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ハナビは爽やかでいい人そうだったけど、当たり前のように殺人常習犯だと知って悲しくなる。
そして俺は殺人常習犯から裏社会レッスンを受けるのかと不安が駆け巡る。
俺の顔から表情が消えたのが伝わったのか、ジウが「でもハナビさんは店に来る客の中じゃかなりまともだよ」とフォローを入れてきた。
「イズキさんって原則殺人禁止されてるから、ハナビさんが代わりに殺ってあげることが多くてさ」
「え、殺人禁止?なんで?」
いや、殺人をしてはいけないのは当然のルールだが、この店で聞くにはありえない言葉に思えた。
「俺も詳しくは知らない。なんかイズキさんの上司?に正当防衛以外の殺しは禁止されてるんだって。まぁ、完全な禁止じゃないからイズキさんも殺してることあるけど」
イズキに上司がいるのか。どういう組織図なのか全然わからない。
「さて!世間話はこれくらいにして、さっさと片付けよう。血専用の洗剤あるから持ってくる。あとは濡らしたタオルも用意して──」
ジウが切り替えてテキパキと掃除の仕方を教えてくれた。手際がよく、いいことなのかわからないが慣れているのがわかる。
ふたりで一緒に絨毯と床から血を除去し、1時間ほど経ったころにはほとんど血の痕跡はなくなっていた。
「よし、大体キレイになったでしょ!これで消臭剤まけばオッケーよ」
「あ~っ本当にありがとう……!ジウがいなかったら俺はイズキさんにぶん殴られて下手したら死んでたと思う」
「あはは、大袈裟。そうだ、俺腹減ったからご飯作るけど幸太も食べる?」
「えっ!たべ、たべます……!!」
食事に関してイズキの許可を待っていたら餓死するのではと思っていたので、俺はこのチャンスを逃すわけにいかなかった。大きくうなずいた俺を見て、「じゃ部屋戻ろう」とジウが歩き出す。
エルムンドに入ってきた扉を開けて階段を降り、イズキに死んだ従業員の写真を見せられた部屋についた。あの時は何も考えられなかったが、ここはいわゆるキッチン兼リビングのようだった。
「冷蔵庫と棚にある食料は、減ってきたらイズキさんが買い物行って補充してくれる。でも必要最低限のものしか買ってこないから、俺はキョウコさんから定期的に食い物もらってんだ」
キッチンにある巨大な冷蔵庫には、野菜や肉、牛乳などがずらりと並んでいた。
「買い物行ったばっかりだから今日は充実してるよ。あ、イズキさんが買い物行ってる時に外で会ったんだっけ幸太は」
「あ、ああ。たぶん、そうだと思う。ぶつかっただけだけど」
イズキとぶつかったのは新宿だった。
タクシーか徒歩か交通手段は知らないが、新宿近郊にこのエルムンドはあるのだろうか。
「で、これはキョウコさんに貰った生ハム。サンドイッチにするとうまいんだ」
言いながらジウは冷蔵庫から生ハム、バター、クリームチーズ、棚から食パンを取り出す。手際よく調理を進める姿は、完全にお手の物だった。
「ジウは料理担当なんだっけ」
「うん、イズキさんは料理しないからね。ほっとくとカップ麺ばっか食うし。従業員がもっといたころはそいつらの分も俺が作ってたんだけど、みんな死んじゃったから最近暇だった」
笑うジウに、笑いどころなのかわからないので俺はちょっと頷くにとどめていると、あっという間にサンドイッチが形作られていた。
「はい、完成~。食べよ食べよ」
サンドイッチの乗った皿とオレンジジュースの入ったコップをジウがテーブルに並べて、俺は久方ぶりにまともな食事を目の当たりにして、こみ上げるものを感じた。さっそく食べているジウにならって、俺もサンドイッチにかぶりつく。
(うわ……)
「すげえ、うまい」
「お、ほんと?よかったわ。やっぱリアクションもらえるとうれしいな。イズキさんって何出しても無反応でさぁ」
(ひどい男だ、作ってもらっておいて)
俺の言葉に嬉しそうにするジウを横目に、俺はガブガブと食べ進めた。身体中が栄養を喜んでいて、止まらなかった。
俺の様子を見て肩をすくめたジウが、「俺のも半分食っていいよ」と分けてくれた。
「え、あ、ありがとう……!」
「幸太って、やっぱキョウコさんに気に入られるキャラだよ。気を付けてね」
俺が喜びを隠さずに受け取ると、ジウは憂うような顔をしていた。
イズキはジウにキョウコを信用するなと釘を刺していて、実際キョウコは危険な男だと思うが、それでもジウとキョウコは仲が良さそうに見えた。
「イズキさんはキョウコさんのこと警戒してたけど、ジウも……信用してないの?」
「うん。仲良くはしてもらってるけど、信用はしてないよ。キョウコさん普通にヤバい人だから。さっきちょっと一緒にいるだけでも、感じたでしょ?」
否定できないので、俺はサンドイッチを噛みながら頷く。
「キョウコさんってね、可哀想な人間が好きなんだ。だから俺とか、幸太みたいな身寄りのない不幸なやつは大好物」
ジウも身寄りがないなら、イズキとは血縁関係じゃないらしい。
イズキがジウの保護者のようではあるが、親子とも兄弟とも言いにくい年齢差に思えた。
「可哀想であればあるほど気に入るんだ。この『可哀想』の基準は結構幅広くて、ケガしてるやつも好きだし病弱も好きだしメンタルやられてるやつも好き。頭が悪いっていうのもまともな教育を受けられなかったってことで可哀想評価が上がる。だから俺はキョウコさんの前ではちょっとバカなふりしてるんだ。その方が色々貰えるから」
俺にピアノ曲の知識がないことを、嬉しがっていたキョウコが思い出された。
バカで身寄りがなくて借金まみれで拷問されてケガしてる俺は、残念ながらジウのいう通りかなりキョウコの好みに当てはまっているらしい。
「キョウコさんに可愛がられて囲われた人間は、遅かれ早かれみんな病死か事故死になる。キョウコさんがどんどんより『可哀想』な状況に追い込んでいっちゃうから、心と体が耐えられなくて死んじゃうんだ」
「な、なんで気に入った人間を殺すようなことを……」
そして俺は殺人常習犯から裏社会レッスンを受けるのかと不安が駆け巡る。
俺の顔から表情が消えたのが伝わったのか、ジウが「でもハナビさんは店に来る客の中じゃかなりまともだよ」とフォローを入れてきた。
「イズキさんって原則殺人禁止されてるから、ハナビさんが代わりに殺ってあげることが多くてさ」
「え、殺人禁止?なんで?」
いや、殺人をしてはいけないのは当然のルールだが、この店で聞くにはありえない言葉に思えた。
「俺も詳しくは知らない。なんかイズキさんの上司?に正当防衛以外の殺しは禁止されてるんだって。まぁ、完全な禁止じゃないからイズキさんも殺してることあるけど」
イズキに上司がいるのか。どういう組織図なのか全然わからない。
「さて!世間話はこれくらいにして、さっさと片付けよう。血専用の洗剤あるから持ってくる。あとは濡らしたタオルも用意して──」
ジウが切り替えてテキパキと掃除の仕方を教えてくれた。手際がよく、いいことなのかわからないが慣れているのがわかる。
ふたりで一緒に絨毯と床から血を除去し、1時間ほど経ったころにはほとんど血の痕跡はなくなっていた。
「よし、大体キレイになったでしょ!これで消臭剤まけばオッケーよ」
「あ~っ本当にありがとう……!ジウがいなかったら俺はイズキさんにぶん殴られて下手したら死んでたと思う」
「あはは、大袈裟。そうだ、俺腹減ったからご飯作るけど幸太も食べる?」
「えっ!たべ、たべます……!!」
食事に関してイズキの許可を待っていたら餓死するのではと思っていたので、俺はこのチャンスを逃すわけにいかなかった。大きくうなずいた俺を見て、「じゃ部屋戻ろう」とジウが歩き出す。
エルムンドに入ってきた扉を開けて階段を降り、イズキに死んだ従業員の写真を見せられた部屋についた。あの時は何も考えられなかったが、ここはいわゆるキッチン兼リビングのようだった。
「冷蔵庫と棚にある食料は、減ってきたらイズキさんが買い物行って補充してくれる。でも必要最低限のものしか買ってこないから、俺はキョウコさんから定期的に食い物もらってんだ」
キッチンにある巨大な冷蔵庫には、野菜や肉、牛乳などがずらりと並んでいた。
「買い物行ったばっかりだから今日は充実してるよ。あ、イズキさんが買い物行ってる時に外で会ったんだっけ幸太は」
「あ、ああ。たぶん、そうだと思う。ぶつかっただけだけど」
イズキとぶつかったのは新宿だった。
タクシーか徒歩か交通手段は知らないが、新宿近郊にこのエルムンドはあるのだろうか。
「で、これはキョウコさんに貰った生ハム。サンドイッチにするとうまいんだ」
言いながらジウは冷蔵庫から生ハム、バター、クリームチーズ、棚から食パンを取り出す。手際よく調理を進める姿は、完全にお手の物だった。
「ジウは料理担当なんだっけ」
「うん、イズキさんは料理しないからね。ほっとくとカップ麺ばっか食うし。従業員がもっといたころはそいつらの分も俺が作ってたんだけど、みんな死んじゃったから最近暇だった」
笑うジウに、笑いどころなのかわからないので俺はちょっと頷くにとどめていると、あっという間にサンドイッチが形作られていた。
「はい、完成~。食べよ食べよ」
サンドイッチの乗った皿とオレンジジュースの入ったコップをジウがテーブルに並べて、俺は久方ぶりにまともな食事を目の当たりにして、こみ上げるものを感じた。さっそく食べているジウにならって、俺もサンドイッチにかぶりつく。
(うわ……)
「すげえ、うまい」
「お、ほんと?よかったわ。やっぱリアクションもらえるとうれしいな。イズキさんって何出しても無反応でさぁ」
(ひどい男だ、作ってもらっておいて)
俺の言葉に嬉しそうにするジウを横目に、俺はガブガブと食べ進めた。身体中が栄養を喜んでいて、止まらなかった。
俺の様子を見て肩をすくめたジウが、「俺のも半分食っていいよ」と分けてくれた。
「え、あ、ありがとう……!」
「幸太って、やっぱキョウコさんに気に入られるキャラだよ。気を付けてね」
俺が喜びを隠さずに受け取ると、ジウは憂うような顔をしていた。
イズキはジウにキョウコを信用するなと釘を刺していて、実際キョウコは危険な男だと思うが、それでもジウとキョウコは仲が良さそうに見えた。
「イズキさんはキョウコさんのこと警戒してたけど、ジウも……信用してないの?」
「うん。仲良くはしてもらってるけど、信用はしてないよ。キョウコさん普通にヤバい人だから。さっきちょっと一緒にいるだけでも、感じたでしょ?」
否定できないので、俺はサンドイッチを噛みながら頷く。
「キョウコさんってね、可哀想な人間が好きなんだ。だから俺とか、幸太みたいな身寄りのない不幸なやつは大好物」
ジウも身寄りがないなら、イズキとは血縁関係じゃないらしい。
イズキがジウの保護者のようではあるが、親子とも兄弟とも言いにくい年齢差に思えた。
「可哀想であればあるほど気に入るんだ。この『可哀想』の基準は結構幅広くて、ケガしてるやつも好きだし病弱も好きだしメンタルやられてるやつも好き。頭が悪いっていうのもまともな教育を受けられなかったってことで可哀想評価が上がる。だから俺はキョウコさんの前ではちょっとバカなふりしてるんだ。その方が色々貰えるから」
俺にピアノ曲の知識がないことを、嬉しがっていたキョウコが思い出された。
バカで身寄りがなくて借金まみれで拷問されてケガしてる俺は、残念ながらジウのいう通りかなりキョウコの好みに当てはまっているらしい。
「キョウコさんに可愛がられて囲われた人間は、遅かれ早かれみんな病死か事故死になる。キョウコさんがどんどんより『可哀想』な状況に追い込んでいっちゃうから、心と体が耐えられなくて死んじゃうんだ」
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