イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ

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    想像していた通りの答えは、想像しえなかった懺悔と一緒だった。瀬戸は思わず花束を握り締めて、綺麗な包装が皺になる音がした。

「なんで、謝るんですか」
「だって、引いたでしょ」
「引いてないです」

    本当のことだった。新坂の好意に驚きと動揺はあっても、引くなんて感情はなかった。

「……優しいね」

    諦めたような声に、瀬戸は気持ちが伝わっていないことを悟って唇を噛む。
    これは瀬戸が自分で始めた話だ、瀬戸自身が着地させなければならない。思っていることをちゃんと伝えようと、瀬戸は新坂に身体を向けた。

「俺は、元々新坂さんの気持ちに全然気付いてなくて。だから驚きが大きいというか、まだ整理がついてないですけど……でも、本当に引いてなんてないです」

    新坂はこちらを見なかった。
    瀬戸は新坂の横顔を見続けた。

「俺……このまま新坂さんと気まずくなるなんて嫌ですよ」

    綺麗な横顔は「優しいね」と繰り返してから、細く息を吐く。

「……俺と1回だけ、寝てくれないかな」

    脈絡なく、新坂はそう呟いた。
    その意味が『添い寝』ではないことくらいは瀬戸にもわかった。そんな願いを言われてすぐには何も返せなくて、その間に新坂は俯いていた身体を起こすと瀬戸を見た。

「ユキトくんの優しさにつけこもうとして、ホント嫌なやつだね」

    新坂は自嘲とも違う、自分ではない第三者を揶揄するように笑った。今目の前で薄幸に笑うこの人の願いを、わかりましたと叶えてやるのが優しいと言えるのか、瀬戸にはわからない。でも、こんな希望を抱くほどに新坂が悩んでいたのなら、簡単に関係を持つのも簡単に断るのも間違っている気がした。

「……抱けるか試してもらうだけでいいんだ」

    この人にこんなことを言わせているのが自分だということが、瀬戸にはまだ信じられなかった。同時になぜか、初めて新坂に会った時のことが思い返された。有名モデルを前に緊張する瀬戸に、新坂は朗らかに笑いかけてくれた。
    新坂の願いを叶えるのか、叶えるべきなのか、答えはまだ瀬戸の中になかった。あの夜、キスされた時から、瀬戸の胸はざわつくばかりで何の答えも出せていない。
    それでも、瀬戸の中にはいつも新坂を大切に思う気持ちがあって、それだけは何があっても変わらなかった。

「……正直、今は自分でもどうしたいのかどうしたらいいのかわからないです。でも新坂さんのことは出会った時からずっと、尊敬も感謝もしていて。かけがえのない存在だと思ってます」

    新坂は黙って瀬戸を見ていた。「新坂さんが大事なんです」と続けると、新坂は無表情を崩して唇を噛んだ。感情を保つためか自分を抱き締めるようにする彼を、引き寄せて安心させたい衝動にかられて、瀬戸は何か──朧気だった考えが明確になっていくのを感じた。

「これ、俺がどうするか決めていいんですよね」

    瀬戸が新坂の顔から視線を外して聞くと、新坂の手がシャツを掴むのが視界に入る。

「……うん。ユキトくんが決めて。俺はなんでも受け入れる」

    瀬戸は新坂の白くなっている爪を見つめてから、目線を上げた。これから言うことが正解なのかはわからないが、言いたいことだけは決まっていた。

「俺たちは今から恋人同士として過ごす。それでどうですか」

    瀬戸は本気だった。
    だから、ただ真剣にそう伝えた。
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