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「エルムンドでは基本、店の治安を守るために戦闘能力のある者しか雇わない。その5人も例外なく戦闘能力の高い者たちだったが、2か月ほど前に5人全員死んでしまってな。それでウチは人手不足で、お前みたいな素人を買う羽目になってる」

 え、全員死んだ?

 ペットボトル1本分の水を飲んだはずなのに、口の中がカラカラだった。
 だいたい、この屈強な男5人の代わりが俺1人だけなのは計算が合わない。

「エルムンドの仕事は下手すれば死ぬ。下手しなくとも死ぬことがある。だが生きているうちは、それなりに人間的な生活をさせてやる。俺の話は以上だ。質問がなければこのあとさっそく店に出す」

 すべてを深く考えないようにして、俺は自分を納得させようと額に手を置いた。
 深く考えたくなくても1つだけ聞いておきたいことが頭に浮かんで、イズキの様子を窺いながら「……質問があります」と俺は挙手をした。

「……イズキさんも人殺し、なんですか」

 こんなことを聞いて怒らせたらどうしようという不安と共に手をゆっくり下ろすと、イズキとジウは一瞬真顔で俺を見つめた。しかしすぐにイズキはバインダーを持って肩をすくめ、ジウはおかしそうに口角を上げる。

「考えればわかるだろ。もっと生産性のあることを聞け」
「はは!イズキさんが何かを殺してるとこなんて、すぐ見れるよ」

 呆れた顔で立ち上がるイズキと楽しそうに笑っているジウを見て、俺は眩暈がした。

「お前はお前の意思で、俺の元で働くことを選んだ。欠損フェチの年増に買われて性奴隷をやるのと、ここで24時間働き続けるのとどっちがマシかは知らんが、嫌になったら言え。脚を切って熨斗つけて三ツ木に贈り返してやる」

 俺はイズキの話の途中から、降参するように両手を挙げて頷いていた。
 もう、俺はここで働くしかないのだ。それならちゃんと、何があっても生き残らなければならない。
 俺はせり上がる胃酸を飲み込んでから、立ち上がった。

++
 イズキの後に従って見るからに冷たい鉄のドアを通ると、上に伸びる狭い階段があった。
 どうやら今までいたところは地下らしい。

「この階段を上がると店──エルムンドだ。今から店を開ける。お前は客が来るまで掃除、客が来たら接客しろ」

 言いながら一段飛ばしで階段を上り始めるイズキに遅れないよう、俺は速足で追いかける。

「幸太は接客やったことある?」

 俺の後ろをついてきていたジウがそう聞いた。
 フレンドリーにされても、ジウが確実に一般人の枠にいないことへの恐怖が勝ってしまって、俺はぎこちなく振り返った。

「えっと、コンビニとかなら……」
「へえ~!あれだ、肉まん買い食いするとこだよね。コンビニってどこにあんの?東京?」
「え?いや、普通にどこにでも──」

 肉まんを買い食いできることは知っているのに、コンビニがどこにあるかは知らないのか?

 違和感を感じてすぐ、後ろを振り返ったまま階段を上がっていた俺は、ドンっと何かに──立ち止まったイズキにぶつかった。細い目に見下ろされて、俺は壁に張り付くように離れて頭を下げた。

「す、すみません!!」
「ジウ、お前はついてくるな。店には出さねえって言ってんだろ」
「残念でした~今日はキョウコさんが来るから俺は店に出ます」

 勝ち誇った顔でイズキにピースを向けるジウと、心底不快そうに眉を寄せたイズキに挟まれて、どういう事情があるのか全くわからない俺はイズキに殴られるかもしれないということだけ考えて身構えた。
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