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暗い空が、瞬間的に眩むほど明るくなった。
「うわ、すごいな……」
大粒の雨が落ち始め、続いて振動すら感じそうなほどの雷鳴が轟く。
雨はすぐに滝のようになって、瀬戸は口を開けたまましばらく窓の外を見ていた。近所のタワーマンションに比べれば大したことのない賃貸の部屋だが、それでも5階にいると雷を近くに感じて稲光の迫力も違って見える。
瀬戸は雷に少し高揚感を覚えてから、部屋の壁に飾られた時計を見た。あと1時間ほどで新坂の衣装合わせに向かわなければならない。それまでに少しでもマシになっていればいいけど、と思いながら瀬戸はスマホで天気を調べ始めた。
──ピンポーン
天気予報を見始めてすぐ、チャイムが鳴った。
仕事が控えているため来客の予定はないし、特に荷物も頼んでいない。宅配ピザか何かの配達員が、部屋番号を間違って打ってしまったのだろうかと瀬戸は首を捻ってインターフォンのモニターを見た。
そこには配達員と呼ぶには整いすぎた顔立ちの男性が立っていた。
「え……新坂さん?」
『あ、ユキトくん?いきなりごめん』
「どうしました、こんな雨の中。仕事まであと1時間はありますよ」
『ちょっと出かけてたら、いきなり降られちゃって。ちょうどユキトくんのマンションの近くだったから、傘でも貸してもらえないかなと思って……』
申し訳なさそうに佇む新坂は黒いTシャツにデニム姿だった。脱色した金髪は濡れて茶髪のようになっていて、モニター越しでもずぶ濡れなのがわかる。
そりゃこの大雨だもんなと瀬戸が思うと同時に雷鳴が轟いて、新坂がマンションの外を見るのがモニターに写った。こんな天気では傘があってもなくても危ないだろうし、これ以上雨に打たれたら新坂が風邪を引いてしまうかもしれない。
ここでただ傘を貸して帰すほど、瀬戸はドライではなかった。
「外ひどいし、ウチで雨宿りしていったらどうですか。次の現場は一緒に行きましょう」
『え、いいの?』
「はい。今開けますから」
『わー助かる。ありがと』
眉を下げて笑う新坂を見て、瀬戸は胸にさざ波が広がるような感覚を覚える。その感覚と共に通話を終了させて、一瞬目を伏せてから解錠ボタンを押した。
++
「ドライヤーも使います?」
「いや、タオルだけで平気かな」
部屋にやってきた新坂にタオルを渡して、瀬戸は服を貸そうと風呂場まで着替えを取りに行った。新坂は185㎝の高身長だが、幸い瀬戸もわりと背は高いほうだ。ちょっと大きめのなら大丈夫かと干してあったTシャツとジャージを持って部屋に戻ると、新坂はタオルで髪を拭きながら持っていた紙袋から花束を取り出していた。
「これ、着替えるならどうぞ」
「わぁ!ありがとうございます。後で洗って返します」
花束をキッチンのカウンターに置いた新坂はわざと敬語で服を受け取って、お辞儀をしてから笑う。瀬戸も笑い返すと、新坂が一瞬部屋のドアを見るのがわかった。この場で──瀬戸の前で着替えるのを躊躇うような目の動きに感じられたが、新坂は特に出ていくでもなく着替えをソファに置くとTシャツを脱ぎ始める。
やることもなく突っ立っていると新坂の着替えを眺めることになってしまうので、瀬戸は視線を外しながら花束の置かれたカウンターに近づいた。
紫の細長い花が上品に整えられている。手に持つとラベンダーの香りがして、瀬戸はこの紫の花が何なのかを知った。
「花、結構濡れちゃってますね。ラッピングちゃんと乾かせるかな」
「あーそれ、その。ユキトくんにあげるやつだから」
「え?」
瀬戸が振り返ると、新坂は貸した服をちょうど着終わったところだった。
「だから、包装捨てちゃって大丈夫。適当に飾って」
言いながらソファに座って、新坂はまだ濡れている髪をかき上げる。
「なんで俺に」
「特に深い意味は、ないんだけど」
礼を言うのも忘れて瀬戸が疑問を口にすると、少し俯いて答えた新坂の目元に束の前髪が落ちた。
「今日なんとなく出掛けたら、新しい花屋さん見つけてさ。ユキトくんのマンション近くだったし、買って渡すだけ渡して帰ろうかなと思ったんだよ」
再び前髪をかき上げた新坂は、窓の外を見る。
「まさかこんな大雨になっちゃうとは」
纏う湿度が新坂の雰囲気を数段大人にしていて、瀬戸は相槌もせずにその横顔を眺めた。
「……あと、最近あんま話せてないなっていうのもあって。話のきっかけになればいいなって」
口元だけで笑う新坂は少し寂しげで、瀬戸の胸にちくりと何かが刺さる。
瀬戸に、最近新坂と距離を取っている自覚はあった。仕事以外での関わりを意図的に避けていた。仕事とプライベートを分けたくなったとか、そういったことではない。理由は明確にひとつだけあった。
数週間前、瀬戸は新坂にキスをされたからだ。
「うわ、すごいな……」
大粒の雨が落ち始め、続いて振動すら感じそうなほどの雷鳴が轟く。
雨はすぐに滝のようになって、瀬戸は口を開けたまましばらく窓の外を見ていた。近所のタワーマンションに比べれば大したことのない賃貸の部屋だが、それでも5階にいると雷を近くに感じて稲光の迫力も違って見える。
瀬戸は雷に少し高揚感を覚えてから、部屋の壁に飾られた時計を見た。あと1時間ほどで新坂の衣装合わせに向かわなければならない。それまでに少しでもマシになっていればいいけど、と思いながら瀬戸はスマホで天気を調べ始めた。
──ピンポーン
天気予報を見始めてすぐ、チャイムが鳴った。
仕事が控えているため来客の予定はないし、特に荷物も頼んでいない。宅配ピザか何かの配達員が、部屋番号を間違って打ってしまったのだろうかと瀬戸は首を捻ってインターフォンのモニターを見た。
そこには配達員と呼ぶには整いすぎた顔立ちの男性が立っていた。
「え……新坂さん?」
『あ、ユキトくん?いきなりごめん』
「どうしました、こんな雨の中。仕事まであと1時間はありますよ」
『ちょっと出かけてたら、いきなり降られちゃって。ちょうどユキトくんのマンションの近くだったから、傘でも貸してもらえないかなと思って……』
申し訳なさそうに佇む新坂は黒いTシャツにデニム姿だった。脱色した金髪は濡れて茶髪のようになっていて、モニター越しでもずぶ濡れなのがわかる。
そりゃこの大雨だもんなと瀬戸が思うと同時に雷鳴が轟いて、新坂がマンションの外を見るのがモニターに写った。こんな天気では傘があってもなくても危ないだろうし、これ以上雨に打たれたら新坂が風邪を引いてしまうかもしれない。
ここでただ傘を貸して帰すほど、瀬戸はドライではなかった。
「外ひどいし、ウチで雨宿りしていったらどうですか。次の現場は一緒に行きましょう」
『え、いいの?』
「はい。今開けますから」
『わー助かる。ありがと』
眉を下げて笑う新坂を見て、瀬戸は胸にさざ波が広がるような感覚を覚える。その感覚と共に通話を終了させて、一瞬目を伏せてから解錠ボタンを押した。
++
「ドライヤーも使います?」
「いや、タオルだけで平気かな」
部屋にやってきた新坂にタオルを渡して、瀬戸は服を貸そうと風呂場まで着替えを取りに行った。新坂は185㎝の高身長だが、幸い瀬戸もわりと背は高いほうだ。ちょっと大きめのなら大丈夫かと干してあったTシャツとジャージを持って部屋に戻ると、新坂はタオルで髪を拭きながら持っていた紙袋から花束を取り出していた。
「これ、着替えるならどうぞ」
「わぁ!ありがとうございます。後で洗って返します」
花束をキッチンのカウンターに置いた新坂はわざと敬語で服を受け取って、お辞儀をしてから笑う。瀬戸も笑い返すと、新坂が一瞬部屋のドアを見るのがわかった。この場で──瀬戸の前で着替えるのを躊躇うような目の動きに感じられたが、新坂は特に出ていくでもなく着替えをソファに置くとTシャツを脱ぎ始める。
やることもなく突っ立っていると新坂の着替えを眺めることになってしまうので、瀬戸は視線を外しながら花束の置かれたカウンターに近づいた。
紫の細長い花が上品に整えられている。手に持つとラベンダーの香りがして、瀬戸はこの紫の花が何なのかを知った。
「花、結構濡れちゃってますね。ラッピングちゃんと乾かせるかな」
「あーそれ、その。ユキトくんにあげるやつだから」
「え?」
瀬戸が振り返ると、新坂は貸した服をちょうど着終わったところだった。
「だから、包装捨てちゃって大丈夫。適当に飾って」
言いながらソファに座って、新坂はまだ濡れている髪をかき上げる。
「なんで俺に」
「特に深い意味は、ないんだけど」
礼を言うのも忘れて瀬戸が疑問を口にすると、少し俯いて答えた新坂の目元に束の前髪が落ちた。
「今日なんとなく出掛けたら、新しい花屋さん見つけてさ。ユキトくんのマンション近くだったし、買って渡すだけ渡して帰ろうかなと思ったんだよ」
再び前髪をかき上げた新坂は、窓の外を見る。
「まさかこんな大雨になっちゃうとは」
纏う湿度が新坂の雰囲気を数段大人にしていて、瀬戸は相槌もせずにその横顔を眺めた。
「……あと、最近あんま話せてないなっていうのもあって。話のきっかけになればいいなって」
口元だけで笑う新坂は少し寂しげで、瀬戸の胸にちくりと何かが刺さる。
瀬戸に、最近新坂と距離を取っている自覚はあった。仕事以外での関わりを意図的に避けていた。仕事とプライベートを分けたくなったとか、そういったことではない。理由は明確にひとつだけあった。
数週間前、瀬戸は新坂にキスをされたからだ。
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