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「そういう性癖だからだよ。可哀想なやつに施しを与えて懐かせるのがやり口で、その施しを貰うだけで済めばいいけど普通は済まない。キョウコさんは可愛がった可哀想なやつの葬式で泣くのが趣味なんだ。いや趣味というか、そのために生きてる」

 ぞっとした。
 ガラが悪くて、人の命を軽く扱って、変な性癖があるくらいかと思ったが、想像を超えていた。
 俺は無意識に、キョウコから貰った100万円をシャツの上から握りしめていた。

「シャバでキョウコさんに目付けられたら終わりだよ。幸太はここから出て行く可能性もあるし、ホント気を付けた方がいいと思う。俺はエルムンドから出られないから、それが逆に役立ってキョウコさんの魔の手から逃れられてるだけだし」

 欠損フェチの性奴隷を回避しイズキに買われたばかりの俺は、エルムンドの外について考えられるような身の上ではない。だからシャバでキョウコと会った時のことを考えるのは無意味な空想に近かったが、ジウがエルムンドから出られないというのは意味が分からなかった。

「……エルムンドから出られないってどういうこと?」
「そのまんま。俺は外出禁止なんだ。外に出たことない」

 悲しむでも怒るでもなく、ジウは平然とそう言った。

「あ、正確にはイズキさんに拾われてからは外に出たことない。ガキの頃は外で暮らしてたっぽいけど、もう覚えてなくて」
「拾われたって……」
「母親の死体と俺がエルムンドの前に捨てられてたんだって。それをイズキさんが見つけて、生きてた俺を育ててくれた。俺を見殺しにしてもよかったのに、面倒見てくれたイズキさんには感謝してる。でも外出許可くれないし束縛すごいんだよね~」

 ジウがコンビニがどこにあるのか知らなかったわけだ。リアルに見たことがないのだ、コンビニを。
 いくらジウの身の上が壮絶で命を助けた恩のあるイズキだとしても、毒親としか言えない束縛な気がしたが、ジウは不満そうながらイズキへの反発はない。ジウも子どもではないし、出て行こうと思えば出て行けそうだが、そうできない関係性なのだろうか。

「外が危ないからダメって言われてもさ、エルムンドも十分危ないし説得力ないっていうか。実際外って危なくないでしょ?」
「え、うーん。大抵の人にとっては危なくないと思う、けど」

 外にいて欠損フェチに売られそうだった俺は、外が安全だと胸を張って言えなかった。

「ジウはエルムンドで生きてるのに、なんでVIPルームであんな……金稼ぎしてるの」

 衣食住が十分あり、時折客から貢がれていればキスを売り物にしなくとも生きていけるはずだ。

「そりゃここから出て行きたいからだよ。金貯めて、俺はひとりでもやっていけるってイズキさんに証明したい。俺、外でやりたいことあるんだ」
「やりたいことって?」
「それは……学校行ったりコンビニでバイトしたり。漫画とかアニメでしか知らない生活をしてみたい。俺全部フィクションでしか知らないから」

 なるほど、その憧れはわかる気がした。日本の漫画やアニメでは、10代の生活は青春に満ちて描かれがちだ。俺は外にいながら、その青春を体験することなく生きていたので羨ましさはよくわかる。

「俺は才能がないからさっきみたいにキスだのなんだのやって、性欲あてにして稼ぐしかないんだけど、幸太にはピアノがあるから健全に稼げるよ。ピアニストでも目指してたの?」
「いや、全然。弾くのは好きだったけど、ピアノなんて家になかったから。学校のピアノを弾いてるくらいだった」

 中学時代の音楽室がフラッシュバックする。俺を哀れに思った音楽の先生が、放課後30分だけピアノを自由に使わせてくれていた。

「へえ~!じゃホントに才能があるんだ。すごいよ」

 拍手をしてからオレンジジュースを飲んだジウが、ふと腕時計を見る。

「やば、もうこんな時間。イズキさん帰ってきたら幸太は叩き起こされると思うから、今のうちに寝といた方がいいよ。部屋はそのドアの先。俺はこっちの部屋で寝てるから何かあったら来て」
「あ、うん、わかった。ありがとう」

 今何時なのか知りたい気持ちもあったが、ジウはさっさとコップと皿を片付けに立ってしまい、俺は指示された部屋に向かうことにした。確かに今、イズキのいないこの環境で少しでも寝ておきたかった。
 指差されたドアを開けると俺が目覚めた部屋だった。殺風景な部屋に薄いマットと毛布だけが置いてある。一般人はこれを質素または劣悪と感じるだろうが、俺は元々こんな寝床でしか寝たことがなかった。囚人より劣悪な生活というのは、普通に存在している。
 俺は横になると天井を見つめた。

「今日も一日、生き延びた」

 いつも寝る前に唱える言葉。やっと言えて、生き残った実感が沸く。
 俺は自分を抱きしめるようにして、眠りについた。
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