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39.その後の話②『タマゴにまつわる話 後編』

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 九ヶ月目に入ってから、ほぼ毎日二人は愛し合っている。よりよい赤ちゃんを産みたいという思いから、という建前の下、新婚生活蜜月中を継続しているのだ。


 平らだったお腹は、予定通り五ヶ月目を過ぎた頃から膨らみ、今ではまるで風船のようだ。

 マンフリートもお腹を撫でるのが毎日の日課になっており、愛おしそうに撫でるその表情と仕草に、ルシャナはキュンとしてしまうのだ。


 ベッドの上でマンフリートの胸に背中を預けていたときだった。

 突然腹に圧迫感を感じた。


「マンフリート様! な、んですか、これ、きつい!」


 マンフリートはハッとして侍従たちを呼び付ける。


「リチャード、チャドラ、すぐ来い! 生まれるぞ!」


 三十秒ほどで二人が滑り込んできた。


「もうすぐだ、がんばれ」


 膨れ上がった腹の内部から鈍い光が漏れ始めた。


「大丈夫だ、順調に生まれるというサインだから、心配しなくていい」


 思わず不安でマンフリートを見上げる。

 緊張のためか、額から汗が吹き出る。チャドラがすかさず拭い、リチャードは大きな布を手に持ち、タマゴを受け取る準備をする。


「ルシャナ、今からタマゴを取り出すぞ」


 コクコクと頷く。マンフリートは、全神経をルシャナの腹とタマゴに注ぎ、手を翳して呪文を唱える。


 すると、ルシャナの腹は一層輝き、彼の感嘆が聞こえる。マンフリートも初めての経験に感動しているのだろう。少し引っ張られる感覚があるが、痛みはない。


 眩しいほどの光の中に、スイカほどの大きさのタマゴというより白い球体が現れた。


「もう少しだ」


 球体が完全に出ると、光も弱まり、マンフリートは急いでそれをすくい上げ、タマゴをリチャードに託す。


「これが、タマゴ? 僕たちの、赤ちゃん?」


「そうだ」


「ひびがどこかに入っている筈です。そこからゆっくり割って赤ちゃんを取り出しましょう」


 リチャードに言われるまま、二人はベッドの上に置かれたタマゴの上下左右を見回す。


「あった、ここにひびが!」


 いち早く見つけたルシャナが指差したそこには、たしかに小指の先ほどのひびが入っていた。


「ルシャナ、指で押してみて」


「え、でも。殻が赤ちゃんに当たったら……」


「大丈夫ですよ。腹から出て光が消えると、タマゴの殻は急激に柔らかくなります。殻は唯一赤ちゃん自身の防御手段ですから、それが今解かれたのです。両親に会うために」


 その一言に、思わず感激して目が潤む。雫が落ちる前にマンフリートの指で拭われて、大丈夫と言って手をタマゴの上に置いてくれた。


「さあ、赤ちゃんとご対面だ」


 注意深く、ゆっくりと殻を割っていく。あまりにも慎重になりすぎて、ほとんど割れていない。そっと指を掛けたその場所から、いきなり縦に亀裂が走った。


「ひぃ!」


 びっくりして思わず手で抑える。


「大丈夫だ。これは赤ちゃんが早く出してって合図をしているんだ」


「そ、そうかな?」


 慎重すぎるルシャナに、なぜかそこにいる全員まで息を潜めて見守っていた。

 二人で一番大きな殻を取り出した途端、


「ふにゃっ、ふっ、オギャアァァ……、オギャァァ!」


 控え目な泣き声が耳に飛び込み、中からルシャナにそっくりの真っ白い赤ちゃんが、現れた。


「うわぁ、かわいい……っ、僕たちの、赤ちゃん」


「なんて、なんてかわいらしいんだ……、ルシャナにそっくりで、俺の天使が二人に……」


 マンフリートも感極まっているのだろう、わずかに目が潤んでいるようだ。ルシャナはポロポロ涙を零し、チャドラとリチャードは二人して……号泣していた。


「ようこそ、赤ちゃん。ママとパパだぞ」


 完全に殻を取り除き、産湯に浸からせて綺麗にする。

 ルシャナも慎重にお湯に浸したガーゼで顔や腕を軽く擦る。


「柔らかくて、ぷにぷにしていて、かわいい……」


「男の子ですね。ルシャナ様にそっくりで、きっと目を開けたら赤い目がこちらを見るんでしょうね~!」


 二人の最初の子、跡継ぎが生まれた。

 愛する人の子を産めた喜びは、とても一言ではいい尽くせないほど様々な感情が心に去来する。


「男の子だから、名前は『アルトリート・バウムガルデン』にしよう。俺たちの息子だ」


「アルトリート……、ぴったりですね」


 思わずはにかんでしまう。当分ずっとこの顔になってしまうと思うが、幸せすぎてどうにかなりそうだ。


「さあ、ルシャナ様。どうぞ抱き上げてみてください」


 差し出されたアルトリートを、慎重に受け取り、胸の中へと抱える。


「うわ、軽い!」


 どこもかしこもふにゃふにゃで、彼なら手のひらに収まってしまうのではと思うくらい小さい。


「小さいけれど、しっかり息をしているぞ」


「当たり前ですよ、生きているんですから」


 すでに眠っているアルトリートに全員が釘付けだ。


「マンフリート様、残念ながら熊耳がないですが、跡継ぎとして認められますか、アルトリートは?」


 ハッとして、バウムガルデン家が熊一族の総本山であることを思い出して、恐る恐る訊ねる。


「何を言うか。正真正銘俺の子で、伝説の人の間に生まれた子だぞ。誰も熊耳ごときで文句を言うやつはどこにも、我が一族にはいないさ」


 不安もなくなり、目の前の息子に夢中になった。

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