8 / 20
8
しおりを挟む
想像していた通りの答えは、想像しえなかった懺悔と一緒だった。瀬戸は思わず花束を握り締めて、綺麗な包装が皺になる音がした。
「なんで、謝るんですか」
「だって、引いたでしょ」
「引いてないです」
本当のことだった。新坂の好意に驚きと動揺はあっても、引くなんて感情はなかった。
「……優しいね」
諦めたような声に、瀬戸は気持ちが伝わっていないことを悟って唇を噛む。
これは瀬戸が自分で始めた話だ、瀬戸自身が着地させなければならない。思っていることをちゃんと伝えようと、瀬戸は新坂に身体を向けた。
「俺は、元々新坂さんの気持ちに全然気付いてなくて。だから驚きが大きいというか、まだ整理がついてないですけど……でも、本当に引いてなんてないです」
新坂はこちらを見なかった。
瀬戸は新坂の横顔を見続けた。
「俺……このまま新坂さんと気まずくなるなんて嫌ですよ」
綺麗な横顔は「優しいね」と繰り返してから、細く息を吐く。
「……俺と1回だけ、寝てくれないかな」
脈絡なく、新坂はそう呟いた。
その意味が『添い寝』ではないことくらいは瀬戸にもわかった。そんな願いを言われてすぐには何も返せなくて、その間に新坂は俯いていた身体を起こすと瀬戸を見た。
「ユキトくんの優しさにつけこもうとして、ホント嫌なやつだね」
新坂は自嘲とも違う、自分ではない第三者を揶揄するように笑った。今目の前で薄幸に笑うこの人の願いを、わかりましたと叶えてやるのが優しいと言えるのか、瀬戸にはわからない。でも、こんな希望を抱くほどに新坂が悩んでいたのなら、簡単に関係を持つのも簡単に断るのも間違っている気がした。
「……抱けるか試してもらうだけでいいんだ」
この人にこんなことを言わせているのが自分だということが、瀬戸にはまだ信じられなかった。同時になぜか、初めて新坂に会った時のことが思い返された。有名モデルを前に緊張する瀬戸に、新坂は朗らかに笑いかけてくれた。
新坂の願いを叶えるのか、叶えるべきなのか、答えはまだ瀬戸の中になかった。あの夜、キスされた時から、瀬戸の胸はざわつくばかりで何の答えも出せていない。
それでも、瀬戸の中にはいつも新坂を大切に思う気持ちがあって、それだけは何があっても変わらなかった。
「……正直、今は自分でもどうしたいのかどうしたらいいのかわからないです。でも新坂さんのことは出会った時からずっと、尊敬も感謝もしていて。かけがえのない存在だと思ってます」
新坂は黙って瀬戸を見ていた。「新坂さんが大事なんです」と続けると、新坂は無表情を崩して唇を噛んだ。感情を保つためか自分を抱き締めるようにする彼を、引き寄せて安心させたい衝動にかられて、瀬戸は何か──朧気だった考えが明確になっていくのを感じた。
「これ、俺がどうするか決めていいんですよね」
瀬戸が新坂の顔から視線を外して聞くと、新坂の手がシャツを掴むのが視界に入る。
「……うん。ユキトくんが決めて。俺はなんでも受け入れる」
瀬戸は新坂の白くなっている爪を見つめてから、目線を上げた。これから言うことが正解なのかはわからないが、言いたいことだけは決まっていた。
「俺たちは今から恋人同士として過ごす。それでどうですか」
瀬戸は本気だった。
だから、ただ真剣にそう伝えた。
「なんで、謝るんですか」
「だって、引いたでしょ」
「引いてないです」
本当のことだった。新坂の好意に驚きと動揺はあっても、引くなんて感情はなかった。
「……優しいね」
諦めたような声に、瀬戸は気持ちが伝わっていないことを悟って唇を噛む。
これは瀬戸が自分で始めた話だ、瀬戸自身が着地させなければならない。思っていることをちゃんと伝えようと、瀬戸は新坂に身体を向けた。
「俺は、元々新坂さんの気持ちに全然気付いてなくて。だから驚きが大きいというか、まだ整理がついてないですけど……でも、本当に引いてなんてないです」
新坂はこちらを見なかった。
瀬戸は新坂の横顔を見続けた。
「俺……このまま新坂さんと気まずくなるなんて嫌ですよ」
綺麗な横顔は「優しいね」と繰り返してから、細く息を吐く。
「……俺と1回だけ、寝てくれないかな」
脈絡なく、新坂はそう呟いた。
その意味が『添い寝』ではないことくらいは瀬戸にもわかった。そんな願いを言われてすぐには何も返せなくて、その間に新坂は俯いていた身体を起こすと瀬戸を見た。
「ユキトくんの優しさにつけこもうとして、ホント嫌なやつだね」
新坂は自嘲とも違う、自分ではない第三者を揶揄するように笑った。今目の前で薄幸に笑うこの人の願いを、わかりましたと叶えてやるのが優しいと言えるのか、瀬戸にはわからない。でも、こんな希望を抱くほどに新坂が悩んでいたのなら、簡単に関係を持つのも簡単に断るのも間違っている気がした。
「……抱けるか試してもらうだけでいいんだ」
この人にこんなことを言わせているのが自分だということが、瀬戸にはまだ信じられなかった。同時になぜか、初めて新坂に会った時のことが思い返された。有名モデルを前に緊張する瀬戸に、新坂は朗らかに笑いかけてくれた。
新坂の願いを叶えるのか、叶えるべきなのか、答えはまだ瀬戸の中になかった。あの夜、キスされた時から、瀬戸の胸はざわつくばかりで何の答えも出せていない。
それでも、瀬戸の中にはいつも新坂を大切に思う気持ちがあって、それだけは何があっても変わらなかった。
「……正直、今は自分でもどうしたいのかどうしたらいいのかわからないです。でも新坂さんのことは出会った時からずっと、尊敬も感謝もしていて。かけがえのない存在だと思ってます」
新坂は黙って瀬戸を見ていた。「新坂さんが大事なんです」と続けると、新坂は無表情を崩して唇を噛んだ。感情を保つためか自分を抱き締めるようにする彼を、引き寄せて安心させたい衝動にかられて、瀬戸は何か──朧気だった考えが明確になっていくのを感じた。
「これ、俺がどうするか決めていいんですよね」
瀬戸が新坂の顔から視線を外して聞くと、新坂の手がシャツを掴むのが視界に入る。
「……うん。ユキトくんが決めて。俺はなんでも受け入れる」
瀬戸は新坂の白くなっている爪を見つめてから、目線を上げた。これから言うことが正解なのかはわからないが、言いたいことだけは決まっていた。
「俺たちは今から恋人同士として過ごす。それでどうですか」
瀬戸は本気だった。
だから、ただ真剣にそう伝えた。
13
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
「誕生日前日に世界が始まる」
悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です)
凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^
ほっこり読んでいただけたら♡
幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡
→書きたくなって番外編に少し続けました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
素直じゃない人
うりぼう
BL
平社員×会長の孫
社会人同士
年下攻め
ある日突然異動を命じられた昭仁。
異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。
厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。
しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。
そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり……
というMLものです。
えろは少なめ。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い
たけむら
BL
「いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い」
真面目な幼馴染・三輪 遥と『そそっかしすぎる鉄砲玉』という何とも不名誉な称号を持つ倉田 湊は、保育園の頃からの友達だった。高校生になっても変わらず、ずっと友達として付き合い続けていたが、最近遥が『友達』と言い聞かせるように呟くことがなぜか心に引っ掛かる。そんなときに、高校でできたふたりの悪友・戸田と新見がとんでもないことを言い始めて…?
*本編:7話、番外編:4話でお届けします。
*別タイトルでpixivにも掲載しております。
ミスターコン1位と1位が仲良くなりすぎる話
タタミ
BL
ミスターコン優勝経験者の大学3年生と大学1年生が出会って仲良くなる話です。
▼登場人物
長瀬天:大学3年生。とてもイケメン
築城晴馬:大学1年生。とてもイケメン
吉場京介:天の親友。フツメン
無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話
タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。
「優成、お前明樹のこと好きだろ」
高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。
メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?
上司命令は絶対です!
凪玖海くみ
BL
仕事を辞め、新しい職場で心機一転を図ろうとする夏井光一。
だが、そこで再会したのは、かつてのバイト仲間であり、今は自分よりもはるかに高い地位にいる瀬尾湊だった。
「上司」と「部下」という立場の中で、少しずつ変化していく2人の関係。その先に待つのは、友情の延長か、それとも――。
仕事を通じて距離を縮めていく2人が、互いの想いに向き合う過程を描く物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる