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「イズキ様、申し訳ありません。もう少々お車でお待ちいただけますか。今別件で取り込んでまして」
「俺の案件は2ヶ月前から依頼してるだろ。今日の相談も人材がないとか有耶無耶に言うつもりなのはわかってる。もう言い訳は聞き飽きた」
「イズキ様のご依頼は適切な人間を見つけるのがかなり厳しく、お待たせしてしまっているのです」
「こっちは人手不足なんだって何度言わせれば気が済む。いいのが見つかるまでのつなぎでもいいから寄越せ」

  高圧的に、しかし落ち着いた声音で喋る男が三ツ木さんの隣に立つ。顔はよく見えないが背がかなり高そうだ。霞む目で男を見ると、男も俺を見下ろした。
    
「これはなんだ」
「20歳、男性、日本国籍。買い手は1人ついています」

  『これ』とは俺のことか。
 三ツ木さんが俺のデータを述べる様を聞いて、俺は売り物なんだと再確認してしまって嫌になった。

「身寄りは?」
「なしです」
「じゃ、つなぎはこいつでいい。寄越せ」

  俺の顔を見るためにしゃがんだ男は、彫りの深い目元をしていた。
  俺を捉える目元を見て何か既視感に襲われた。

「いくらだ」
「イズキ様、ご冗談を」

  しかし、その既視感の正体を探る前にイズキと呼ばれた男は立ち上がり、三ツ木さんに向けて腕を組んだ。

「これはイズキ様が提示された条件に合っておりませんし、既に買い手がついておりますので」
「身寄りがなくて日本語を喋れるなら最低条件は満たしてる。年も働き手として丁度いい。それに……」

  イズキが俺の後ろに立っているノウリを顎でしゃくる。

「ノウリを使ってるってことは、こいつが思いどおりにならなきゃ殺す気だろ」

  ノウリとイズキの関係性はわからないが、ノウリは微動だにしなかった。
  
「殺しがありなら、その買い手はこいつ以外にも希望を出してるんじゃないのか。候補として」

  三ツ木さんが短くため息を吐く。それは無言の肯定に見えた。

「彼は私に借金があるんです。買い取り金額で借金完済ができますし、彼が契約を断ってここで死んでも、死亡保険で完済が可能でして」
「その話は俺には関係ない。俺が買ったあとで、こいつが返済していけばいいだけの話だ。今まではそうしてたんじゃないのか」
「あいにく私は、金を手にできるチャンスをみすみす見逃すほどお人好しではないのです」

  微笑みを返す三ツ木さんを前に、イズキはどこからか紙とペンを取り出し何かを書き始める。

「売らないと言うなら、明日までに俺の提示した条件を完全に満たす人材を用意しろ。できなければ『エルムンド』は出禁にする」

  三ツ木さんの微笑が一瞬消えた。
  あの三ツ木さんが表情を崩すのを初めて見て、俺はこのイズキという男が最後にすがるべき藁に思えた。

「お、おれ、働け、ます……!手足、切られるくらいなら、貴方のとこで、働きます!働かせてください!」

  床を這うように体を動かして、イズキの足元に近づく。
  イズキは哀れみも不快もなく、俺をただ見下ろした。

「手足を切る予定なのか」
「買い手様がそういうご趣味の方でして」

  何でもないように返して、三ツ木さんはスラックスからスマホを取り出すと、耳に当てる。呼び出し音をさせながら、俺と目を合わせた。
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