39 / 43
39.その後の話②『タマゴにまつわる話 後編』
しおりを挟む
九ヶ月目に入ってから、ほぼ毎日二人は愛し合っている。よりよい赤ちゃんを産みたいという思いから、という建前の下、新婚生活蜜月中を継続しているのだ。
平らだったお腹は、予定通り五ヶ月目を過ぎた頃から膨らみ、今ではまるで風船のようだ。
マンフリートもお腹を撫でるのが毎日の日課になっており、愛おしそうに撫でるその表情と仕草に、ルシャナはキュンとしてしまうのだ。
ベッドの上でマンフリートの胸に背中を預けていたときだった。
突然腹に圧迫感を感じた。
「マンフリート様! な、んですか、これ、きつい!」
マンフリートはハッとして侍従たちを呼び付ける。
「リチャード、チャドラ、すぐ来い! 生まれるぞ!」
三十秒ほどで二人が滑り込んできた。
「もうすぐだ、がんばれ」
膨れ上がった腹の内部から鈍い光が漏れ始めた。
「大丈夫だ、順調に生まれるというサインだから、心配しなくていい」
思わず不安でマンフリートを見上げる。
緊張のためか、額から汗が吹き出る。チャドラがすかさず拭い、リチャードは大きな布を手に持ち、タマゴを受け取る準備をする。
「ルシャナ、今からタマゴを取り出すぞ」
コクコクと頷く。マンフリートは、全神経をルシャナの腹とタマゴに注ぎ、手を翳して呪文を唱える。
すると、ルシャナの腹は一層輝き、彼の感嘆が聞こえる。マンフリートも初めての経験に感動しているのだろう。少し引っ張られる感覚があるが、痛みはない。
眩しいほどの光の中に、スイカほどの大きさのタマゴというより白い球体が現れた。
「もう少しだ」
球体が完全に出ると、光も弱まり、マンフリートは急いでそれを掬い上げ、タマゴをリチャードに託す。
「これが、タマゴ? 僕たちの、赤ちゃん?」
「そうだ」
「ひびがどこかに入っている筈です。そこからゆっくり割って赤ちゃんを取り出しましょう」
リチャードに言われるまま、二人はベッドの上に置かれたタマゴの上下左右を見回す。
「あった、ここにひびが!」
いち早く見つけたルシャナが指差したそこには、たしかに小指の先ほどのひびが入っていた。
「ルシャナ、指で押してみて」
「え、でも。殻が赤ちゃんに当たったら……」
「大丈夫ですよ。腹から出て光が消えると、タマゴの殻は急激に柔らかくなります。殻は唯一赤ちゃん自身の防御手段ですから、それが今解かれたのです。両親に会うために」
その一言に、思わず感激して目が潤む。雫が落ちる前にマンフリートの指で拭われて、大丈夫と言って手をタマゴの上に置いてくれた。
「さあ、赤ちゃんとご対面だ」
注意深く、ゆっくりと殻を割っていく。あまりにも慎重になりすぎて、ほとんど割れていない。そっと指を掛けたその場所から、いきなり縦に亀裂が走った。
「ひぃ!」
びっくりして思わず手で抑える。
「大丈夫だ。これは赤ちゃんが早く出してって合図をしているんだ」
「そ、そうかな?」
慎重すぎるルシャナに、なぜかそこにいる全員まで息を潜めて見守っていた。
二人で一番大きな殻を取り出した途端、
「ふにゃっ、ふっ、オギャアァァ……、オギャァァ!」
控え目な泣き声が耳に飛び込み、中からルシャナにそっくりの真っ白い赤ちゃんが、現れた。
「うわぁ、かわいい……っ、僕たちの、赤ちゃん」
「なんて、なんてかわいらしいんだ……、ルシャナにそっくりで、俺の天使が二人に……」
マンフリートも感極まっているのだろう、わずかに目が潤んでいるようだ。ルシャナはポロポロ涙を零し、チャドラとリチャードは二人して……号泣していた。
「ようこそ、赤ちゃん。ママとパパだぞ」
完全に殻を取り除き、産湯に浸からせて綺麗にする。
ルシャナも慎重にお湯に浸したガーゼで顔や腕を軽く擦る。
「柔らかくて、ぷにぷにしていて、かわいい……」
「男の子ですね。ルシャナ様にそっくりで、きっと目を開けたら赤い目がこちらを見るんでしょうね~!」
二人の最初の子、跡継ぎが生まれた。
愛する人の子を産めた喜びは、とても一言ではいい尽くせないほど様々な感情が心に去来する。
「男の子だから、名前は『アルトリート・バウムガルデン』にしよう。俺たちの息子だ」
「アルトリート……、ぴったりですね」
思わずはにかんでしまう。当分ずっとこの顔になってしまうと思うが、幸せすぎてどうにかなりそうだ。
「さあ、ルシャナ様。どうぞ抱き上げてみてください」
差し出されたアルトリートを、慎重に受け取り、胸の中へと抱える。
「うわ、軽い!」
どこもかしこもふにゃふにゃで、彼なら手のひらに収まってしまうのではと思うくらい小さい。
「小さいけれど、しっかり息をしているぞ」
「当たり前ですよ、生きているんですから」
すでに眠っているアルトリートに全員が釘付けだ。
「マンフリート様、残念ながら熊耳がないですが、跡継ぎとして認められますか、アルトリートは?」
ハッとして、バウムガルデン家が熊一族の総本山であることを思い出して、恐る恐る訊ねる。
「何を言うか。正真正銘俺の子で、伝説の人の間に生まれた子だぞ。誰も熊耳ごときで文句を言うやつはどこにも、我が一族にはいないさ」
不安もなくなり、目の前の息子に夢中になった。
平らだったお腹は、予定通り五ヶ月目を過ぎた頃から膨らみ、今ではまるで風船のようだ。
マンフリートもお腹を撫でるのが毎日の日課になっており、愛おしそうに撫でるその表情と仕草に、ルシャナはキュンとしてしまうのだ。
ベッドの上でマンフリートの胸に背中を預けていたときだった。
突然腹に圧迫感を感じた。
「マンフリート様! な、んですか、これ、きつい!」
マンフリートはハッとして侍従たちを呼び付ける。
「リチャード、チャドラ、すぐ来い! 生まれるぞ!」
三十秒ほどで二人が滑り込んできた。
「もうすぐだ、がんばれ」
膨れ上がった腹の内部から鈍い光が漏れ始めた。
「大丈夫だ、順調に生まれるというサインだから、心配しなくていい」
思わず不安でマンフリートを見上げる。
緊張のためか、額から汗が吹き出る。チャドラがすかさず拭い、リチャードは大きな布を手に持ち、タマゴを受け取る準備をする。
「ルシャナ、今からタマゴを取り出すぞ」
コクコクと頷く。マンフリートは、全神経をルシャナの腹とタマゴに注ぎ、手を翳して呪文を唱える。
すると、ルシャナの腹は一層輝き、彼の感嘆が聞こえる。マンフリートも初めての経験に感動しているのだろう。少し引っ張られる感覚があるが、痛みはない。
眩しいほどの光の中に、スイカほどの大きさのタマゴというより白い球体が現れた。
「もう少しだ」
球体が完全に出ると、光も弱まり、マンフリートは急いでそれを掬い上げ、タマゴをリチャードに託す。
「これが、タマゴ? 僕たちの、赤ちゃん?」
「そうだ」
「ひびがどこかに入っている筈です。そこからゆっくり割って赤ちゃんを取り出しましょう」
リチャードに言われるまま、二人はベッドの上に置かれたタマゴの上下左右を見回す。
「あった、ここにひびが!」
いち早く見つけたルシャナが指差したそこには、たしかに小指の先ほどのひびが入っていた。
「ルシャナ、指で押してみて」
「え、でも。殻が赤ちゃんに当たったら……」
「大丈夫ですよ。腹から出て光が消えると、タマゴの殻は急激に柔らかくなります。殻は唯一赤ちゃん自身の防御手段ですから、それが今解かれたのです。両親に会うために」
その一言に、思わず感激して目が潤む。雫が落ちる前にマンフリートの指で拭われて、大丈夫と言って手をタマゴの上に置いてくれた。
「さあ、赤ちゃんとご対面だ」
注意深く、ゆっくりと殻を割っていく。あまりにも慎重になりすぎて、ほとんど割れていない。そっと指を掛けたその場所から、いきなり縦に亀裂が走った。
「ひぃ!」
びっくりして思わず手で抑える。
「大丈夫だ。これは赤ちゃんが早く出してって合図をしているんだ」
「そ、そうかな?」
慎重すぎるルシャナに、なぜかそこにいる全員まで息を潜めて見守っていた。
二人で一番大きな殻を取り出した途端、
「ふにゃっ、ふっ、オギャアァァ……、オギャァァ!」
控え目な泣き声が耳に飛び込み、中からルシャナにそっくりの真っ白い赤ちゃんが、現れた。
「うわぁ、かわいい……っ、僕たちの、赤ちゃん」
「なんて、なんてかわいらしいんだ……、ルシャナにそっくりで、俺の天使が二人に……」
マンフリートも感極まっているのだろう、わずかに目が潤んでいるようだ。ルシャナはポロポロ涙を零し、チャドラとリチャードは二人して……号泣していた。
「ようこそ、赤ちゃん。ママとパパだぞ」
完全に殻を取り除き、産湯に浸からせて綺麗にする。
ルシャナも慎重にお湯に浸したガーゼで顔や腕を軽く擦る。
「柔らかくて、ぷにぷにしていて、かわいい……」
「男の子ですね。ルシャナ様にそっくりで、きっと目を開けたら赤い目がこちらを見るんでしょうね~!」
二人の最初の子、跡継ぎが生まれた。
愛する人の子を産めた喜びは、とても一言ではいい尽くせないほど様々な感情が心に去来する。
「男の子だから、名前は『アルトリート・バウムガルデン』にしよう。俺たちの息子だ」
「アルトリート……、ぴったりですね」
思わずはにかんでしまう。当分ずっとこの顔になってしまうと思うが、幸せすぎてどうにかなりそうだ。
「さあ、ルシャナ様。どうぞ抱き上げてみてください」
差し出されたアルトリートを、慎重に受け取り、胸の中へと抱える。
「うわ、軽い!」
どこもかしこもふにゃふにゃで、彼なら手のひらに収まってしまうのではと思うくらい小さい。
「小さいけれど、しっかり息をしているぞ」
「当たり前ですよ、生きているんですから」
すでに眠っているアルトリートに全員が釘付けだ。
「マンフリート様、残念ながら熊耳がないですが、跡継ぎとして認められますか、アルトリートは?」
ハッとして、バウムガルデン家が熊一族の総本山であることを思い出して、恐る恐る訊ねる。
「何を言うか。正真正銘俺の子で、伝説の人の間に生まれた子だぞ。誰も熊耳ごときで文句を言うやつはどこにも、我が一族にはいないさ」
不安もなくなり、目の前の息子に夢中になった。
10
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる