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32.マンフリート

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「将軍、大変です。敵の侵入を察知しました。捜索中ですが見当たらないんです。大至急捜査範囲を広げる指示をください」


 部下が会議室に飛び込んできた途端、マンフリートは隊長にあとは任せるといい、ルシャナを見てくると飛び出したのだ。


「ルシャナ、いるか!」


 気が急いて、宿舎に到着する前に走りながら大声で部屋に向かう。

 しかし、部屋に辿り着く前に、部屋のドアがかすかに開いていることに気づき、部屋のドアを大きく開けた。

 しかしそこには、ルシャナが今朝から一生懸命に作っていたハンカチの束だけが無残にも床に散らばり……彼はどこにもいなかった。


 冷静になれとマンフリートは自身を落ち着かせ、部屋に犯人の痕跡がないかを徹底的に探知魔法で探る。闇魔法を感知するのはかなりの集中力を要する。

 思いの外時間がかかってしまったが、自分に怪我をさせた魔法、隊長に怪我をさせた矢尻に残った魔法、そのどちらにも感じた同じ系統魔法――すなわち闇魔法の存在を微量だが察知した。


 敵の目的はわからない。ルシャナの能力がほしいのか、それともルシャナ自身がほしいのか。相手がどこまで情報を掴み、なんのために必要なのか、正直いくら考えたところですべてが仮説でしかない。


 今はそのような時間を浪費している暇はないのだ。

 マンフリートは飛び出し、部下を引き連れてルシャナの捜索に全力を注いだ。


 森の中を手がかり無くして進むのは無謀だが、幸い昨日は仕掛けを何箇所かに施して駐屯地まで戻ったので、そのいくつかに誘拐犯は引っかかっていた。


「将軍、ここを通過してから、まだそれほど時間は経っていないです。おそらくルシャナ様を担いでいるためか、速度は遅いです」


「気づかれないように、追うぞ」


 少しでも傷をつけたら、殴り殺してやると煮えたぎる怒りをなんとか抑えて、マンフリート以下全員は猛ダッシュで走った。


 まだ追いつけない。


 焦りと苛立ちを覚えながらも、物音を極力立てずに走り続けた。三十分ほど走ったとき、かすかにルシャナの匂いを嗅ぎ取る。


 熊一族の並外れた嗅覚きゅうかくが何よりも先に察知できた。マンフリートは後続の部下達に指でルシャナが近くにいると合図する。


 にわかに兵士達の士気が上がるのを感じた。


『あの先に、いるぞ。おまえ達は左右に分かれて挟み込め。俺が敵の注意を引くからその隙に足止めしろ』


(見つけたぞ! 負ぶさっているのがルシャナに間違いない)


 マンフリートは相手が気づく寸前、声をかけずにいきなり魔法で足止めを食らわせる。すると二人は急激に停止させられたため、その反動で背負っていたルシャナが投げ出されてしまった。


「危ないっ!」


 地面に叩きつけられる寸前にマンフリートは風を起こして地面すれすれでルシャナをこちらへと掻っ攫った。


「ルシャナ! 無事か!」


 犯人達は一斉に両脇から飛び出してきた部下たちによって羽交い締めにされている。

 ルシャナは魔法で完全に眠らされていた。


(よかった! まだ何もされていないし、無傷のようだ……!)


 犯人たちは部下が取り押さえてすでに気絶させていた。この場所は昨日マンフリートが刺された場所よりもだいぶ奥へ進んでいた。それは地図でラウル王が探知できなかった場所に向かっているようにも思えた。つまり、彼らは本部へ向かっているのだろうか。


 周囲を捜索させても、どこにもそれらしきアジトの入り口は見つけられなかった。

 結界があるとされている場所は、はもっと先のナヴァエラ王国との国境付近にあった。


 間一髪、ルシャナが彼らの本部へ連れ込まれなかったことに安堵した。もう二度と離しはしないと、マンフリートは心の奥底に刻みつけた。


 まだ目を覚まさないルシャナをずっと背負いながら駐屯地へ戻ると、予想通り、そこにはリチャード、チャドラ、ユージン、そしてラウル王までいた。









「王よ。こんな場所まで足を運ばなくても……」


 おそらく一番の関心はルシャナにあるのだろう。さすがの王も瞬間移動はできない。


 ましてや鏡の中からその場所へ行くという、離れ業などできないので大変興味を持ったようだ。単なる好奇心でついてきたとしか思えないので、ユージンが殺意を覚えそうなほど辛辣な視線をラウル王に向けっぱなしなのだそうだ。


「ルシャナ様、よくぞご無事で! マンフリート様、お仕事があるでしょうから、私とチャドラで徹底的なお世話をしますからご安心くださいませ。もう何人たりとも近づけさせません」


 二人を信頼していないわけではないし、彼らなら完璧にこなし、どんな敵からも守ってくれるだろう。しかし、それでもマンフリートはルシャナから離れたくないのだ、いや、怖くて離れられないのだ。


「マンフリート……。気持ちは痛いほどよく分かりますが、将軍としての責務を果たしなさい」


 滅多に厳しい口調で言わないユージンに言われ、彼が自分よりも年上なのを思い出した。


「……了解した」


 隊長の執務室を借りて、三人は話し合いをすることにした。


 順を追ってすべてを話していく中で、物的証拠は二つ。矢尻とナイフだ。矢尻はすでに渡しているので、自分が刺されたときのナイフを見せる。ユージンは単なる闇魔法でしょうと、それ以上のものは何も感じなかったようだが、ラウル王はじっと睨み続けていた。


「……あり得ない……うそ、だろ」


 いつもでんと構えて鷹揚おうようなラウル王の顔が、わずかに青ざめているのだ。


「どうなさったのです、ラウル王?」


 王の異変に気づいたユージンが問いかけたが、王は心ここに在らずだ。


「ユージン、あとは頼む。俺はちょっとこれを持ち帰って確認をする。俺一人の判断ではどうしようもない。三人に確かめてくる。しばらく留守にするから、後を頼む」


 三人とは言うまでもなく、シェーネ王、グリシャ王、エーリス王のことだろう。それほど重要な何かを、王は感じたのだろう。こんなことは未だかつてなかったことなので、ユージンもすんなり了承する。


「かしこまりました。が、事情を少しもお教えてはくださらないのですか?」


「すまん、今は無理だ。それから、しばらくの間小競り合いが続くかもしれないが、こちらからはけして仕掛けるなよ。それと、ここはルシャナには危険な場所だ。起きたらすぐにマンフリートとともに領地へ帰り、守りを固めてルシャナを全力で守るんだ。いいな?」


 やはり鍵はルシャナのようだとラウル王自身認めたようなものだ。


「わかりました。そのように致します」


 ラウル王は、茶の一杯も楽しむことなく、駐屯地に強固な結界を張り直して、王城へとんぼ返りをした。


「闇魔法の中に、何か別のものを感じたのかも知れませんね」


「別のものってなんだ?」

「いや、私もわかりませんよ。漠然としすぎていてまだ考えが纏まりません。だからそのことに関しては一旦保留にして、ここの駐屯地の今後の方針と対策について少し話し合いましょう。幸い王が結界を張り直してくれたおかげで、しばらくは持つでしょうが」


 ここからは隊長と副隊長を含め、今後の方向性について話し合いがなされた。

 またユージンは捕虜の処遇について、まだ情報を引き出す余地があると踏んだのか、現状維持だと言われた。逃走を予想して、追尾の魔法だけはかけておくように言われた。


 一息ついたところで、今度はユージンの興味はルシャナへと移った。早く彼の元へ行き、いろいろと話を聞きましょうと、どこか浮き足立っている。その横でマンフリートは道すがら、疑問を口にする。


「ところで、なんでルシャナに鏡を上げたんだ? それがすべての発端だろうが」


「いえ、これには私も心底驚きました。嫌な予感がしたので、あなたの様子をずっと見ていてくれる人に、様子を見張らせていました。ルシャナ王子以上に適任はいないでしょうね。予想通り一時間毎に必ずあなたのことを見ると踏んで渡しましたが。まさかここまで予想通りの展開になるとは、さすがの私も想定外でしたが、結果的に、そのおかげであなたの命は助かったのですから、私の勘も捨てたものではありませんね」


 さらりと恐ろしい事を言う男だ。つくづく敵に回したらこれほど脅威な人物はそうはいないだろう。


 悔しいが結局間接的にはユージンに助けられたも同然なのがなんとも……やり切れない。


「伝説の人なのか、やはりルシャナは?」


「そうですね。それ以外の何者でもないでしょう。イメージとかなり違いますが、寿命のことといい、瞬間移動に他者をも治してしまう治療魔法。他にも何かを秘めているのですかね~」


 解明するには、もう少し年月が必要かもしれないと言われた。

 とりあえずは王の命令通りに早急に城へ帰ることにした。
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