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    もし本当に新坂と関係を持つのなら、せめて自分の肩書きは『恋人』であるべきだ。経緯と結果がどうであれ、新坂に必要なのは『恋人と愛し合った』という事実だと、瀬戸は思っていた。
    新坂の気持ちを知って、とにかく新坂に悲しまないでいてほしかった。自分がそばにいるだけで新坂が笑ってくれるのだから、一緒にいない理由はなかった。最初は本当に、新坂に笑顔でいてほしくて新坂の望みをできるだけ叶えてあげたかった。それだけだった。

(それだけだったはずだけど)

「こっち向い新坂さん」
「ユキトくん、っ……」

    待ってと言いたげに後退した新坂を追いかけて、瀬戸は唇を重ねた。
    新坂の家でキスをした日から数週間。瀬戸は隙あらば新坂にキスをするようになっていた。今は事務所の会議室に新坂を連れ込んで、唇を食んでいる。

(もっと、したい)

    これは瀬戸の望みだった。
    新坂がしたいかどうかではなく、瀬戸がしたいことをしてしまっていた。新坂の望みを叶えたかったはずなのに、自分の願望が先に立つようになってしまって、瀬戸はそんな自分に内心戸惑っていた。

「……ユキトくんって、思ったよりすごいよね」

    瀬戸が顔を離すと、唇をなめた新坂がそう言ってソファに座る。

「え、なにが?」
「ぐいぐい来るでしょ」

    新坂の隣に座ると、新坂はちらと瀬戸を見て、爪をいじり始める。先まで美しく整えられた、綺麗な爪の甘皮をいじっている。瀬戸はささくれができるのが心配で、手を重ねてやんわりといじるのをやめさせながら新坂を見た。

「あ~……こういう感じ苦手ですか」
「いや、ちがうよ、苦手とかじゃなくて。でも……照れるから」

   ちょっと 恥ずかしいっていうか、と小さく付け足す新坂を見て、

「可愛いですね、ほんと」

    瀬戸は思ったままそう言ってしまっていた。目を見開いて固まった新坂が、更に照れを増しながら胸元を叩いてくる。

「っ、なに。うわ、そういうこと色んな子に言ってんだろ、うわぁー。ユキトくん意外と遊んで──」
「待って。言ってないです、新坂さんだけです」

    腰を引き寄せて抱き付くようにすると、瀬戸を叩いていた新坂は動きを止めて唇を浅く噛んだ。これ以上照れるのを我慢しようとする姿に、瀬戸はまた可愛いと思った。

(今押し倒したらどういう顔するんだろう)

    欲が出てきて、軽く頭を振る。
    抱けるか試してほしいと言われた時は、想像もできなかった。でも今は、自分はきっと新坂に欲情するだろうと瀬戸にはわかり始めていた。
    本来新坂の願いは瀬戸と1度でいいからセックスをすることだ。だから、叶えられると思った段階で叶えてやることが新坂にとって1番いいはずだった。それがわかっているのに瀬戸は決断ができなくて、決断を拒む感情を言語化することもできていなかった。

「とりあえず、ここダメだよ。誰か来たら」
「来ないですって。ちゃんと予約してあるし」
「でも、万一バレたら……大変だし」

    新坂の目が揺れるのがわかった。新坂が自分の性指向をひた隠しにしたいタイプだというのは、瀬戸にもわかっていた。彼の不安を煽りたかったわけではないので、瀬戸は反省しながら新坂の頬を撫でる。

「ちゃんと気を付けます。でもここ、個室だし人目は──」

    ──コンコン

    そう返した途端、ドアがノックされた。
    「ほら!」と肩を押し返されてしまい、瀬戸は仕方なく身体を離す。瀬戸がドアを開けに行くと、笹川が立っていた。

「お、いた」

    そう言って室内に視線を巡らせた笹川は、ソファに座る新坂を見て「やっぱ2人か」と呟いた。

「今、打ち合わせしてて。何か用ですか?」
「あー……うん。瀬戸に用がある」

    笹川を部屋に入れる前に聞くと、笹川は新坂と瀬戸を見比べてから瀬戸に顔を向けた。なんだろうと瀬戸が笹川を見返すと一瞬だけ誰も話さなくなって、新坂が唐突に立ち上がった。

「あ、俺出ようか」

    笹川と新坂にしかわからない微細なやり取りがたまにある。古くからの友人関係が芸能人とマネージャーという関係を軽く超えていて、呼吸や目線で会話が成り立つような、瀬戸には踏み込めない領域があった。
    今まさに、瀬戸が気付かない間にそれが行われたようで、別にここにいて平気だと瀬戸が返す隙もなく笹川は「うん、悪いな」と言っていた。

「ありがとう、真澄」
「いや。じゃ、また後で」

    笹川と新坂は入れ替わるように、会議室に入り会議室を出ていく。バタン、とドアが閉まってから、笹川は新坂のいたソファに座った。

「瀬戸も真澄も見当たらないから、もうここしかないかと思って。何してた?」
「だから、普通に打ち合わせですよ」
「ほんとかよ。いつもはこんな仰々しく会議室なんて使ってないだろ」

    笹川はからかうように肩をすくめる。そんなことを言うのが本題ではないだろうと、瀬戸は向かいに座って笹川を見た。

「それで俺に用っていうのは」
「ちょっと1個、真面目な話をしたくて」

    肩をすくめるのをやめた笹川は膝の上で手を組む。瀬戸が『真面目な話』の内容を予想する間もなく、笹川の口は動き続けた。

「真澄とさ、付き合ってる?」

    言われた言葉に、瀬戸は瞬きを忘れた。笹川は瀬戸を静かに見ていて、瀬戸は何か言うよりも先に、まず平静を装うために瞬きを返した。

「……どうしてですか」
「そう見えるから」

    笹川の確信めいた言い方に、瀬戸は背中に汗が伝うのを感じていた。
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