性奴隷を拒否したらバーの社畜になった話

タタミ

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「えっ?あの人が!?互助三家って女性いるんですか……!?」
「歴代で初だね、女が次期当主になったのは。構成員になるような女自体ほとんどいないから。さっき解説したけど、月見は現当主の王道にスカウトされて家入りしたんだ。見た目は大人しいけど、暴力上等の美好で出世した豪傑。迂闊に惚れるのはオススメしないよ、須原くん」
「い、いや、惚れてないですけど……!でも、そんな風には全然見えないのに」

 月見はまた何やら喋って、イズキの話をほほ笑んで聞いている。談笑する彼女をつい見てしまうと、目が合った。そらすことはなく、しっかりと俺を見て笑いかけた。

「不幸な恋が始まらないように現実を教えてあげますが、月見様は中学生の時に『陰口を言われたから』というだけで同級生を殺して少年院入りしています。恵まれた家庭環境に身を置いて生徒会長までやっていた優等生だったのに、実際は倫理観とリスク意識が欠落していたのです。逆に言えば多くの人に慕われるほど、人間性の欠陥を他人にわからせない技術がある。そこを王道様に気に入られたということですね」
「え、ええ……。マジですか、それ……」

 ドン引き不可避の経歴に一気に肝が冷え、俺は月見の方を見ないようにした。エルムンドにまともな人間が来るわけないとわかっているはずなのに、期待してしまう自分がいまだにいる。人を見る目もないのに傲慢でバカだ。

「私やハナビ様よりよほど危険人物ですから、彼女の雰囲気に騙されないようにしてください」
「おいおい、珍しく三ツ木が人に優しいな。なんだかんだ須原くんのこと気に入ってんだ?」
「須原くんは今でも大切なお客様ですからね。悪い女にハマって破滅されたら困ります」

 心配そうな声を出す三ツ木さんの横で、ハナビは大袈裟に目を見開いて俺を見た。

「うっわ。三ツ木に大事にされるレベルで金借りてんだ、ヤバ。今いくらよ」
「いや、まぁそれなりに──」
「1億7405万933円です」

 うやむやにしようとした俺に被せて三ツ木さんが答え、間が空いた。俺は触れてほしくない情報をいとも簡単に教えた上に金額を1円単位で把握してる三ツ木さんに引いて黙り、ハナビはその金額にドン引きした顔で固まっていた。

「……はぁ?マジで!?何したらそんなに借金膨らむんだよ。というか貸すなよそんなに」
「詳しくは個人情報なので申し訳ございません。須原くんのお父さんが本当にろくでもなかったせいとだけお教えします」
「いやそれ答えだろ。父親の借金ってことか~。可哀想だから端数の5万933円払ってあげる」

 ハナビが驚いたり引いたり憐憫の情を見せたりしながら、本当に三ツ木さんに5万1000円を渡している。俺は「すみません、そんないいですよ」と言ったが、ハナビは聞いていなかった。

「これで残りは1億7400万です。よかったですね、ちょっと肩代わりしてもらえて」

 三ツ木さんがハナビにお釣りの67円をきっちり渡して言うと、ハナビは頬杖をして俺に67円を横流ししてくる。

「こんなに借金ある須原くんをエルムンドに置いてちゃ、いつ死ぬかわからないよ。回収できなくなってもいいのか」
「死んだら死んだで、死亡保険でチャラにできるので」
「はぁ~なるほど。死ぬまでの返済額を保険金とは別で儲けようってわけか。相変わらず意地汚い。須原くん、借金返済終わったら絶対殺されるよ」
「人聞きの悪いことを仰らないでください。須原くんが完済するまで生きられるわけないでしょう」

 三ツ木さんは口元だけで笑って、「同じのを」と空になったグラスを俺に掲げる。新しいグラスにバーボンを注ぎながら、仮に完済しても三ツ木さんは俺を殺さないだろうと思っていた。そんなことを俺が言ったらハナビが詮索してくるだろうから、黙ったまま2杯目をコースターに置く。

「ところで、美好はここ最近雑魚ですら店に来ていないのに月見様が来店した上、イズキ様に話があるとは気になりますね」
「須原くん、テキーラちょうだい」

 話題を変えた三ツ木さんの横から、話に乗らないハナビの注文が入る。頭上のレイアウトから瓶を取ってショットに注ぎライムと一緒にハナビに渡すと、三ツ木さんがしっかりとハナビの顔を覗き込んだ。

「ハナビ様。ひとりで聴いてないで、いい加減我々にも教えていただけませんか」
「なんのことかな」
「またとぼけられて。あの会話ですよ」

 三ツ木さんが親指でイズキと月見の卓を指した。
 そうか、ハナビには会話が全部聞こえているのか。俺は思わずハナビの耳を見た。三ツ木さんが胸元で指を4本出すと、とぼけていたハナビは片眉を上げる。

「どうですかこれで。情報が有益なら上乗せします」
「まぁいいだろう。今他愛ない会話が終わったところだからちょうどいい。須原くんはおまけで見ていいよ」

 ハナビがスマホでメモ画面を出す。興味がないと言えばウソになるので、俺は画面を見ようと身を乗り出しながら声を潜める。

「そもそも勝手に話聞いちゃっていいんですか、怒られたりとか……」
「平気だよ。私がいるのにあそこで喋ってるなら、大した要件じゃない」

 ハナビの指が動いて、画面には月見とイズキの会話が羅列され始めた。

『──従業員がみんな死んでしまってお困りでしたでしょう。やっと雇えたのが彼ひとりでは心もとないのでは』
『仰る通りです。あれはいつ死んでもおかしくない』
『美好で手配しましょうか。ああ、もちろん美好所属ではない者を用意します。彼程度のクオリティでいいなら、私にも思い当たるのがいますから』
『それは……ありがたいですが』
『志倉当主の顔色を窺っていますか』
『……ええ。吉春さんは俺が志倉以外の互助と親交を持つのを嫌がります。あなたの来店も、知ったらきっと機嫌を損ねる』
『相変わらず愛が深いのか信頼がないのかわからない関係ですね。では、美好にいらぬ人材を押し付けられてしまったとでも言ってください。それで吉春氏が嫌な顔をしたらあげた人材は殺してください。そもそもなぜ、吉春氏はエルムンドに従業員を補填しないのでしょうね。実質ここはあの人の店でしょう』
『店の従業員管理は一任されています。人手不足は俺の力不足で、吉春さんの責任ではありません』
『……そうですか。それで、人材の最低条件は?』
『身寄りなしで日本語での意思疎通が可能な男、です。ワガママを言えば、25歳以下で180㎝以上の戦闘能力のある者がいいですが』
『身寄りなし、日本語話者、男、25歳以下までなら満たせます。日本語ができれば日本人でなくとも?』
『はい。日本人レベルの語学力なら国は問いません』
『わかりました。明日にでも送ります。無料で差し上げるので、気に入らなければ処分してください』
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