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37.エピローグ
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エピローグ
もうほとんどラジェールのことは思い出さない。
というよりも思い出せばつらい過去しかないので、ルシャナの中ではすでに遠い忘却の彼方にあった。
実は二回、鏡で両親を覗いてみた。好奇心からというより、訣別する意味合いを込めてだ。
結果は、見ても見なくても何も変わりはしなかったということだけだ。
理由はわかっている。見るように勧めてくれたのが、マンフリートで、二人で一緒に見たからだ。
一人で見ていたら落胆とか、そういう感情も沸いていたかもしれないが、まったく知らない他人を見ているようで、自分の中ではすでに過去になったのだと確信して、安堵した瞬間でもあった。
そしてそのタイミングで自分の寿命についてマンフリートが重々しい口調で語ってくれたのだ。
「ああ……っ、いつか話さなければと思って先延ばしにしていた、ルシャナの一生に関する寿命の話だ」
そう前置きをして語り出した話は、正直信じ難いことばかりで、どう噛み砕けばいいのかさっぱりだ。
「え……。僕の寿命が八十年、六十年、二十年と変化して、今が三千年!?」
「そうだ。思い出したくはないだろうが……結婚の儀式、あれは異種間で行われるもので、結婚する二人の寿命を揃えるために、この場合はあなたの寿命を二十年から俺の千年に延ばすための儀式だった。でも、実際はあなたの寿命がどんどん減っていったのは、新しく生まれ変わり三千年の寿命を得るためだったのだと思う。つまり、この世界に来て本来の姿である白き異界人としての人生が、あの日にスタートしたのだと俺は考えている。そして結果的にあなたの寿命に俺の寿命が延ばされたということだ」
つまり人生八十年だと思っていた自分の命が、いつのまにか三千年になっていた!?
頭が混乱する。それにしてもマンフリートの寿命が千年というのも驚きだ。この国の人間は長寿なのだと知り、さらに王は不老不死だというからもう現実とは思えない情報を一気に放出され、うまく飲み込めない。
「おそらくルシャナの年齢も16歳ではなくだいたいチャドラと同じくらいの80歳だと思うぞ」
「そうなんですか。ぜんぜん自分のことまで気が回りませんでした。マンフリート様は250歳なんですよね。想像がつかないですけれど」
「そうなのか? こちらではそれが普通だから、八十年しかないあなたの世界のほうが、俺たちにとっては信じ難い短さだ。100歳を過ぎると一人前の大人に成長する。それ以降は死ぬ間際まで見た目もずっと変わらないぞ? だから数えるだけ無駄かもな」
「じゃ、僕も100歳になったら、筋肉質の体になることもあるかもしれませんね。外見が変わらなくなるって、僕はどこまで成長できるのでしょうか。せめて、もう少し大人っぽくても……」
「うっ、できれば、その、可憐な姿でいてほしいというか……筋肉隆々というのは、想像できないな」
「冗談ですよ。でもそう言ってもらえてすごく嬉しいですっ。僕はずっとこの外見のせいで、家族に阻害されてきましたから、ノースフィリアにくるまで、自分の外見がとても嫌いでした。でも、それを気に入ってくれて愛してくれるマンフリート様が望むなら……、できる限りこの外見を維持します。太ったら、ごめんなさい」
「ちょっと気障ったらしいが、どんな姿になっても愛する妻であることに変わりはないし、それは死ぬまでずっとそう思っていると思う。俺はこう見えて一途だから、逆に逃げられないように気をつけないとな」
「そんなこと! 僕も同じ気持ちです」
「すごく癪だが……結果的に、ラウル王に感謝しなければならないな。あの方以外、異世界へ行くことはできないのだから」
ルシャナの能力を知られた時点で、今後はさらに彼を中心に不穏分子が活発化するだろうと、ラウル王は予想している。それはマンフリートも同意見だ。
隣国で元アズヘイム王国滅亡の際に、同じく領土を増やしたナヴァエラ王国とはより連携を取らなければならなくなるだろうし、当然そういった実践においては、将軍であるマンフリートが参加しなければならないことは一層増えるだろう。
ルシャナは今後、強固な守りを固めなければならない城で、行動範囲は狭くなり、窮屈で我慢を強いることになるだろう。もともとそういう生活を送ってきたようだから、古傷を抉ることになるかもしれない。
それでもあのように浚われるよりはずっといいとわかってほしいし、ルシャナを敵の手に落とすわけにはいかないのだ。
もちろん自分が帰ってきたときは、どこへでも連れて行くつもりだし、彼のしたいことを一緒にやりたいと思う。そしてすべてをかけて愛し、尽くそう。
「僕が生まれてきた意義……あります。マンフリート様に出会うために、生まれてきたのだと思います」
それは照れでもなんでもなく、彼にとっての真実なのだろう。自分の存在が彼に希望を与えたと知り、これほどの果報者がいるだろうか。
遥か遠く、時空を越えてルシャナと奇跡的に出会い、そして愛し合うようになり、今夫婦となったのだ。
まさに運命の出会いなのだと胸を張って言える。
愛すべき人たちに囲まれたルシャナが幸せでないはずがない。これからは彼が不幸になることは二度とないと断言できる。
愛する人たちのいる場所、いつでも帰れる場所。
故郷というのはそういうものだとルシャナはすでに知っている。
幸せでいるために、今日もマンフリートは愛しの妻に愛を囁くのであった。
【END】
※番外編あります
もうほとんどラジェールのことは思い出さない。
というよりも思い出せばつらい過去しかないので、ルシャナの中ではすでに遠い忘却の彼方にあった。
実は二回、鏡で両親を覗いてみた。好奇心からというより、訣別する意味合いを込めてだ。
結果は、見ても見なくても何も変わりはしなかったということだけだ。
理由はわかっている。見るように勧めてくれたのが、マンフリートで、二人で一緒に見たからだ。
一人で見ていたら落胆とか、そういう感情も沸いていたかもしれないが、まったく知らない他人を見ているようで、自分の中ではすでに過去になったのだと確信して、安堵した瞬間でもあった。
そしてそのタイミングで自分の寿命についてマンフリートが重々しい口調で語ってくれたのだ。
「ああ……っ、いつか話さなければと思って先延ばしにしていた、ルシャナの一生に関する寿命の話だ」
そう前置きをして語り出した話は、正直信じ難いことばかりで、どう噛み砕けばいいのかさっぱりだ。
「え……。僕の寿命が八十年、六十年、二十年と変化して、今が三千年!?」
「そうだ。思い出したくはないだろうが……結婚の儀式、あれは異種間で行われるもので、結婚する二人の寿命を揃えるために、この場合はあなたの寿命を二十年から俺の千年に延ばすための儀式だった。でも、実際はあなたの寿命がどんどん減っていったのは、新しく生まれ変わり三千年の寿命を得るためだったのだと思う。つまり、この世界に来て本来の姿である白き異界人としての人生が、あの日にスタートしたのだと俺は考えている。そして結果的にあなたの寿命に俺の寿命が延ばされたということだ」
つまり人生八十年だと思っていた自分の命が、いつのまにか三千年になっていた!?
頭が混乱する。それにしてもマンフリートの寿命が千年というのも驚きだ。この国の人間は長寿なのだと知り、さらに王は不老不死だというからもう現実とは思えない情報を一気に放出され、うまく飲み込めない。
「おそらくルシャナの年齢も16歳ではなくだいたいチャドラと同じくらいの80歳だと思うぞ」
「そうなんですか。ぜんぜん自分のことまで気が回りませんでした。マンフリート様は250歳なんですよね。想像がつかないですけれど」
「そうなのか? こちらではそれが普通だから、八十年しかないあなたの世界のほうが、俺たちにとっては信じ難い短さだ。100歳を過ぎると一人前の大人に成長する。それ以降は死ぬ間際まで見た目もずっと変わらないぞ? だから数えるだけ無駄かもな」
「じゃ、僕も100歳になったら、筋肉質の体になることもあるかもしれませんね。外見が変わらなくなるって、僕はどこまで成長できるのでしょうか。せめて、もう少し大人っぽくても……」
「うっ、できれば、その、可憐な姿でいてほしいというか……筋肉隆々というのは、想像できないな」
「冗談ですよ。でもそう言ってもらえてすごく嬉しいですっ。僕はずっとこの外見のせいで、家族に阻害されてきましたから、ノースフィリアにくるまで、自分の外見がとても嫌いでした。でも、それを気に入ってくれて愛してくれるマンフリート様が望むなら……、できる限りこの外見を維持します。太ったら、ごめんなさい」
「ちょっと気障ったらしいが、どんな姿になっても愛する妻であることに変わりはないし、それは死ぬまでずっとそう思っていると思う。俺はこう見えて一途だから、逆に逃げられないように気をつけないとな」
「そんなこと! 僕も同じ気持ちです」
「すごく癪だが……結果的に、ラウル王に感謝しなければならないな。あの方以外、異世界へ行くことはできないのだから」
ルシャナの能力を知られた時点で、今後はさらに彼を中心に不穏分子が活発化するだろうと、ラウル王は予想している。それはマンフリートも同意見だ。
隣国で元アズヘイム王国滅亡の際に、同じく領土を増やしたナヴァエラ王国とはより連携を取らなければならなくなるだろうし、当然そういった実践においては、将軍であるマンフリートが参加しなければならないことは一層増えるだろう。
ルシャナは今後、強固な守りを固めなければならない城で、行動範囲は狭くなり、窮屈で我慢を強いることになるだろう。もともとそういう生活を送ってきたようだから、古傷を抉ることになるかもしれない。
それでもあのように浚われるよりはずっといいとわかってほしいし、ルシャナを敵の手に落とすわけにはいかないのだ。
もちろん自分が帰ってきたときは、どこへでも連れて行くつもりだし、彼のしたいことを一緒にやりたいと思う。そしてすべてをかけて愛し、尽くそう。
「僕が生まれてきた意義……あります。マンフリート様に出会うために、生まれてきたのだと思います」
それは照れでもなんでもなく、彼にとっての真実なのだろう。自分の存在が彼に希望を与えたと知り、これほどの果報者がいるだろうか。
遥か遠く、時空を越えてルシャナと奇跡的に出会い、そして愛し合うようになり、今夫婦となったのだ。
まさに運命の出会いなのだと胸を張って言える。
愛すべき人たちに囲まれたルシャナが幸せでないはずがない。これからは彼が不幸になることは二度とないと断言できる。
愛する人たちのいる場所、いつでも帰れる場所。
故郷というのはそういうものだとルシャナはすでに知っている。
幸せでいるために、今日もマンフリートは愛しの妻に愛を囁くのであった。
【END】
※番外編あります
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