性奴隷を拒否したらバーの社畜になった話

タタミ

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 死体が重すぎる。
 脱力した成人男性ってこんなに重いのか。
 数センチ引きずっては息切れして止まる、ということを繰り返している間、イズキはなんとカップ麺を取り出していた。助けてくれないのはわかっていたが、飯より死体を運ぶのを手伝ってくれよという気持ちと、死体がこんなそばにいるのに飯食うなよという気持ちが交錯する。
 俺がカウンターの中に到達するころにはイズキのセットしたお湯が沸いていて、カップに湯を注ぐ雇い主の足元に死体を引きずって運んだ。イズキはまったく気にせず腕時計を見ていて、ただ器用に靴に死体が当たらないように避けた。途中、肩で息をしながら休憩すると、開いたままの死体の目と目が合ってしまって、俺はすぐ休憩するのをやめた。

「うおおお……っ!」

 やけくそで声を出しながらラストスパートをかける。ずりずりとドアに死体の頭を押し込み、全力をかけた。

 ド、ゴンッ……。

 中は深い穴になっているのか、肩まで入れたら死体が吸い込まれるように落ちていった。中を確認する勇気も気力もなくて、俺はすぐ立ち上がりドアから離れる。
 死体を引きずった床は血塗れで、絨毯は血が染み染みで、今からこれを全部掃除するのかと消沈しながらモップを手に取った。水で濡らして、死体が一番乗っていた絨毯に押し付けるとみるみる白いモップが赤く染まる。赤いモップを水でゆすいではまた赤く染める作業を繰り返していると、VIPルームからキョウコたちが出てきた。

「イズキテメェ、まだ客いるのに飯食ってんじゃねえよ」

 キョウコが開口一番、立ったままカップ麺をすすっているイズキに突っ込んだ。

「お前は客としてノーカウントだ。それから野暮用が入って店はもう閉めた。さっさと退店しろ」
「あ?お前も美好か?」
「……ああ」

 いつの間に閉店してたんだ、と思いながら俺が気にすることじゃないかとモップを動かし続ける。

「そんじゃまたな。ジウ、幸太」
「また来てね、キョウコさん」
「あ、お待ちしてます」

 キョウコが俺とジウに手を挙げて、部下を引き連れて扉から出て行く。気になって確認すると、3番もいた。まだ生きていて勝手に安心する。
 キョウコたちがいなくなったのを確認してから、イズキはスマホを弄った。そしてスマホを仕舞うのと入れ替えで、タバコを取り出して火をつける。

「タバコ減らすって言ったのにまた吸ってんじゃん。それに飯食うなら俺作ったのに」

 ジウが不満そうに献身的な小言を言う。ジウにそんなことを言われたらほとんどの女は禁煙するし作ってもらえたご飯をありがたく食べるだろうが、イズキはそんな小言を聞く男じゃないだろと目を向けると、案の定タバコを消す気配はなく煙を吐いている。

「これから俺は少し出てくる。ジウ、須原が掃除を全うするか監視しておけ。終わったら部屋で寝かせろ」
「は~い。いつ帰る?」
「長くはかからないと思うが、わからん。須原、お前はここのゴミも全部片付けろ」
「は、はい」

 食べ終わったカップ麺の容器にタバコを入れて、もう出て行くのかと思ったらイズキはジウを見つめた。

「それから、ジウ。間違ってもキョウコを信用するなよ」
「そのくらい言われなくてもわかってるってば。この店に来る人を信用するほど馬鹿じゃないって前も言ったよね」
「この店に来るやつらだけじゃない。誰も信用するな。須原のこともな」

 イズキは俺に目を向けてから、今度こそ出て行くらしく歩き始める。
 数時間前に買った買われたの関係が発生しただけで信用なんてないのは承知だが、面と向かって言われるとちょっとモヤモヤした。
 イズキが扉の先に消えると、ジウが俺を振り返った。

「幸太、信用しないなんてごめんね。イズキさん誰も信用しないから」
「え、ああ、いやいやお気遣いなく。ちょっとモヤモヤしただけで。お前に言われる筋合いないけどなって──」

 イズキがいなくなったことで心が軽くなってつい口も軽くなってしまったら、ジウは大きく笑った。

「ははっ!やっぱノウリの拷問耐えるだけあるね!この状況でイズキさんに不満抱けるのすごいよ、メンタル強い」
「そ、そうですか。メンタルだけは強くてよかったです」
「あ、俺に敬語じゃなくていいよ。俺と幸太に上下関係なんてないし」
「いやでも……俺は奴隷のようなもんなんで」
「敬語やめたら掃除手伝ってあげるけど」
「やめます。いや、やめる。マジで心から掃除手伝ってほしい」

 掃除を手伝ってくれると聞いて俺が瞬時に手のひらを返すと、ジウはまた笑った。

「よろしい。てかホント血すごいね。人死んだの?」
「うん、さっき死体は処理した。ハナビさんって人が客を殺したらしくて」
「あ~ハナビさん来てたんだ。あの人よく殺すんだよね」
「え……そうなんだ……」
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