳を立ててはいたものの結局何も聞き取れなかった。盗み聞きを諦めて床掃除に取り掛かったところで、イズキが俺を呼んだ。

「須原。作業こなしたら上がれ。俺はこいつの相手をしてくる」
「またね、須原くん」

 イズキは顎でハナビを示し、ハナビは俺に手を振ってイズキの腕を引いて歩き出した。ふたりでVIPに行くようだ。部外者の俺がいる空間でこれ以上話すことをどちらかが──おそらくイズキが拒んだんだろうなと思った。

「汚れ一か所につき一発殴るからな。サボんなよ」
「はい、もちろん……!」

 俺を見もせずにそう言って、イズキはハナビと一緒にフロアの奥へと消えていった。俺は管理者がいなくなったからといってサボるほど度胸はないし、仕事をやったように見せかける器用さもなかったので、黙々と床掃除を続けた。
 1時間以上掃除を続けて、イズキも文句は言わないだろうというクオリティになったところで、スマホが震える。ジウからだ。

『店終わった?飯作っといたから後で食べて』

 そのメッセージで緊張が切れたのか、俺は急に空腹と疲労を思い出した。確か今日は起きてから水を1杯飲んだだけだ。
 VIPの方を見てもイズキが戻ってくる気配はまだない。イズキは俺を見ると何かしら仕事を言い渡してくることもあり、イズキがいないうちにどうしても何か食べたくなってしまっていた。気づけば俺は掃除用具を急いで片付け、地下への階段を駆け下りていた。メッセージを受け取ってから、時間にして30秒ほどでリビングのドアを開けた。

「うわ、びっくりした」

 椅子に座ってポップコーンを食べていたジウは、肩で息をしながら部屋に戻ってきた俺を見て目を瞬いた。

「なに、急ぎの用事?イズキさんになんか言われた?」
「違う、ご飯。今、イズキさん、ハナビさんとVIP行ってて、それで、今食いたくて」
「あ~。じゃゆっくり飯食えるね」

 息継ぎで細切れの言葉を喋る俺にさして突っ込みもせず、ジウは立ち上がって冷蔵庫を開ける。ざるとスープカップを持って戻って来て、テーブルに並べた。息が整ってきた俺は椅子に座りながら「ありがとう」とまず礼を言う。

「今日は蕎麦で~す。食ったことある?」
「一応ある。コンビニのだけど」
「コンビニって蕎麦まで売ってんだ、すご。いいな~」

 シャバのコンビニに憧れを見せたジウは、テーブルの皿に並ぶおにぎりも俺の方に皿ごと滑らせた。

「これも。俺もう夕飯食ったから好きなだけいいよ。イズキさんはどうせ蕎麦しか食わないし」

 おにぎりを食べないらしいイズキに不満そうな顔をしつつまたポップコーンを食べ始めるジウを横目に、俺はいただきますも忘れて箸を取る。もつれる箸先で蕎麦をすすると、めんつゆの塩分に体中が喜ぶのがわかった。無心で食べ続け、ものの数分で蕎麦を空にするのを見て、ジウがまた目を瞬く。

「幸太ってそんなに蕎麦好きなの?」
「あ、いや。普通。でもめっちゃ腹減ってて」
「イズキさんの隙見てなんか食べないと身体もたないよ、マジで」

 蕎麦で空腹がおさまった俺は、今日あったことをジウに話そうと思って、まず先ほどより落ち着いた動作でおにぎりを取った。ジウは店のことをよく聞きたがるので、時間があると色々話している。イズキに口止めされているわけではないので、たぶん問題ない。

「そういえばハナビさん、あの人って女なんだね。男だと思ってた」
「ああ!おっぱいの洗礼受けた?俺最初あの人のこと『男になりたい女』なんだと思ってたんだけど、ただ女の恰好が嫌いなだけらしいよ。顔悪くないし女装ならイズキさんも少しはその気になるんじゃないかって言ったら『ありのままの私を愛してほしいんだ!』って泣かれたことある」
「ええ……。やっぱ変な人だよな、ハナビさんも」
「そりゃマシな方ってだけで、エルムンドに来るような人間だから普通じゃないよ。ハナビさん前に『勝ったらセックス、負けたら一生口説かない』っていう条件でイズキさんに喧嘩申し込んで死にかけたことあるから」

 そんな賭けを殺しの才能でのし上がったイズキに仕掛けるハナビはおかしいし、その賭けに乗ってしっかり女を殺しかけているイズキもおかしい。それにハナビは賭けに負けたのに全然諦めていないしブランドものを貢いでいるしさっきも口説いていた。
 命がけの茶番に俺が微妙な顔でおにぎりをかじり始めると、ジウはふた袋目のポップコーンを開ける。

「他にはなんかあった?」
「ハナビさんと一緒に三ツ木さんも飲んでたから、久しぶりに会ったよ。あ、三ツ木さんっていうのは──」
「知ってるよ、うちの従業員はいつも三ツ木さんから買ってるから。金借りてんだっけ?性奴隷回避しても借金からは逃げられないって大変だね」
「でもまぁ、金は俺のせいだから。あと、美好月見って人がいた。イズキさんに会いに来たらしい」

 そこでジウがポップコーンを運ぶ手を止めた。喋りながらずっと食べていたので、その停止が妙に目についた。

「月見と会ったことある?」
「いや月見とはない。ひとりで来てた?」
「たぶん。なんかエルムンドが人手不足だから従業員をくれるって話だった」
「従業員を……」

 何やら考え始めたジウはそのまま黙ってしまいそうだったが、俺の前だということを思い出したのかハッと顔を上げた。

「あ、そうだ。失敗したマカロンあるんだった。食べてよ」

 ジウは唐突にそう言って立ち上がった。急に話題を変えたように感じたが、俺はそのことよりマカロンを食べたい気持ちが勝って、この違和感のことをその後思い出すことはなかった。
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