13 / 20
13
しおりを挟む
もし本当に新坂と関係を持つのなら、せめて自分の肩書きは『恋人』であるべきだ。経緯と結果がどうであれ、新坂に必要なのは『恋人と愛し合った』という事実だと、瀬戸は思っていた。
新坂の気持ちを知って、とにかく新坂に悲しまないでいてほしかった。自分がそばにいるだけで新坂が笑ってくれるのだから、一緒にいない理由はなかった。最初は本当に、新坂に笑顔でいてほしくて新坂の望みをできるだけ叶えてあげたかった。それだけだった。
(それだけだったはずだけど)
「こっち向い新坂さん」
「ユキトくん、っ……」
待ってと言いたげに後退した新坂を追いかけて、瀬戸は唇を重ねた。
新坂の家でキスをした日から数週間。瀬戸は隙あらば新坂にキスをするようになっていた。今は事務所の会議室に新坂を連れ込んで、唇を食んでいる。
(もっと、したい)
これは瀬戸の望みだった。
新坂がしたいかどうかではなく、瀬戸がしたいことをしてしまっていた。新坂の望みを叶えたかったはずなのに、自分の願望が先に立つようになってしまって、瀬戸はそんな自分に内心戸惑っていた。
「……ユキトくんって、思ったよりすごいよね」
瀬戸が顔を離すと、唇をなめた新坂がそう言ってソファに座る。
「え、なにが?」
「ぐいぐい来るでしょ」
新坂の隣に座ると、新坂はちらと瀬戸を見て、爪をいじり始める。先まで美しく整えられた、綺麗な爪の甘皮をいじっている。瀬戸はささくれができるのが心配で、手を重ねてやんわりといじるのをやめさせながら新坂を見た。
「あ~……こういう感じ苦手ですか」
「いや、ちがうよ、苦手とかじゃなくて。でも……照れるから」
ちょっと 恥ずかしいっていうか、と小さく付け足す新坂を見て、
「可愛いですね、ほんと」
瀬戸は思ったままそう言ってしまっていた。目を見開いて固まった新坂が、更に照れを増しながら胸元を叩いてくる。
「っ、なに。うわ、そういうこと色んな子に言ってんだろ、うわぁー。ユキトくん意外と遊んで──」
「待って。言ってないです、新坂さんだけです」
腰を引き寄せて抱き付くようにすると、瀬戸を叩いていた新坂は動きを止めて唇を浅く噛んだ。これ以上照れるのを我慢しようとする姿に、瀬戸はまた可愛いと思った。
(今押し倒したらどういう顔するんだろう)
欲が出てきて、軽く頭を振る。
抱けるか試してほしいと言われた時は、想像もできなかった。でも今は、自分はきっと新坂に欲情するだろうと瀬戸にはわかり始めていた。
本来新坂の願いは瀬戸と1度でいいからセックスをすることだ。だから、叶えられると思った段階で叶えてやることが新坂にとって1番いいはずだった。それがわかっているのに瀬戸は決断ができなくて、決断を拒む感情を言語化することもできていなかった。
「とりあえず、ここダメだよ。誰か来たら」
「来ないですって。ちゃんと予約してあるし」
「でも、万一バレたら……大変だし」
新坂の目が揺れるのがわかった。新坂が自分の性指向をひた隠しにしたいタイプだというのは、瀬戸にもわかっていた。彼の不安を煽りたかったわけではないので、瀬戸は反省しながら新坂の頬を撫でる。
「ちゃんと気を付けます。でもここ、個室だし人目は──」
──コンコン
そう返した途端、ドアがノックされた。
「ほら!」と肩を押し返されてしまい、瀬戸は仕方なく身体を離す。瀬戸がドアを開けに行くと、笹川が立っていた。
「お、いた」
そう言って室内に視線を巡らせた笹川は、ソファに座る新坂を見て「やっぱ2人か」と呟いた。
「今、打ち合わせしてて。何か用ですか?」
「あー……うん。瀬戸に用がある」
笹川を部屋に入れる前に聞くと、笹川は新坂と瀬戸を見比べてから瀬戸に顔を向けた。なんだろうと瀬戸が笹川を見返すと一瞬だけ誰も話さなくなって、新坂が唐突に立ち上がった。
「あ、俺出ようか」
笹川と新坂にしかわからない微細なやり取りがたまにある。古くからの友人関係が芸能人とマネージャーという関係を軽く超えていて、呼吸や目線で会話が成り立つような、瀬戸には踏み込めない領域があった。
今まさに、瀬戸が気付かない間にそれが行われたようで、別にここにいて平気だと瀬戸が返す隙もなく笹川は「うん、悪いな」と言っていた。
「ありがとう、真澄」
「いや。じゃ、また後で」
笹川と新坂は入れ替わるように、会議室に入り会議室を出ていく。バタン、とドアが閉まってから、笹川は新坂のいたソファに座った。
「瀬戸も真澄も見当たらないから、もうここしかないかと思って。何してた?」
「だから、普通に打ち合わせですよ」
「ほんとかよ。いつもはこんな仰々しく会議室なんて使ってないだろ」
笹川はからかうように肩をすくめる。そんなことを言うのが本題ではないだろうと、瀬戸は向かいに座って笹川を見た。
「それで俺に用っていうのは」
「ちょっと1個、真面目な話をしたくて」
肩をすくめるのをやめた笹川は膝の上で手を組む。瀬戸が『真面目な話』の内容を予想する間もなく、笹川の口は動き続けた。
「真澄とさ、付き合ってる?」
言われた言葉に、瀬戸は瞬きを忘れた。笹川は瀬戸を静かに見ていて、瀬戸は何か言うよりも先に、まず平静を装うために瞬きを返した。
「……どうしてですか」
「そう見えるから」
笹川の確信めいた言い方に、瀬戸は背中に汗が伝うのを感じていた。
新坂の気持ちを知って、とにかく新坂に悲しまないでいてほしかった。自分がそばにいるだけで新坂が笑ってくれるのだから、一緒にいない理由はなかった。最初は本当に、新坂に笑顔でいてほしくて新坂の望みをできるだけ叶えてあげたかった。それだけだった。
(それだけだったはずだけど)
「こっち向い新坂さん」
「ユキトくん、っ……」
待ってと言いたげに後退した新坂を追いかけて、瀬戸は唇を重ねた。
新坂の家でキスをした日から数週間。瀬戸は隙あらば新坂にキスをするようになっていた。今は事務所の会議室に新坂を連れ込んで、唇を食んでいる。
(もっと、したい)
これは瀬戸の望みだった。
新坂がしたいかどうかではなく、瀬戸がしたいことをしてしまっていた。新坂の望みを叶えたかったはずなのに、自分の願望が先に立つようになってしまって、瀬戸はそんな自分に内心戸惑っていた。
「……ユキトくんって、思ったよりすごいよね」
瀬戸が顔を離すと、唇をなめた新坂がそう言ってソファに座る。
「え、なにが?」
「ぐいぐい来るでしょ」
新坂の隣に座ると、新坂はちらと瀬戸を見て、爪をいじり始める。先まで美しく整えられた、綺麗な爪の甘皮をいじっている。瀬戸はささくれができるのが心配で、手を重ねてやんわりといじるのをやめさせながら新坂を見た。
「あ~……こういう感じ苦手ですか」
「いや、ちがうよ、苦手とかじゃなくて。でも……照れるから」
ちょっと 恥ずかしいっていうか、と小さく付け足す新坂を見て、
「可愛いですね、ほんと」
瀬戸は思ったままそう言ってしまっていた。目を見開いて固まった新坂が、更に照れを増しながら胸元を叩いてくる。
「っ、なに。うわ、そういうこと色んな子に言ってんだろ、うわぁー。ユキトくん意外と遊んで──」
「待って。言ってないです、新坂さんだけです」
腰を引き寄せて抱き付くようにすると、瀬戸を叩いていた新坂は動きを止めて唇を浅く噛んだ。これ以上照れるのを我慢しようとする姿に、瀬戸はまた可愛いと思った。
(今押し倒したらどういう顔するんだろう)
欲が出てきて、軽く頭を振る。
抱けるか試してほしいと言われた時は、想像もできなかった。でも今は、自分はきっと新坂に欲情するだろうと瀬戸にはわかり始めていた。
本来新坂の願いは瀬戸と1度でいいからセックスをすることだ。だから、叶えられると思った段階で叶えてやることが新坂にとって1番いいはずだった。それがわかっているのに瀬戸は決断ができなくて、決断を拒む感情を言語化することもできていなかった。
「とりあえず、ここダメだよ。誰か来たら」
「来ないですって。ちゃんと予約してあるし」
「でも、万一バレたら……大変だし」
新坂の目が揺れるのがわかった。新坂が自分の性指向をひた隠しにしたいタイプだというのは、瀬戸にもわかっていた。彼の不安を煽りたかったわけではないので、瀬戸は反省しながら新坂の頬を撫でる。
「ちゃんと気を付けます。でもここ、個室だし人目は──」
──コンコン
そう返した途端、ドアがノックされた。
「ほら!」と肩を押し返されてしまい、瀬戸は仕方なく身体を離す。瀬戸がドアを開けに行くと、笹川が立っていた。
「お、いた」
そう言って室内に視線を巡らせた笹川は、ソファに座る新坂を見て「やっぱ2人か」と呟いた。
「今、打ち合わせしてて。何か用ですか?」
「あー……うん。瀬戸に用がある」
笹川を部屋に入れる前に聞くと、笹川は新坂と瀬戸を見比べてから瀬戸に顔を向けた。なんだろうと瀬戸が笹川を見返すと一瞬だけ誰も話さなくなって、新坂が唐突に立ち上がった。
「あ、俺出ようか」
笹川と新坂にしかわからない微細なやり取りがたまにある。古くからの友人関係が芸能人とマネージャーという関係を軽く超えていて、呼吸や目線で会話が成り立つような、瀬戸には踏み込めない領域があった。
今まさに、瀬戸が気付かない間にそれが行われたようで、別にここにいて平気だと瀬戸が返す隙もなく笹川は「うん、悪いな」と言っていた。
「ありがとう、真澄」
「いや。じゃ、また後で」
笹川と新坂は入れ替わるように、会議室に入り会議室を出ていく。バタン、とドアが閉まってから、笹川は新坂のいたソファに座った。
「瀬戸も真澄も見当たらないから、もうここしかないかと思って。何してた?」
「だから、普通に打ち合わせですよ」
「ほんとかよ。いつもはこんな仰々しく会議室なんて使ってないだろ」
笹川はからかうように肩をすくめる。そんなことを言うのが本題ではないだろうと、瀬戸は向かいに座って笹川を見た。
「それで俺に用っていうのは」
「ちょっと1個、真面目な話をしたくて」
肩をすくめるのをやめた笹川は膝の上で手を組む。瀬戸が『真面目な話』の内容を予想する間もなく、笹川の口は動き続けた。
「真澄とさ、付き合ってる?」
言われた言葉に、瀬戸は瞬きを忘れた。笹川は瀬戸を静かに見ていて、瀬戸は何か言うよりも先に、まず平静を装うために瞬きを返した。
「……どうしてですか」
「そう見えるから」
笹川の確信めいた言い方に、瀬戸は背中に汗が伝うのを感じていた。
11
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です2
はねビト
BL
地味顔の万年脇役俳優、羽月眞也は2年前に共演して以来、今や人気のイケメン俳優となった東城湊斗になぜか懐かれ、好かれていた。
誤解がありつつも、晴れて両想いになったふたりだが、なかなか順風満帆とはいかなくて……。
イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
素直じゃない人
うりぼう
BL
平社員×会長の孫
社会人同士
年下攻め
ある日突然異動を命じられた昭仁。
異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。
厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。
しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。
そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり……
というMLものです。
えろは少なめ。
どうも俺の新生活が始まるらしい
氷魚彰人
BL
恋人と別れ、酔い潰れた俺。
翌朝目を覚ますと知らない部屋に居て……。
え? 誰この美中年!?
金持ち美中年×社会人青年
某サイトのコンテスト用に書いた話です
文字数縛りがあったので、エロはないです
ごめんなさい
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
参加型ゲームの配信でキャリーをされた話
ほしふり
BL
新感覚ゲーム発売後、しばらくの時間がたった。
五感を使うフルダイブは発売当時から業界を賑わせていたが、そこから次々と多種多様のプラットフォームが開発されていった。
ユーザー数の増加に比例して盛り上がり続けて今に至る。
そして…ゲームの賑わいにより、多くの配信者もネット上に存在した。
3Dのバーチャルアバターで冒険をしたり、内輪のコミュニティを楽しんだり、時にはバーチャル空間のサーバーで番組をはじめたり、発達と進歩が目に見えて繁栄していた。
そんな華やかな世界の片隅で、俺も個人のバーチャル配信者としてゲーム実況に勤しんでいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる