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36.マンフリート

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「ああ、本当によかったです! 僕はあまり心配していませんでしたけどね、時間の問題だと思っていました! なんというか、もう二人とも色気垂れ流しなのが、この僕にもわかりましたからね!」


「こら、余計なことを言うんじゃない」


 そんな調子のよい親子漫才のチャドラとリチャードの会話を余所に、二人はベッドの中で、とくにルシャナは腕の中で恥ずかしがって一向に顔を見せてくれないのだ。


 朝、いつものようにチャドラが入ってきておはようございます、と言った瞬間、持っていたポットを床に落とすという失態をし、さらにはきゃあああと悲鳴をあげて、父親を呼びに行くというわけのわからない行動に出たのだ。


 そしてリチャードがすぐにやってきたその手には、なぜかバラの花びらがカゴいっぱいに入っていた。本来ならば、これこそ昨晩ベッドにばら撒くべきもので、バラの香りには精力を呼び出す作用があるとかないとか。


 そういえばルシャナから昨晩バラの香りがしているのをいまさらながら思い出す。

 彼はその効能を知らずに、香り付けに服につくようにしただけなのだろうが、結果的にそれに誘われたかどうかは疑問だが、こうして結ばれた。


 今侍従達にベッドのそばで昨晩の功績を讃えられているわけだ。


 恥ずかしさに居たたまれないのだろう、ルシャナはしばらくはずっとマンフリートの胸に顔を埋めたままだった。


 こんなに内気なルシャナを、あそこまで大胆にさせてしまったことを深く反省していた。きっと本人は死ぬほど恥ずかしかっただろうに、結果として勇敢だったのはルシャナで、マンフリートが単なる腰抜けだったというわけだ。


(だが……あんなにいやらしくてかわいらしくて積極的なルシャナを、また見たいと言ったら、どんな顔をするだろうか、いや……泣きそうだな……)


 密かに再現を願ったのは内緒だ。

 それから湯浴みをして、さっぱりした服に着替えてから、二人はようやく朝食にありついた。


「ん。仕事を休みたくなってきたな……。妻の体が心配だから、休みますって、欠勤届でも出すか」


 そんなことをポロリと漏らすと、間髪入れず有能なリチャードは眉をしかめる。


「それ、毎回使えると思います? だめですよ。ちゃんと仕事に行ってください。仮にも将軍様なのですからね」


 まだ、不穏分子の正体はわからないし、そのことでラウル王はマンフリートたちには内緒の何かを握っていると思われるのに、いまだに知らされていない。


 問題は山積みだし、国境付近の駐屯地への人員も増やすことが決定し、宿舎や施設の増設に見張り台も増やし、探索も進めなければならず、近年稀に見る忙しさになりそうなのだ。


 おそらく出張もどんどん増えることだろう。そのたびに連れて行きたいと思うのだが、全力で止められるだろう。


 不穏分子はルシャナを狙っている。何が目的なのかはまったくわからないので警戒レベルを上げた。


 闇魔法の変化の術は外見が変わるだけだと知っているので、城中の結界内は動物の本性を持つ者以外は入れないように術を施してある。


 それにリチャードとマンフリートで結界を張っているので、万が一マンフリートが留守でも問題なく張り直せるのだ。


 ルシャナにも十分言い聞かせている。もう二度とどんな理由であれ、けして誘われても行ってはいけないと言い含めている。たとえそれが身近な人の命に関わることであってもだ。


 ユージンから貰った鏡で何かよからぬ事を見てしまったときなどは、必ずマンフリートもしくはリチャードに報告し、場合によってはユージンまで届くことになっている。


 ちなみに複数鏡を所持しているので、返却はしなくてよいと言われている。試しにマンフリートも一個くれと言ってみたのだが、素気なく断られた。


「まあ……俺だけを見るならまったく問題ないし、むしろ見てくれたほうがうれしいが。その、一人でここにいると、寂しくはないか?」


「もちろん、寂しいです。ずっと一緒にいたいですけれど……」


 これから以前よりもさらに帰れない日が続くだろう。それはとてもかわいそうなことだ。


「では、提案があるのだが」


「なんでしょう。寂しくなくなる方法が、鏡の他にもあるのですか?」


「ああ。今朝から、いや、駐屯地にいるときから考えていたのだが、その……」


 いざとなると、なかなか口にはできないものだ。本当にルシャナには、格好悪いところばかりを見せてしまっている気がする。常に彼の目には逞しくて勇敢な自分を見せ続けていたいのに、どうにもボロが出てしまうようで、情けない。


「なんです?」


 ルシャナはまったく想像がつかないようだ。それもそうだ。夫婦だからと言って何でもかんでも相手の考えがわかるわけがないのだ。


「……二人の、子供を作らないか? そうすれば、きっと寂しくなくなるだろうし、俺もがんばれるというか……」


 皆まで言う前に、ルシャナはうれしい! と言って抱きついてきたのだ。

 ルシャナを膝の上に跨がらせて、同意の印なのか熱烈なキスをしてくれた。


 ああ、幸せすぎて地に足がつかないというのは、こういう感覚なのだと、ルシャナのおかげで気づくことができた。


 遠い世界から、マンフリートの腕の中へとやってきた花嫁。愛してやまない自慢の妻。


 結果的に彼は故郷のことをほとんど話さないし、思い出したくないようだが、それでもたった一人、知らない世界へやってきたのは事実だ。


 そして縁あってこうして夫婦になり、日々愛を育てているのだ。

 幸せにしたい。そして幸せになりたい。それが二人の願いだ。


 ルシャナはかわいいだけではなくて、その身のうちには強大な力を秘めており、まだ本人には話せずにいるがルシャナのおかげで寿命が三倍にも延びたのだ。 


 これから生まれてくるであろう子供も、その血を受け継ぐ可能性は十分にある。


 願わくは寿命も受け継いでほしいと思う。生まれてくる子もきっと愛するだろう。しかし、ルシャナ以上に愛おしい存在はいないと断言できる。


 これからおよそ三千年、二人は一生を共にするのだ。それはとてつもなく長く、幾多の苦悩や悲しみ、別れ、いろいろ経験することだろう。


 しかし、傍らには常に寄り添う夫がいるのだと知ってほしい。

 それはマンフリートにも同じ事が言える。隣には必ず愛する妻がいるのだ。

 長い人生、まさに苦楽を共にすることが、夫婦としての絆をより深めていくものだと信じて疑わない。




 天寿を二人で一緒に全うする。



 先に逝かないでほしい。



 あなたを置いて先に逝きたくない。




 どうか神様がいるというのなら、二人同時に息絶えたいという願いを叶えてほしい。


 そんな遙か先のことを願いつつ、今自分の腕の中にいる、遠くからやってきた妻を、全力で愛することを改めて心に誓うマンフリートであった。
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